第74話 アルノス、ここ最近で一番の悲鳴を上げる 【★】
蒼蓉の自室は随分と手薄に思える部屋だが、目に見えないだけで必ずどこかにイェルハルドか影の面々が潜んでいる。
更に万化亭の敷地内にも元からある結界と柚良が張った結界が二重に存在しているため、一国の要塞並みに堅牢な守りだった。
それをわかっていても不安が拭いきれないのか、アルノスの顔色は終始悪い。
――なお、先ほどの蒼蓉の『歓迎』による影響もあるが「アルノスさんをがっつり巻き込んじゃったなぁ」と呑気に心配している柚良には思い当らない理由だった。
「さて、話し合いを始める前に……糀寺さん、君から見てあの劉乾のような隠密に特化した魔法を持つ人間が複数いる可能性はあるか?」
「相当珍しい魔法ですし、隠世堂の仕業と思しき諸々にあまり活かされていないところを見るに劉乾さんだけじゃないかな、と思います。多分あれって適性がないと使えないタイプの魔法ですしね……」
柚良は恐らく使えない。
様々な魔法を組み合わせて疑似的に似た効果を作り出すことは可能かもしれないが、消費する魔力量と見合わないだろう、というのが柚良の予想である。
柚良の目を釘付けにするほどの実力を持っていた浩然でさえ使わなかったこともその証拠になっていた。
ふむ、と頷いた蒼蓉は「じゃあこのままここで話を進めようか」と口を開く。
「連中――隠世堂はボクらに存在をバラしたくないようだったが、作戦が失敗してすぐに自ら情報を公開した。これは糀寺さんの興味を引くためだ」
「たしかに気にはなりました」
「そしてこの選択肢を選んだということは、連中にとって糀寺さんという人材の確保はかなり優先されるべきことのようだね」
きっと各地の行方不明事件も隠世堂が関わっている、と蒼蓉は言った。
優秀な人間を集め、勢力を拡大しているのは『組織を大きくすること』そのものが目的ではない。あくまで過程、目標に向かって踏むべきステップ、選択肢を増やし目的のものを得るための手段である。
蒼蓉は緑色の目を細めた。
「それだけ反魂楽土が欲しいんだろう」
実際に存在するかも怪しいとされていた未知なる宝玉、反魂楽土。
浩然はそれを心から欲しているらしい。
得た後に成したいこと――最終目標がなんなのかはわからないため、蒼蓉たちが予測できるのはここまでだが、碌でもない人間に渡っていい物ではないということは蒼蓉どころかその辺のゴロツキにもわかる。
不穏な目的を持つ組織は暗渠街に多々あるものの、蒼蓉はそれを取り締まろうという気はない。
龍が己の縄張りで戯れている畜生を悠々と眺めるようなものだ。
しかし隠世堂は影響力が強く、隠れるくせに恐れは見せずに多数の地区を跨いで活動している。じつに大胆だった。
万化亭の把握している行方不明者の中でも『隠世堂に引き抜かれた可能性が高い者』には実力者が多く、平均的な力しか持たない者でも強力な武器や道具と共に消えている。
両方とも厄介な組織を育てるのに役立っているのだろう。
「暗渠街を根城にしているのが人材確保や身を隠すのに適しているからか、ここに反魂楽土があると目星をつけているのかは今はまだわからないが」
「うーん、前者だといいんですけど」
柚良は眉をハの字にして腕組みをすると、日常のちょっとした困りごとについて話すようにそれを口にした。
「反魂楽土持ってるんですよね、私」
「……」
「……」
初めて蒼蓉とアルノスが息の合った動きでお互いの顔を見合わせる。
柚良は自分の髪に隠れた右目を指すと、引き続き困った様子で笑みを浮かべた。
「こっちの目、どうせ使い物にならないし契約に使ってるって言いましたよね? 私、鴉の邪神と契約してるんですが対価らしい対価は渡してないんです。強いて言うなら契約の証であるこっちの目に反魂楽土を封じてありまして」
「……どういう経緯でそんなことに?」
「鴉の邪神に気に入られた際、あれは面倒ごとの種になるからこっちの世界に隠しておきたいけど、そのままポイは無責任すぎるから私に預けておいたほうがよほど安全だって話になりまして……」
「まあそれには同意するが、……」
眉根を寄せた蒼蓉はしばらく無言になった後、柚良にいくつか短い質問をした。
反魂楽土は封じられている状態のため、外から存在を探られる危険性は低い。
ただしじっくりと調べられればどうなるかわからないという。
加えて封じられている影響で反魂楽土の力を使うことはできない、と柚良は言った。つまり命に関わる恩恵は受けられていないというのに、ひとたび持っていることが明るみに出れば命を危険に晒す代物を押し付けられたようなものだ。
本当に鴉の邪神は糀寺さんを可愛がっているのか? と蒼蓉は疑問に思わずにはいられなかったが、スケールが大きすぎて上手く判断できない。
「厄介な代物の番人を無償でやらされているということか……いや、まあ鴉の邪神と契約している対価の代わりならつり合いは取れるが」
「すみません、問われない限りは進んで言うのはアレかと思いまして」
「いや、それは正しいよ」
気を取り直した蒼蓉はアルノスに視線をやる。
「とりあえずアルノス、改めて口外法度の契約を交わそうか。書類に血判を頼むよ」
「い、嫌だぁー! 万化亭の書類に血判とか、破った瞬間に自動で死ぬやつ――」
「そう、身代わりの代理人に捺させても代理人と一緒に首が飛ぶアレだ」
「嫌だぁー!!」
先ほどまでのような口約束とはわけが違う。
万化亭の持つ秘術じみた魔法、そして呪いじみた魔法である。
契約の際に同意が必要であったりと条件付けがあるため攻撃には転用できないが、暗渠街の住人に恐れられている強力なものだ。
それだけ重要な情報だった。
糀寺柚良が鴉の邪神と繋がりがあることは幽の誘拐事件の際に露呈し、アルノスもその場にいたため知っている。なお、その報告を受けた際に蒼蓉も把握していた。
しかし右目の件は蒼蓉しか知らず、反魂楽土の所在についてはふたりともまったくの初耳である。
アルノスは知りすぎた。
つまり蒼蓉も万化亭の若旦那として、そして柚良の婚約者として『相応の対処』が必要になるということである。
結果、アルノスはここ最近で一番の悲鳴を上げたが――結局、数分後には自分の血と指紋を目にすることになったのだった。
アルノス(絵:縁代まと)
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