第70話 劉乾の覚悟 【★】
「無駄な魔力は使わないようにしたほうがいいですよ。そのツタ、動きは鈍いですが丈夫で火に耐性もあるので」
善意と威圧を含めてそう口にしながら柚良は劉乾を見た。
劉乾は肩で息をしながら視線を投げ返す。
その表情は追い詰められたものでも投げやりになったものでもなく、初めて姿を現した時から終始一貫していた。
「……?」
そんな視線のせいだろうか、どうにも胸騒ぎがする。
柚良はその違和感の原因を探ろうとした。お抱え魔導師として戦場に駆り出された時も何度かこういった感覚があり、大抵は碌でもない結果に繋がったのだ。
念のためもう少し強めに拘束をしておこうか、と決めたところで劉乾がくつくつと笑う。
(そうか、この人――)
目的を達成するためなら自分の命すら惜しくないのだ。
初めから一貫していたのはこれだ。自棄になった結果としてではなく、初めから憎き『魔導師ユリア』を殺せるなら命も投げ出せる狩人の目である。
それは劉乾の恐るべき覚悟だった。
そして、つまりは「命が惜しければ大人しくしろ」という言葉は脅しにすらならないということでもある。
それでも抵抗をやめたのは――柚良を自分に近づかせるためだ。
「後で直接味わわせてやるって言ったろ、魔導師ユリア!!」
「……!」
床が赤く変色し、地中に潜んでいたソイルレイから火柱が放たれる。
熱気で髪がふわりと舞い上がった。赤紫色の瞳に炎の色が映ったところで飛び掛かった蒼蓉が柚良を抱き締めて地面に転がる。
ぎょっとした柚良はじたばたと両手を動かした。
「蒼蓉くん、大丈夫ですよ! バリア魔法の強度を瞬間的に引き上げたので!」
「ボクにそういう機微はわからないからね、危なそうだったから動いちゃったよ。でも良かった」
「蒼蓉くんは……」
ゆっくりと立ち上がった蒼蓉は床を転がったことで汚れた裾を持ち上げた。
「耐火性だ。でも凄いな、少し焦げた」
「もう、無茶しないでくださいよ~! ……でもありがとうございます」
蒼蓉から見れば一体どの口が言うんだというセリフを吐いた後、柚良は心底ほっとした様子で立ち上がる。
つい先ほどまで立っていた場所はごうごうと唸る炎に包まれていた。
拘束されていた劉乾はその炎に身を焼かれている。柚良の宣言通り火に強いツタは未だにそのままで、柚良のように避けることができなかったらしい。
否、最初から避けるつもりがなかったのだ。
しかしそれは柚良を巻き添えにするためのもの。
それを成せなかった劉乾は炎に焼かれたまま――それでも事切れず、ゆっくりと立ち上がった。
「まだ立ち上がるんですか……!?」
凄まじい執念だ。
その様子に感服していると、全員が視線を向けていなかった天井側から異様な気配がした。刹那、轟音と共になにかが屋根を突き破って劉乾の隣に着地する。
それは大量の水と共に現れ、劉乾を焼き殺さんとしていた炎を物量で押し消した。
その水が今度はパキパキと音を立てて凍る。
柚良のツタは火には強いが、逆に寒さには弱い。
あっという間にツタの内部にある水分が凍りつき、脆くなった部分からシャーベット状になって流れ出た。
拘束効果を失ったツタはそのまま黒く焦げた床へと散らばる。
幽鬼のように立っていた劉乾は一歩だけ前進し、それでもなお柚良に向かって焼け爛れた片手を伸ばしたが――唇を三度動かして前のめりに倒れ込んだ。
その体を支えたのが天井からの侵入者、焦げ茶の髪に細い目をした黒スーツの男性である。
「荒々しい登場になってしまい申し訳ありません、万化亭と天業党の皆さま」
男性は劉乾を小脇に抱えたまま恭しく一礼した。
そして細い目を更に細め、その場にいる全員に聞こえるように――耳の中へ這いずり込むかのように言う。
「わたくし、隠世堂の高浩然と申します。以後お見知りおきを」
隠世堂。
その名前を聞いた蒼蓉は服の汚れを払いながら口を開く。
「ここ最近まるで害虫のように暗渠街を這い回っていた組織だね」
「おや、さすが万化亭。お耳が早い」
「お前はその男よりも上の人間だろう。あれだけ隠れておいて何故のこのこと出てきたんだ?」
それだけ劉乾が手放せない人材だからと言うなら信じるが、きっとそれだけではない。そう蒼蓉が思ったのは万化亭の若旦那としての勘である。
浩然は肩を揺らして笑うと「お答えしましょう」と再び口を開いた。
「隠れてようと思いましたが、もうかなりの情報を与えてしまいましたからね。どのみち結果か同じならスカウトを試してみようと思いまして」
「スカウト?」
「そちらにいらっしゃる糀寺柚良様。貴女にぜひとも隠世堂へ来て頂きたいのです」
手の平で示された柚良は目をぱちくりとさせる。
「劉乾さん、めちゃくちゃ私のこと殺そうとしてましたけど」
「契約に盛り込み済みです。我々は彼が糀寺様を見つけて挑む手伝いをし、そして負ければ我々は劉乾様を失うが糀寺様を得るチャンスを掴む、と……しかし劉乾様が生き残るならそれもいいでしょう」
劉乾は最後は自分もろとも柚良を殺す覚悟だったため、自分が負けた後に生き残ったパターンを想定していなかった。
しかし浩然はその可能性をわかっていたのだろう。その上で一切指摘をしなかったわけである。
柚良は渋い顔をしつつも気になっていたことを問う。
「あなたはどうやってここへ? 転移先がどこなのか誰かが漏さないように注意してたんですけど」
「転移の痕跡を追ってきました。……おや、見えないとでもお思いでしたか?」
「ええ、まあ、大抵の人は見えないので……」
ぎょっとした顔の柚良に浩然は満足げに笑って言った。
「ふふふ、だからといって油断は大敵――」
「はいっ! 油断大敵でした! まさかこんなにも的確に追われるとは……よく『見える』方は人ひとりの転移でも空を横切る紐の如く明確に見れるそうですね、それはもう凄い存在感と違和感でしょう! それなのにこの大人数での転移ならどう見えていたのか……ハッ! 訊けばいいのか! どう見えてましたか!? 私、感覚的になんとなくは転移の痕跡を追えますが視覚的に見ることはできないものでして!」
「……貴女の喩えに倣うなら、転移中は空中を横切る馬車といったところでしょうか。痕跡はその轍です」
「わ~! 目立ちますね〜!!」
興奮気味にきゃっきゃとはしゃぎながら柚良は前へと出る。
そして表情を崩さずにはっきりと言い放った。
「その話にはとても興味ありますが、スカウトの件はお断りさせていただきます」
「おや、良い環境を用意しますよ? 魔導師向けの研究支援も行いますし、投資も惜しみません。衣食住も不自由しないように提供しましょう」
「……どうしてそこまでするんです?」
問われた浩然は当たり前のことを答えるように、そしてスカウトのためだとでもいうように目的を口にした。
「宝玉『反魂楽土』を探しているのです。そのために優秀な魔導師が必要でして」
「反魂楽土……」
柚良も名前は知っている。
人間を魅了してやまない効果を持つ宝具の一種である。
そして、歴史上でそれを求めて行動を起こした者はすべて碌でもない人間であり、結果も碌でもないものばかりだったということも知っていた。
「……なるほど、納得しましたけど……やっぱりそっちには行けません。私、蒼蓉くんの婚約者なので」
「ふむ――じつに惜しい。まぁスカウトとは愛を説くようなもの、一度で済ませる気は御座いません。本日は出直すとしましょう」
劉乾を抱えたまま一歩引いた浩然の頬を豪速で飛んできたものが掠める。
チリッと音をさせて裂けた皮膚から一拍置いて血が滲み出した。
天業党の頭、朱が指で弾き出した小石だ。
朱は小石が後方の壁に当たって壁ごと砕け散る音に掻き消されない、はっきりとした口調で言い放つ。
「アタシはまだ暴れ足りないんだよ。――そんな奴が、アンタみたいなのを簡単に逃がすと思うのかい?」
劉乾(絵:縁代まと)
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