第72話 銀の置き土産
「あっ、それって劉乾さんの鈴ですね。見せてもらってもいいですか?」
「そういやジャラジャラ付けてたね、もしかして魔力の増幅アイテムかなにか?」
恐々と摘まむようにして銀の鈴を回収したアルノスからそれを受け取った柚良は「いえ、これは……」と呟きながら色々な角度から観察する。
やはりどう傾けてみても音は鳴らない。
鈴は本来なら中に銅の球などが入っており、それが動くことで音が鳴るのだが、銀の鈴には球が存在していないようだ。
ただし重量の偏りがあるため、内側になにか貼り付けてあるように感じられる。
つまり、中になにも入っていないから鳴らないのではない。
代わりに入れられたものが動かないように貼り付けられているからこそ音が鳴らないのだ。これは鈴の形をしているが用途は異なることになる。
柚良は小さな光を作り出して中を覗き込むと口先を尖らせた。
「持って一分か、もったいないなぁ。……よし、貰っちゃいましょうか!」
「ゆ、柚良ちゃん?」
「相手は古きものに属する召喚獣だし直接描いた方が好まれるかな、即席すぎるのはお目こぼししてもらえますように!」
柚良は氷の及んでいない床に銀の鈴を置くと、指先から小さな炎を出して黒く焦げ付いた魔法陣を描き始める。迷いのない動きで描かれたそれは三十秒ほどで完成し、柚良は自分の髪の毛を一本抜くと魔法陣に投げ込んだ。
直後にボッと燃え上がったものの、燃えた髪特有の臭いはしない。
代わりに銀の鈴が一瞬だけ鈍く輝いた。
言葉を失っているアルノスの代わりに蒼蓉が腕組みをしながら問う。
「……糀寺さん、今なにした?」
「召喚契約です。劉乾さんと離れて繋がりが切れたことで契約が白紙になってたんで頂きました! 普通はこの程度で白紙になったりしないんですが……かなり無理矢理従わせてたみたいですし、そのせいですかね〜……」
「――うん、よし、その召喚獣は絶対に人目のあるところで使わないでくれ」
「へ? なんでですか?」
目をぱちくりとさせる柚良に蒼蓉は一瞬だけ眉間を押さえてから口を開いた。
「君がレイラー殺害の犯人だと思われる」
『九つの会』のレイラー・エリヴァイは首だけ残して殺された。
その犯人は高度な隠蔽魔法で姿を消した劉乾だったわけだが、この場で彼を見た者以外に提示できる証拠はない。
つまりレイラーの召喚獣を使役する人間など怪しさの塊になるということである。
ハッとした柚良は「軽率でした!」と頭を下げた。
「一から契約する手順が面倒な召喚獣だったので、このまま消えるよりはと思ったんですが……また冤罪が増えるところでした。あっ、でも安心してください、これはそもそも潜伏させて使う召喚獣なので」
「潜伏?」
「劉乾さんは三体同時召喚だったので少し使い方が雑でしたね。ほら、この子です」
柚良は鈴を手に取ると二羽の老婆の顔を持つ黒い大カラスを呼び出す。
劉乾が使役していたドロスの三姉妹だ。
その口元と鋭い爪が未だに赤く染まっているのを見てアルノスが小さな声で呻く。
ドロスの三姉妹は三羽でワンセット。一羽は先ほどの戦闘で柚良により致命傷を負わされたため、まだ召喚に応じられる状態ではないという。
三姉妹は紫外線や温度の差を見ることができるほど目が良く視力も高い。
嗅覚も発達しており、対象の機微を常に監視しながら死角に潜り込んで不意打ちをする。加えて劉乾ほどではないが、闇と一体化するほど気配を消すことが可能だ。
イェルハルドさんみたいですよね、と言いながら柚良は二羽を倉庫の闇へ溶かすように潜ませる。
「こんな感じでほぼ見えなくなります。影の皆さんがやられた原因ですね、まぁ不意打ち専門なところがあるのでさっきみたいに乱戦で前線に出すと折角の持ち味が無くなっちゃいますが」
「――なるほど。君が自ら情報収集する機会を減らすことができると考えるなら有用かな」
「蒼蓉くん、それ優先順位おかしくないです?」
おかしくないよ、とさらりと答える蒼蓉に苦笑しつつ柚良は銀色の鈴を手の平で転がした。
「直接会ったことはないですが、レイラーさんって契約の印を肉体に刻んでいたんじゃないですかね。肉体に宿らせて召喚魔法の発動の手間を削る際のポピュラーな方法なんですよ」
「ボクのところに入ってる情報ではその可能性が高いね」
「じゃあこの鈴の中には、彼の一部ごとその印が張り付けられています」
柚良の言葉に蒼蓉は目を細め、アルノスは自分が触れたことを思い出してごしごしとズボンに手を擦りつける。
レイラーからとある神話の九柱の名をつけられた九種の召喚獣。
その中のドロスの三姉妹の印がどこに入っていたのかは今となってはわからないが、持ち去られた肉体のどこかに必ず刻まれていたに違いない。
劉乾はその印を張り付けた鈴をレイラーの代わりにして召喚魔法を使っていたのである。
「ただ、見たところ契約者は劉乾さんに書き換わっていましたし、それなのに印を持ち歩いてたのが不思議なんですよね。だいぶ強引な手を使って変更したから安定のため……? うーん、釈然としない……」
「――とりあえず大体はわかった。詳しいことを考えるのは戻ってからにしようか」
「んん、そうですね。今後のことも合わせて考えないといけませんし」
「あ、えっと、その前にひとつ質問してもいいかな?」
そう片手を上げたのはアルノスだった。
気になることがある。
普通ならここで訊ねられるような空気ではない。
しかしこのままでは訊ねる機会は失われ、一生気になったまま過ごすことになるだろう。――そしてなにより自分が好いている相手のことである。
そんな理由からアルノスは決死の覚悟で訊ねた。
「さっきまた冤罪が増えるところだったって言っただろ。……柚良ちゃん、君はなにか罪を被って暗渠街に来たのか?」
暗渠街には訳ありの人間がごまんといる。
柚良は暗渠街について疎すぎるため、最近ここへ堕ちてきた人間だということはアルノスにも予想できていた。その理由に冤罪が絡んでいるなら力になりたい、と思うのは彼女に心を割く者としては至極当たり前の欲求だった。
柚良は蒼蓉をちらりと見る。
視線を向けられた蒼蓉はアルノスが訊ねた動機を見抜き、まさにその『恋情による献身性』に有用性を見出した者として言った。
「――ウチに戻ったらそれも話してあげようか」
そう仲間を気遣うように。
そして、首輪をした犬を見るような笑みを浮かべながら。




