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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第63話 まったく観念していない

 クメスフォリカの『酒の調達』は随分とアグレッシブであり、端的に言うなら金で物を買うという文化のない国からやって来たような有様だった。強奪である。

 貧乏くじを引いたメタリーナは彼女の荷物持ちに抜擢され、重い瓶に入ったアルコール類を嫌というほど持たされたせいで足腰が限界だった。

 魔法で多少はサポートしているが限度がある。


「ちょっと、あなたも浩然ハオランから金は貰ってるんでしょう?」

「このほうがはえーじゃん」


 ボスの右腕ということは上司だが、浩然にさえ敬語を使わないメタリーナは苛ついた口調で訴えた――ものの、クメスフォリカはなにが問題なのかわかっていない顔で答える。

 苦手なタイプだとメタリーナは頭の中で呟いた。


「……でもいくら暗渠街あんきょがいでもこれだけ暴れたら厄介なことになるわ。大物から目をつけられるのは困るんでしょ」

「そういやそんなこと言ってたな……まぁ大丈夫だって、今も半径十メートル以内に厄介なのはいねぇし、それに」


 クメスフォリカは手に持っていた酒瓶を顔の位置まで持ち上げると、音すら立てずに真っ黒なカラスへと変える。暗渠街ではよく見るタイプの普通のカラスだ。

 手品か、と目を瞠るメタリーナの目の前でカラスは飛んでいき――気がつくとクメスフォリカの手には酒瓶が戻っていた。


「幻覚だ」

「え……?」

「幻覚魔法。アタシの得意技だよ、完璧だろ?」


 歯を覗かせてニッと笑ったクメスフォリカは酒瓶の蓋をその場で開けて呷ると手の甲で口元を拭う。


「今も、そして暴れてた時も周りからはアタシとお前がまったくの別人に見えるようにしといた。ちょっとやそっとじゃ見破れねぇよ」

「そんな高度な魔法……」

「ちなみにアタシはその辺にいそうなチンピラで、お前は喋る肉団子みたいなオッサンな。いや~、出入り口を違和感なく通すのが大変だったわ」

「なんでそのチョイスなわけ!?」


 思わずツッコミを入れたメタリーナは慌てて自分の口元を押さえると目を眇めて辺りの様子を窺った。


「……それはいいけど、余計な情報を漏らす前にさっさと帰りましょう。お酒もこれで十分でしょ」

「なんだよ、お前結構真面目だな」


 そっちがフリーダムすぎるのよ、とメタリーナは視線で示す。

 それを受けたクメスフォリカは「わかったわかった」と両腕を上げると観念したように歩き始め――


「それじゃ、あと1ダースだけな。新作の果実酒が気になってんだ」

「……」


 ――まったく観念していないことを言った。


     ***


 クメスフォリカとメタリーナが言葉を交わした地点から東へ四十メートル。

 まるでキノコのようにひしめき合った古臭いビルの一室からふたりを見ていたベンスは身じろぎひとつせず、しかし頭の中では考えを纏めていた。


 ビルは高さが足りず、普通なら障害物に邪魔されてふたりを見ることは叶わない。

 それでもこの場から確認できたのは事前に暗渠街の数ヵ所をピックアップして設置した小型の鏡によるものだった。

 それも反射に反射を重ねており、計算され尽くした角度はベンスによるものだ。


 しかし常人ならそんなもの越しで見たところで視力が追い付かない。

 ベンスも精々二度の反射と距離も今より相当短いものだったろう。

 しかし、もしその距離だったら気づかれていたというのがベンスの見立てだった。


(魔導師ユリア……いや、柚良ゆら様の強化魔法は恐ろしいな)


 最初に提示された強化魔法は三種。

 ベンスはそれに加えて視力強化を施してもらった。


 目という器官は魔法による負荷を受けやすいため柚良は「なら暗視はやめておきましょうね」と言っていたが、ベンスは伊達に万化亭ばんかていの影をしているわけではない。

 自分の体の効率的なケアや引き際くらいはわかる、と説き伏せてしっかりと暗視効果も付けてもらっていた。

 たしかに負荷は凄まじく、他の強化も半日しかもたず翌日かけ直すことになったが、その問題は監視を交代制にすることで解消していた。


 そうして怪しい場所を入念に監視して数日。

 そんな蜘蛛の巣についさっき怪しいふたりが掛かったというわけだ。


 ベンスの目には男性ふたりに見えている。

 だが読唇術で読み取った会話の内容が本当なら、あの姿は幻覚魔法で作られたものということになる。どこからどう見ても男性であり、綻びひとつないというのに。


 ぞっとしながらベンスは音もなく立ち上がった。

 ふたりは完全に追えない位置に移動してしまった。直接尾行するように部下に指示を出してあるが、きっと近づけば気配を悟られて逃げられるだろう。

 その場合は直前にふたりが訪れた店をくまなく調査しようと考えながら、ベンスは先ほど目にした光景を頭の中で反芻する。


(幻覚魔法……しかもあんな高度なものを?)


 制限付きだろうが今までに見たことのない精度だ。

 相手が幻覚魔法の名を口にしていなければ気づかなかったかもしれない。カラスが瓶に戻ってもなお、である。

 もし幻覚のカラスを捕まえて解剖したならば、中身までそっくりそのまま再現されているように見えただろうと確信を持ってしまうほどだった。


(正体は不明だが、幻覚魔法を使うということは隠したいものがあるということだ)


 本当の姿形だけでなく、外出でそんな高度な魔法を使うほどの。

 ベンスはそのまま脳内に焼き付けたいくつかの唇の動きを精査し、そして一ヵ所だけ人名と思しきものを見つけた。未だにどの報告にも上がっていない名前だ。

 主である蒼蓉ツァンロン、そして柚良に報告しておくべきだろう。


(……ハオランか)


 それが万化亭の敵の名前かは、今はまだわからなかった。

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