第65話 碧綺軒での三者面談、もとい食事会 【★】
天業党との食事会は土曜だ。
それに伴い柚良には新しい白色のチャイナ風パーティードレスが与えられた。もちろん蒼蓉のチョイスである。
青い糸で蓮の花が刺繍されており、よく見れば青と一言に言っても何種もの青が使用されている。まるで蓮が白い生地に溶け込むような出来栄えだった。
揃いのケープもあり、靴もわざわざ衣装に合うものを取り寄せたらしい。
すでに持っているものでいいですよと柚良は何度も言ったのだが、蒼蓉曰く「ボクの趣味も兼ねてるから気にすることはない」とのことだ。
別の方向に気になるなぁそれ、と柚良は根負けしつつ本番までに何度か試着させられたのだった。
そうして迎えた当日。
两百龍にある高級料理店『碧綺軒』に足を踏み入れた柚良は隣に立つ蒼蓉、そして途中で拾われたアルノスを順に見る。
蒼蓉が身に纏っているのは漢服に似たデザインの服。
彼にしては珍しく目を瞠るほど白く、きめ細やかな生地には青い糸で波の刺繍が施されていた。要するに柚良と合わせているのだ。
アルノスは前髪を後ろへ撫で付けたオールバックに髪を整え、モーニングコートを着ている。
普段着はそうでもないがこのフォーマルスーツは上質で、正装が必要な場所へ出向く際に侮られないよう持っていたものだという。
――万一アルノスが着用するものに困っていた場合、万化亭で用意することになっていたが蒼蓉曰く「一応合格かな」とのことだった。
碧綺軒にドレスコードはない。
だが、店員は常に客を見ている。
そして今日会う人間は好意を持っているとはいえ舐められてはならない相手だ。
そのため正装のジャンルは合わせなくても良いが、それなりの衣服で挑むのが暗渠街では定石だという。
店長直々に通されたのは店の奥にある個室で、広々とした部屋の真ん中にテーブルとイスが見えた。VIP専用の個室のようだ。
蒼蓉は部屋を彩る美しい屏風や美術品を無視し、テーブルへと直行する。
イスには既に三名の人間が座っていたが、蒼蓉たちの姿を確認すると立ち上がって出迎えた。
そのうち二名は揃いのホルターネックドレスを身に着けた幽と仄。そして残りの一名が、青い髪をハーフアップにした筋骨隆々の女性だった。――天業党の党首、朱である。
「ようこそ、わざわざ足を伸ばしてもらって悪いねえ」
そう言って朱は口角を持ち上げて笑った。
柚良は目をぱちくりとさせる。筋肉を重要視する組織の女党首だ、無意識に大猩々のような女性を想像していたのだが顔つきは仄たちによく似ていた。
太眉と厚めの唇、そして丸眼鏡が印象を柔らかくしている。
ただしその下に控えている鍛え抜かれた肉体は堂々としたもので、まさに天業党の党首に相応しい。
青い髪も緩やかな川の流れではなく、まるで滝壺のような荒々しさがあった。瞳は鮮やかな赤色をしており、名前の由来を窺わせる。
(仄さんがパワータイプなら朱さんはスピードタイプに見えるなぁ……どっちも鉄の棒どころか鉄塊を簡単に曲げれそうだけど)
そう柚良が考えたことも、もし口に出していたとしても天業党にとっては失礼に当たらない。むしろ光栄なことだった。
そんな柚良の隣で蒼蓉は朱に「久しぶりだね」と笑みを向けると朱に柚良たちを紹介する。
「ボクの婚約者の糀寺柚良、そして友人のアルノス・テーベルナイトだ。いわば今日の主役だね」
「ア、アルノス・テーベルナイト、です」
蒼蓉に友人と紹介されたアルノスは口の端を引き攣らせつつも挨拶を優先し、自分からも名乗って頭を下げた。
柚良もそれに倣って頭を下げる。
「ご紹介に預かりました糀寺柚良です!」
「あっはは! ふたりともやめとくれよ、礼を言い来たのはこっちなんだ。頭を下げられちゃ詫びの回数が増えちまう」
朱は豪快に笑うと「まずは座ろうじゃないか」とイスを勧めた。
腰を下ろした柚良は仄たちを見る。
ふたりはなぜかカチコチに固まっていた。
母親が一緒なせいで緊張しているのだろうか。柚良はそう首を傾げたが、答えは簡単だった。娘たちの様子を見た朱が再び笑う。
「あぁ、一部じゃもう有名だけど……良い情報収集のパイプを持ってない連中は知らないのさ、アンタが万化亭の若旦那の婚約者だってことをさ」
「そ……そうですよ糀寺先生! 緊張なんて吹っ飛んじゃいました……!」
一応緊張はしていたらしい仄が目を瞬かせながら言った。
柚良ははにかみながら頬を掻く。
「いやぁ、紆余曲折あってそうなりまして。というかお母様からお話されてなかったんですね?」
「母は必要な情報は自分で集めろ派なので……入学の際も必要なことはすべて自分たちでやりました」
「百八十度が千尋の谷……!」
これがウチのやり方さ、と朱は笑ったが、まだある程度の誘導はしているらしい。
問題はほとんど隠す気がないものとはいえ、まだ未熟な若者が万化亭絡みの情報を調べる手立てがほとんど無いことである。
元から蒼蓉が表の世界の学校に通っていることや、執心している相手がいるという前情報がなければ「口利きで入ったなんて若旦那の女なんじゃない?」程度の噂止まりだ。
現に教員たちは噂も柚良の実力が露わになるにつれ「これなら特別措置も納得」という答えに至っていたのか、蒼蓉本人から知らされるまで大多数がそれ以上の想像をしていなかった。
(まあ、シンプルに万化亭相手に探りを入れるのが怖かったっていうのもあるかもしれないけど……それはそれとして)
こういう形で生徒に知られたのは少し恥ずかしいな、と柚良は思った。
事前に知った状態で来てくれればお互いに心の準備ができたが、目の前で知られるというのはなんとも慣れないシチュエーションだ。
中学の頃に担任の先生が彼女とデートしているのに出くわしてしどろもどろになられたことがあるが、今なら気持ちがわかるなぁと柚良は心の中で頷く。
そして深呼吸をしてから朱を見る。
目が合った朱は快活な笑みを浮かべると柚良とアルノスの間まで歩み寄り、ふたりの手をぎゅっと握って頭を下げた。
「事件直後は簡易的な礼だけになってごめんよ。――ウチの娘たちを助けてくれてありがとう。恩に着るよ、ふたりとも」
「いえいえ、そんな大したことは」
「それにあの煩い蠅……いや、蜂か。蜂どもを根絶やしにしてくれたこともありがたかったねぇ、逃げるのだけは上手かったんだよあいつら!」
黒火蜂の頭蓋会のことである。
彼らは天業党への報復のために地下に潜んで力を蓄え、そして幽を攫って蜻蛉の邪神を召喚しようとした。それを柚良が阻止し、儀式の失敗により邪神の労働力としてこの世界から消えたのだ。
「二度と蘇れないように徹底的に苦しめて殺すつもりだったけど……ハッハッハ! 邪神に持ってかれるなんて死ぬよりエグいね、大満足だ!」
カラッとした口調で湿度の高いことを言いながら、朱は蒼蓉に視線をやる。
「これはデカい借りだ、今後も相応の態度で協力しよう。で、手始めにこれを」
朱が手を叩くと出入り口が開き、絢爛豪華な料理が運び込まれた。
東の国を中心としたメニューだ。柚良が万化亭でよく目にしたものや、どうやって食べたらいいのかわからないものまで様々である。
そして最後に持ち込まれたのは大人三人がかりで運ぶ子豚の丸焼き二頭分だった。
そうして騒がしくなった室内で朱が蒼蓉に耳打ちする。
「蜂どもに魔導師を派遣していた組織がわかったよ」
「へえ」
「間に一般のブローカー噛ませて物件売買に偽装してやがった。おかげでそいつから辿れたけどね。――派遣元は隠世堂だ」
蒼蓉は緑色の目を朱に向け、僅かに驚いたような表情を覗かせた。
「名前まで辿り着いてるとは思わなかったな」
「ブローカーはふたり。あの手この手で吐かせようとして、やっと片方が話そうとした瞬間に突然ボンッだよ」
どうせ丸洗いする部屋だったからいいけどさ、と朱は逞しい肩を竦める。
「もう片方は慎重に進めた。なんの魔法かはわからないが、筆談なら効きが若干遅いみたいでね。破裂する前に聞き出せたのがこれだ。……で、あとは例の行方不明者。アレってウチからも出ててさ」
朱はまるで豆腐でも切るように子豚の丸焼きを切り分け、それぞれの皿に盛っていった。
普段なら店の人間の仕事だが、話が話のため事前に関係者以外は早急に退室するように指示していたらしい。気づけば料理を運び込んでいた人間は綺麗さっぱりいなくなっていた。
蒼蓉は艶やかな豚肉を見下ろしつつ言う。
「そっちも大変だね」
「まったくだ。そいつが荷物纏めて出てく前にひっ捕まえて色々聞き出したんだが、核心を突いた情報を持ってなくてさ」
だからこそ変な魔法をかけられてなかったんだろうが、と朱はため息をついた。
「ただそいつはウチの中でも浮いた存在でね」
「浮いた存在?」
「娘たちと一緒だ。要するに魔導師だったんだよ」
天業党の構成員に魔導師は数えるほどしかいない。
聞き取り調査を行なったところ、他の魔導師にスカウトは来なかったそうだが――失踪を企てていた魔導師は以前から天業党から離反する素振りを見せており、それでいて一番魔法の使い方が上手い人物だった。
蒼蓉は自分の顎を撫でる。
「相手さんも下調べはバッチリってところか」
「そういうこと。これも礼の一環だが、碌な情報じゃなくてすまないね」
朱が手始めに寄越した『お礼』は料理ではなく情報だったのだ。
万化亭相手ならこういったもののほうがいい。
本来なら組織内の弱点になるようなこと、秘匿しておくべきことは伏せておくのが通例だが――離反者という恥部を晒してでも情報提供しようと考えたわけだ。
蒼蓉は目を細めて笑う。
「ありがとう、頂いておくよ。ついでに擦り合わせもしてしまおうか、せっかく人払いもしてることだしね」
「いいとも。っと、まぁそれは食いながらにしようか、冷めちまうよ」
朱は自分の席に戻ると「マナーとか気にせずどれから食ってもいいからね!」と料理を柚良たちにも勧めた。
アルノスは食欲の無さげな表情をしていたが、柚良は満面の笑みを浮かべると「ではお言葉に甘えていただきます!」と箸を持つ。
「ほぁ~……この餃子、きくらげ入りで美味しいですね! 食感が最高です!」
「柚良ちゃん、この雰囲気でよく食べれるね……ってまぁ今更か……」
「アルノスさんもじゃんじゃん食べましょう、朱さんがせっかく用意してくれたんですし! ……ん? この黒いのってなんです? 巨大椎茸?」
「あ、それはスッポンの蒸しスープですね」
仄の説明に柚良は目を丸くすると「この黒いのって甲羅ですか!」と感心した。
心の底から楽しんでいる様子に蒼蓉はにこにこと笑い、その表情でアルノスは更に緊張する。若旦那の機嫌が良いのは僥倖だが、ここから急降下する恐ろしさがあることを知っているためだ。
蒼蓉もアワビのステーキをつつく。箸でも簡単に割れるほど柔らかい。
「さて……そこまで話してくれたんだ、ボクからもいくつか情報を提示しよう。本当は有料だけど、お互いに今後のためになることだからね。それと」
「なんだい」
「この後に糀寺さんから『お願い』があるそうだ。聞いてくれるか」
「お願い?」
朱と蒼蓉に視線を向けられた柚良は餃子の次にフカヒレの姿煮を頬張っていたところで、ぺこぺこと頭を下げながら咀嚼して飲み込んだ。
「――そうなんです。でもお願いごとの前にもうひとつお話がありまして!」
もうひとつ話があるということは蒼蓉も聞いていなかったため、朱と共に「もうひとつ?」と聞き返す。柚良はお茶を飲んでからよいしょと紙束を取り出した。
そして仄と幽を見てから言い放つ。そう。
「仄さんと幽さん、ふたり分の成績報告と、それをもとにした今後のご相談です!」
万化亭の若旦那の婚約者ではなく、私立万化魔法専門学校の講師としての言葉を。
アルノス(絵:縁代まと)
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