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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第61話 ゼロどころではない

 柚良ゆらの前に呼び出されたのは老若男女様々な人間だった。

 人種から顔の作りまで統一感は一切ない。

 蒼蓉ツァンロン曰くそれは「様々な場所に潜り込みやすくするためだよ」とのことだ。


 イェルハルドのように気配を完全に消して潜むすべを持つ者は少ない。

 加えてそういった者は護衛に回される傾向にあるため、情報収集を担当する者たちはそれ以外の技術を磨くことになるらしい。

 その中でも精鋭だと言われているのがこのずらりと並んだ通称『万化亭ばんかていの影』たちである。


「……蒼蓉様、この招集はなにを目的にしたものでしょうか?」


 影を纏めるリーダー、ベンスは静かにそう訊ねた。

 理由を添えず呼び出されることは多い。

 しかし今回は影の人間全員を万化亭の一室に集めた上、最近この暗渠街あんきょがいへやって来たという柚良が同席していた。

 いくら若旦那の婚約者でも影全員が顔を晒すのは相応のリスクがある。


 主の命令なら生じたリスクにより自分たちが危険に晒されることをベンスらは良しとするが、しかし蒼蓉がそのリスクに思い当っていないはずがない。

 ということは、それなりの理由があるということだ。

 それもリスクを度外視するほどの益がある理由である。

 蒼蓉は悠々とイスに腰かけたまま隣に立つ柚良を手の平で示してみせた。


「こないだ焦榕ジァオロンが持ち込んだ厄介な仕事があるだろう。その調査を糀寺さんも手伝いたいらしくてさ」

「ですが」

「そう、ボクは彼女が危険を山ほど孕んだ地雷原へ無邪気に突入していくのを見たくはない。そこで協力は間接的にしてもらうことに決めてね、それが三日前だ」


 本当はこういうのもこっちで全部やりたかったんだけど、と言いながら蒼蓉は肩を竦めた。


「ご存知の通り、今回の件に彼女の生徒の家族が巻き込まれた……今は便宜上巻き込まれたとしておこうか。そして糀寺さんは生徒の頼みを聞こうとやる気満々だ」

「はい! 誠心誠意解決のお手伝いをしますよ!」

「ほら、凄いだろ。このまま放っておくより協力してもらった方が下手な行動を起こさなくていい。というわけで」


 蒼蓉はベンスたちを端から端まで見る。

 こういう時の蒼蓉の視線は頭蓋骨を開けずに頭の中を見るような気配を発しており、ベンスたちは決まって居心地が悪くなるのだ。

 影として動くために心を揺らさず考えを読まれないようにする訓練は受けているが、それすら掻い潜って見透かされている気がしてならない。


 蒼蓉はそのまま口を開いた。


「これからお前たちには糀寺さんから強化魔法や役立つ物品が授けられる」

「ふふふ、少々お時間拝借しますね。色々と用意してきたので楽しみにしててください!」


 ベンスたちは蒼蓉から柚良に視線を移す。

 柚良はまるで子供たちにプレゼントを用意した仕掛け人のような顔をしていた。

 彼女が帝国のお抱えの魔導師ユリアだということはここにいる全員が把握している。表の世界でも情報を集めることがあり、その指示は蒼蓉が出していたからだ。


 そして、そんな若旦那の幼少期からの想い人であることもわかっていた。


(我々は直接魔導師ユリアと接したことはない。そして常識的に考えればこの人数に強化魔法は正気の沙汰ではないし、三日間で役立つものを作ったというのも……)


 蒼蓉はベンスたちの技術力をわかっている。

 そんな彼らにとっても『役立つ』のだから相応の物品なのだろう。それを三日という限られた期間で用意したことになるのだ。


 想い人故に柚良の能力を過信しているのでは?


 ベンスの頭の中にそんな考えが浮かんだものの、口に出せるはずもない。

 ここは余計なことを口走らずに主たちの行動を見守ろう、とベンスたちは「ありがとうございます」と頭を下げる。


 そこへ柚良がホクホク顔でなにかを差し出した。

 ――市販の小型ピアスに見える。


「遠く離れた場所にいる相手と会話可能なピアスです」

「え?」

「魔宝具作りは不得手なんですが、特殊な魔石を蒼蓉くんに用意して頂いたのでわりと自信作ですよ!」


 遠方にいる相手との会話に用いられるのはもっぱら専用の通話スクロールであり、それは大層高価なものだ。

 自前の魔法で行なう者もいるが使用できる者は限られる上、受信専用だったり会話相手が適性のある者に限られていたりと個人差が激しい。


 柚良が自分でその魔法を使わないのも音量調整が難しいことと受信側の波長を覚える必要があること、そしてなにより消費が激しいことが挙げられる。

 柚良は大抵の属性は扱えるが音魔法はやや苦手であり、遠方会話魔法は音魔法に属するためだ。


 それが相性の良い魔石を加工することで至極便利な魔宝具になった。

 柚良は簡単に取り出してみせたが、内包された『価値』を察したベンスは心の中で冷や汗を流す。

 そこへ柚良が微笑みかけた。


「電話ってあるところにはありますけど、皆さんのお仕事って迅速な情報共有が大切ですよね? なら持ち運べるものがあったら便利かなぁと」

「は、はい、その通りです」

耳朶じだに刺す形で付けないと効果が出ませんし、魔石が緑色でちょっと目立つのがアレですが、盗聴防止の細工をしてあるんでプラマイゼロということで!」


 ゼロどころではない。


「ただ繊細な魔法なのでジャミングには気をつけてください。……っといっても使ってることを悟られなければ大丈夫ですし、相手も専用のジャミング魔法を調整しないとですが。あと私が月一メンテナンスをした上で魔宝具としての寿命が一年といったところですね。うっ、よく考えたらプラマイゼロじゃないかも……」


 さっきからゼロどころではない。

 マイナス要素が挙げ連ねられてもまだプラスだ。


 暗渠街の『電話』は魔法以外の技術を取り入れ作られたもので、固定式であり音質も悪く、ついでにスクロールと比べれば安いものの高価だというのに傍受が容易という代物だった。

 故に隠密や密偵といった役どころのベンスや護衛のイェルハルドは緊急の連絡でも自ら参じることが多い。一番信頼性が高いからだ。

 全員電話を使うよりなんらかの方法で一般人より遥かに速い速度で移動することを選んでいる。


 文章で伝えられる上にタイムリミットが比較的緩いものは訓練した鳥に運ばせることもあるが、前述の条件が揃わないとなかなか使えない。


 そこへ傍受の危険がない小型で持ち運び可能な魔宝具が現れた。

 魔石の色が目立つといってもそう激しく光を反射するようなものではなく、大きさも5ミリ程度。


 ジャミングは『この存在を把握するのも難しい魔宝具に相手側が気づいた上で解析して専用のジャミング魔法を展開する』という特殊な状況下でしか行われることはなく、加えてそのレベルの実力者もいるにはいるが数は限られる。

 完全に安全ではなくとも、今まで使ってきたどの方法よりもリスクは低い。


 柚良は「試しに使ってみますね!」と魔宝具の魔法発動方法と会話方法を説明しながら実際に使ってみせた。

 ピアスから伝わる音はクリアで聞き取りやすく、しかも音漏れして間近にいる他の人間に聞こえることもない。完全に装着している本人にしか届かない音だ。


 傍受も柚良とは実力差はあるものの魔法の心得のある者が試してみたが、一切通ることはなかった。電話なら簡単に傍受できるのに、である。

 しかも会話魔法が飛び交っていることすら把握できなかった。


 ――やはりゼロどころではない。


 メンテナンスについても普段から長期任務であれ月に一度は報告のために戻っているため、柚良の負担にはなるだろうが問題ないだろう。

 念のため訊ねると柚良曰く「メンテっていっても五分くらいで終わりますよ」とのことだった。


 とはいえ『魔導師ユリアによるメンテナンス』が月一で必要と考えれば相応のデメリットなのだろうか――と、そこまで考えてベンスは自身が柚良への考えを改めていることに気がついた。

 これをデメリットと感じるには柚良の実力を認めている必要がある。


「……ありがとうございます。お言葉に甘えて活用させて頂きます」

「いえいえ! じゃあこれを――」


 柚良は布の袋を机の上に置く。

 中でじゃらじゃらと音がした。


「全員分どうぞ!」

「ぜ、全員分ですか!?」


 影の人数は変動が激しいが、自ら潜入や情報収集をする実働隊は少なくとも五十人は所属している。貰ったピアスを自分と選抜した実力者の二名で分け合って片耳ずつ使用しようと考えていたベンスは人数分というセリフに目を剥いた。

 その反応に蒼蓉が肩を揺らして笑う。


「お前がそこまで驚く姿は久しぶりに見るな」

「お、お見苦しいところをお見せてしまい申し訳ありません。しかしまさか人数分とは……」


 ベンスはおずおずと袋の中を確認する。

 先ほど見せられたものと同じ型のピアスが無造作に入っていた。

 こんな保管の仕方をしていいものではない、と心の底からツッコミを入れたかったが、作った本人はまったく気にしていない。


 やはり魔導師ユリアを舐めすぎていた。


 そう再確認して猛省していると、柚良がわくわくとした様子で両手を合わせてベンスたちを見る。


「それじゃ、他のも渡していきますね!」

「他の!?」

「一種類だけじゃ十分な協力とは言えませんし……ただ時間がなかったので、用意できたのは各五人分だけですが」


 そう言って柚良が取り出したのは縦横各二メートル以内のものが十個入る収納魔法の植え付けられた巾着、水魔法と紐付けられたことでいつでも清潔な水を飲むことができる水筒、そして小声や小さな足音くらいなら音を吸収して五分だけ無音にできるペンダントなどだった。

 なお、巾着は狐の可愛いアップリケ付きである。


 柚良は機嫌良さげにそれらを眺めた。


「いやー、魔宝具って材料によって作成の成功率が変わるんですよ。これだけ準備できたのも蒼蓉くんが最高級クラスの魔石や特殊糸を取り寄せてくれたこそです!」

「ははは、必要経費だしボクの機嫌も良かったからね」


 たしかにここしばらくの蒼蓉は機嫌が良い様子だった。

 侍女からの情報では柚良と毎夜一緒に寝るようになったからだそうだ。

 ベンスは真偽を判断できないでいたが、これは真のほうだと今確信した。


 しかし魔宝具そのものの価値とかけられた経費を考えると手に取るのもゾッとしてしまう。背負う荷が重くなったかのようだ。


「本当にここまでして頂いて宜しいのでしょうか……」

「むしろこれくらいしか出来なくて申し訳ないくらいですよ。――今回の事件、私の生徒も困ってるんです。どうぞ宜しくお願いします」


 深々と頭を下げた柚良にベンスたちは慌てたが、そんな柚良の背を蒼蓉がぽんぽんと叩いた。


「ベンスたちはこれが仕事だからそこまでする必要はない。さて……ベンス、これだけ投資したのは糀寺さんのやる気を発散させるためだけじゃないんだ」


 蒼蓉は目元に影を落としながら暗い目を向ける。


「どうも背後で動いてるのは碌な連中じゃないらしい。暗渠街も碌でもなさでは負けてないが、だからといって我々の故郷でありホームを無断で荒らされるのは胸糞が悪いだろう?」

「はい」

「尻尾を掴んだら離さず、背骨ごと引き出してでも持ち帰れ」

「はい」


 期待してるよ、と微笑んだ蒼蓉にベンスは頭を下げ――そして「じゃあ次ですね!」と明るい声を出した柚良に目を丸くした。


「次ですか?」

「やだな~、強化魔法がまだじゃないですか」

「……」


 柚良曰く、半永久的なものは無理だが今かけると半日はもつタイプの強化魔法がいくつかあるらしい。

 ただし激しい運動をした翌日に筋肉痛が起こるように、この数種の強化魔法にも跳ね返ってくるデメリットがある。


 普段から特殊な方法で鍛えている者なら生活に支障のないレベルだが、一般人だと数日間は行動不能になるという。

 ただしベンスたち万化亭の影は前者に該当するため、柚良も「腕が鳴ります! 遠慮なくかけちゃいますね!」と張り切っていた。


「反応速度強化、聴力強化、脚力強化辺りを施しましょうか、暗視はいります? 夜にお時間頂ければ付与できますよ、ただ目ってダメージを受けやすいんで翌日は目薬さして安静にしてくださいね。あとは……」

「あの……蒼蓉様……」


 ベンスはおずおずと蒼蓉を見る。


「……こんなに何度も顔に出たのは十年ぶりです」

「ははは、言ったろ」


 蒼蓉は頬杖をついたまま肩を竦めて口角を上げた。


「やる気満々だって」

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