第59話 蒼蓉は添い寝してほしい
暗渠街で武力を集めている組織がいる。
そんな予想がより確信に近づいた時、柚良はその考えを蒼蓉に聞いてもらうべく彼の部屋を訪れていた。
相変わらず伽羅の香りが立ち込める部屋の中、机に向かって書類に判を捺していた蒼蓉は柚良の姿を見ると目を細めて笑った。
「やあ、こんばんは糀寺さん。相変わらず夜中でも無防備に部屋に来るね」
「用があるからこそですよ。……まだお仕事残ってるんです?」
もう終わるところだ、と言いながら蒼蓉は書類に目を走らせる。
速読すぎて視線を縦に動かしただけにしか見えない。
柚良が感心している前で判を捺し終えた蒼蓉はそれをケースに仕舞うと「終わったよ」と柚良に手を振った。
「お疲れさまです、……にしても相変わらず激務ですね、また特製ドリンクを作りましょうか?」
「ああ、こないだ糀寺さんがくれたやつか」
疲れている蒼蓉くんに特製ドリンクを作ろう。
そう思い立った日に焦榕が現れて機会を逃していたが、あの後ようやく有言実行できたのだ。
トールに作った薬のように不慣れなものではなく、普段から自分でも口にしているドリンクのため味に支障はない。ただし効果に関しては若干の個人差があるため、柚良はしばらく経過観察するなど気を遣っていた。
だというのに。
「あれは一日寝れないくらい効果があったからなぁ……」
蒼蓉はそんなことを今頃さらりと言ったのである。
ぎょっとした柚良はやや前のめりになった。
「んな!? もし効果が出過ぎた時はすぐに言ってくださいねって伝えたじゃないですか〜!」
「糀寺さんが作ってくれたものだし、どんな効果でもいいかなと思って」
「私としては逆効果じゃ意味ないんですよ!」
やはり調薬は向いてないかも、と頭を抱えつつ柚良は蒼蓉の手をむんずと掴むとベッドへ引っ張っていく。
「もう、数日前とはいえ寝不足でしょう。今夜はぐっすり寝てくださいね!」
「おや……いいのか? なにか用事があったんだろう?」
「明日私が早起きして訊ねればいいだけの話です」
どのみち蒼蓉はすでに同じ予想をしているだろう。
それどころか更に深い情報を握っているかもしれない。
柚良が自分の予想を口にしたかったのは、そこから広げたい話があったからだ。
しかしそれは蒼蓉の健康を害してまで行なうべきことではない。
ベッドに着いた柚良は「さあ、おやすみなさい!」と布団を持ち上げ、それを見た蒼蓉は肩を揺らして笑った。
「せめて寝巻きには着替えさせてくれないか」
「……! それはもちろん――ってここで脱ぐんですか!? 私が後ろ向くまで待ってくれません!?」
「ボクは構わないよ?」
蒼蓉は笑いながらいつもの服を脱ぐと白いゆったりとした服に着替える。
風呂の後も仕事をする際は普段の服を着ているため、今夜もそのパターンなのか伽羅に混じってほんのりと入浴剤の香りがした。
ベッドに腰掛けた蒼蓉は「それで」と口を開く。
「用事はなんだい? 朝に聞くのもいいが気になって寝れそうにもない。これじゃ本末転倒だろう」
「さらっと嘘を言いますね〜……」
柚良はすでに後回しにする気満々だったが、蒼蓉がこの様子では伝えない限り大人しく寝る気などないのだろう。
「……すぐ済ませるんで終わったら寝てくださいよ? 絶対ですからね?」
「はは、いいとも」
柚良は咳払いして自分の予想を蒼蓉に伝えた。
頬杖をつきながら柚良の話に耳を傾けていた蒼蓉は「糀寺さんは情報収集能力もわりと高いんだな」と感心した様子で呟く。
そして人差し指を立てると頷いてみせた。
「その通り。人材から武器に至るまで様々な武力を集めている組織がある。そしてそれがとある新興組織であろうこともわかっているよ」
「やはりですか。……最近忙しいのもその首謀者を見つけようとしてるからです?」
「うーん、半分正解かな」
それ以上なにが正解なのか言わない様子を見て柚良は口先を尖らせた。
蒼蓉は事実を認めつつも柚良へ積極的に情報を開示するつもりはないらしい。
蒼蓉は布団に横になりながら問う。
「ボクが把握していることもわかっていただろうに予想の成否を問いに来たのは……別に目的があるんだろう? 教えてごらんよ」
「――トールくんに頼まれたのは他でもない私です。でも表立って動く危なさも理解してるんです」
なので、と言葉を継ぎながら柚良は身を乗り出した。
「トールくんのお兄さんの失踪が新興組織に関わっているなら、調査に間接的に協力させてもらえませんか?」
「間接的に?」
「はい、例えば調査に活かせる魔宝具を作ったり、あとは調査員さんになんらかの強化魔法を付与したり、ですね」
なるほど、と蒼蓉は己の顎をさする。
「そういう協力なら歓迎するが――あァしかし、ボクは心配なんだよ、糀寺さん」
突然芝居がかった声音でそう言った蒼蓉は柚良を見上げた。
「君の負担が増える。糀寺さんだって疲れてるだろう?」
「いやぁ、蒼蓉くんほどじゃ――」
「疲れてる人間にそこまで働かせるわけにはいかない。だから」
にっこりと笑い、蒼蓉は潜り込んだ掛け布団を持ち上げると自分の傍らをぽんぽんと叩く。
「一緒にしっかり休んでくれるなら、その申し出を受けよう」
「……蒼蓉くん、それズルですよズル!」
「ははは、今ならどんな罵りも喜んで受けよう」
要するに添い寝してくれたらぐっすり眠れるし糀寺さんも休めるだろ、というお誘いである。
度々耳にしている発言から、柚良が気持ちを理解するまでは蒼蓉からは手は出さないと思われる。つまり今回は言葉通りの誘いだと思っていい。
そう考えながら柚良は悩む。
「――前にも言いましたけど、寝相ヤバいですからね? それでもいいならお邪魔しますよ」
「おや、もう少し時間をかけて説き伏せるつもりだったが存外乗り気じゃないか」
「時間をかけられると困りますし、それに」
柚良はごろんとベッドに転がると蒼蓉を見上げた。
「一緒に寝た時の心境を前と今で比較すればわかることもあるじゃないですか」
「……うーん、勉強熱心だな」
雰囲気は無いがそれでもいいか、と蒼蓉は納得したのか柚良ごと布団を被ると枕を柚良に譲り、自分は己の腕を枕代わりにする。
「首を傷めますよ?」
「そんなヤワじゃ――」
「大きい枕ですし一緒に使いましょうよ」
「ヤワじゃないがそれもいいか」
高速で前言撤回した蒼蓉は柚良を抱き寄せる形で枕に頭を乗せた。
万化亭で若旦那として振る舞っている時は底の知れない人物に見えがちだが、時折こうして年相応に緩むことがある。
柚良は蒼蓉の鎖骨を見ながら考え込んだ。
(そういうところは嫌いじゃないんだよなぁ……でも好きは好きでも蒼蓉くんが望んでる形のものなのか未だによくわからないし、……けど)
蒼蓉のこの態度も、今こうしていることも好きには違いない。
今夜はそれでいいか。
そう考えながら柚良は自分の気持ちを手探りで探す。向き合うためにはまず明確に認識し目の前に置かなくてはならない。
(こんなので寝れるのかな……心拍数は多少上がってるけど体勢の変化のせいかも。もう少し様子見して安定しなかったら心因性かな。蒼蓉くんはどう思――)
意見を聞いてみようとちらりと視線を上げると、蒼蓉はいつの間にか瞼を閉じて眠りに落ちていた。
目をぱちくりさせた柚良は小さく笑う。
やはり疲れが溜まっていたのだろう。
「……おやすみなさい、蒼蓉くん」
難しく考えるのも今は後回しでいいのかもしれない。
柚良は肩の力を抜くと小声でそう囁き、蒼蓉の頭を一度だけ軽く撫でた。
――翌朝、ベッドから蹴り落された状態で目覚めた蒼蓉だったが、体調は上々だったという。




