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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第73話 益虫と悪い虫 【★】

「お、皇子殺しの冤罪で暗渠街あんきょがいまで落ち延びた表の宮廷魔導師……!?」


 夜の万化亭ばんかていにて。

 蒼蓉ツァンロンの自室に招かれ、緊張から銅像のようになっていたアルノスは柚良ゆらの事情を聞いて目を剥いた。ようやく血の通う人間に戻ったような様子だったが、その顔色は優れない。

 アルノスは生まれも育ちも暗渠街で、表の世界がどんなものかはわかっていない。

 暗渠街で生きていくのに必死で表のことなど見ている暇もなかった。歴史書は好きだが『今現在の国の様子』は興味の対象外である。

 その影響か、及第点ではあるものの歴史の授業が近代になるほど少しばかり雑になるのがアルノスという人間だった。


 つまり今も表のニュースには疎い。

 こういう人は暗渠街にごまんといる。

 加えて劉乾リュウチェンが柚良をユリアと呼んでいるのは聞こえたものの、表の宮廷魔導師の名前などいちいち覚えてはいないため結びつかなかった。戦闘中だったため気にしている余裕がなかったのも大きいだろう。


 そんなアルノスでも今年になって表で大きな事件――皇子殺しがあったことは知っていた。

 殺しなんて暗渠街では日常茶飯事なのに身分が高いとこんなに騒がれるんだな、というのが初めの感想であり、そして数日後には忘れられている感想だった。

 もちろんその犯人が誰で、その後捕まったのかどうかなんて気にもしていない。それよりも折角ありつけた安定した生活基盤を守るために『先生』を続けつつメタリーナの機嫌を取る方が大切だったのだ。

 まさかその犯人とされる魔導師ユリアが糀寺こうじ柚良であり、そんな柚良が紆余曲折あって自分の好きな相手になるとはアルノスは思ってもいなかった。


 事実を伝えた蒼蓉はイスに腰かけたまま足を組んで言う。


「もちろんわかっているだろうけど、このことは口外法度だ。もし口にすれば君が五十個ほどの肉片になると思ってくれ」

「わ、わ、わかりました」

「その上で問いたい。アルノス・テーベルナイト。君には引き続き糀寺さんの日常の護衛をしてもらいたいんだが――やる気はあるか?」


 YESかNOかの問いではない。

 こんなことを話したのは信頼からというより、アルノスという駒の使い勝手を向上させるためだろう。状況によっては事情を知っている駒の方が動かしやすいこともある。今がそれだ。

 つまりそれは万化亭の若旦那がアルノスの実力を一定以上認めているということでもあり、プレッシャーで死にそうな気分になりながらも喜んでいいのかわからなくなったアルノスは口元を引き攣らせながら冷や汗を垂らした。

 そんなアルノスの隣から柚良が声をかける。


「アルノスさん、なんか蒼蓉くんが怖いこと言ってますけど嫌なら断ってくださいね? 別にこれ口外法度じゃないんですよ、バレてもいいしって話でしたし」

「いや、その、ははは……」

「あと今回は沢山協力してもらいました。ほら、それにアルノスさんには学校のお仕事もありますから!」

「……」


 アルノスは今日あったことを振り返る。

 がちがちに緊張し、正装に着替えさせられ、美味い飯を味がしないなと思いながら食べ、転移酔いし、気合で多少の攻撃はしたが他の協力者――朱と比べたら天と地ほどの差があった。

 何の役にも立てていない。

 それがアルノスの自己評価だ。


 自分のものにならない好きな相手でも守ってあげたい。そんな一心で共にいたが、結果を出せていないことに涙が出そうなほど悔しかったのも事実だ。

 アルノスは蒼蓉に視線を戻す。


「お……お受けします。その代わり二つ不躾な質問をしてもいいですか」

「言ってみるといい」

「若旦那は柚良ちゃんを傷つけず、大切にしてくれますか? そして、その……なんで俺なんですか?」


 アルノスは以前から「蒼蓉君」と呼ぶように言われていたが、敢えて意識的にいつも通りの呼び方をした。

 アルノスは蒼蓉が柚良を利用しようとしているのではないかと警戒していたが、どうにもそう見えないことが多々あった。もちろん問うたところで本当のことを口にするかはわからないが、判断材料の一つにはなるだろう。

 蒼蓉は黒い爪を鈍く光らせながら己の顎をさすると、アルノスに視線を返した。

 いつものように暗い瞳だが目線だけは真っすぐだった。


「――今のボクは糀寺さんのおかげでここに立っているようなものだ。そうやって五歳の頃から好いている相手を蔑ろにすることは絶対にない」

「ご、五歳?」

「君らは知らないだろうけど、万化亭の跡取りは表にも精通してないとやってけないんでね。子供の頃は表の幼稚園や学校に通うんだ。まあ今もだが」


 アルノスも二人が長い付き合いであろうことは言動から予想していたものの、五歳からな上にそんな事情があったとは思っていなかった。しかも関係者以外が知れば首が飛びかねない事情だ。

 また知らなくていい情報を知ってしまったアルノスはきゅっと目を瞑ったが、それは自身の問い掛けの結果である。すぐに目を開くと次の問いの答えを待った。

 蒼蓉はアルノスから柚良への気持ちに気づいているに違いない。


 だというのに牽制しつつも敢えて傍に置く。

 アルノスはそれが不思議でならなかった。


 直接面と向かって問える機会は早々ないだろう。

 重要な決断をするなら知っておきたい、そんな気持ちで口にした問いだったが――柚良に関する質問の時とは打って変わって『万化亭の若旦那』の表情を浮かべた蒼蓉にアルノスは一歩引いてしまう。


「益虫ではないけれど」

「は、はい」

「悪い虫にも使い様があるんだ、覚えておくといい」

「はいぃ……」


 蒼蓉は一転して明るい笑みを浮かべるとイスから立ち上がり、アルノスの肩に手を置いた。


「まあ君のことは虫とまでは思っていないよ、可愛らしい犬だ。今度親愛の意味を込めて首輪を贈ろうか。受け取ってくれるね?」

「つ、蒼蓉くん、まさかそんな趣味が……!」

「意図が伝わってない糀寺さんのツッコミが刺さるな」


 暗く淀んだ雰囲気を一瞬で引っ込めた蒼蓉は「よし、じゃあ」と言いながらパンッと手を叩く。


「この件は片付いた。……次は正真正銘の悪い虫、そして暗渠街の厄介者である隠世堂について話し合おうか」






挿絵(By みてみん)

柚良(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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