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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第58話 人のこと言えないわね

 劉乾リュウチェンは決して喋れないわけでも、無口な男でもなかった。


 ターゲットを待つ待機場へ向かう道中、ダメ元で「あなた、表の世界でも有名だった魔導師でしょう?」と訊ねると返事があったのだ。

 メタリーナとしては親睦を深めようと意図した訳ではないが、一切合切喋らない男と共に仕事をするのはいくら先輩でも嫌だなと思ったからである。

 意思疎通が図れないのはストレスだ。


 劉乾は暗い路地を闊歩しながら言う。


「そうだ、名声轟く魔導師だった。こんな場所まで伝わるほどな」

「そう、……なんで隠世堂かくりよどうに入ったわけ?」


 わりと自画自賛するタイプなのね、と心の中で呟きながらメタリーナは続けて問いかけた。

 暗渠街あんきょがいでどれだけ有名になろうが『表の世界で名声轟く魔導師』にはなれないというのに、わざわざ堕ちてきた意味がわからない。


 ここは不可逆だ。

 堕ちたら戻れはしない。


 それでも表の世界で行方不明になってまでこんな場所へ来たのは、以前の場所を捨てて新たな居場所に価値を見出したからかもしれない。――自分のように。

 そうメタリーナは刹那的に思ったのだ。

 しかし劉乾の返答は思いもよらぬものだった。


「ここに来ればユリアに会える、そいつと好きなだけ戦えるって聞いたからだ」


 突然出された名前にメタリーナは眉を顰める。

 もちろん心の中のセリフは「アンタ、会話する気あるの?」である。

 ユリアなどこの国ではありふれた名前だ。


 しかしそれでも特定できるほど『誰でも知っている人間』なのかもしれない。

 そこへ劉乾の前の肩書きや繋がりを考えれば、導き出されるのは――帝国お抱えの魔導師、ユリアである。


「もしかして宮廷魔導師ユリア?」

「そうに決まってるだろ」


 それ以外の同名人物は劉乾の脳内では存在しないことになっているようだった。

 話を切り上げたい。

 心底そう思いつつも、ここで切り上げたところでおかしな空気のまま仕事をするはめになる。メタリーナはそんな苦悩にも似た感情を抱えながら口を開いた。


「宮廷魔導師といえば表の世界の勝ち組じゃない。そんな大物が暗渠街に?」

「ここの奴らはなにも知らないんだな。……いや、情報規制されてんのか」


 目を細めた劉乾は「今年、皇子殺害の犯人として表から追われたんだよ」と吐き捨てるように言う。


 なるほど、それは重罪だ。

 そうメタリーナは納得したが、ユリアの動機まではわからないそうだった。

 一般人なら即刻処刑、地位の高い人間でも本当なら処刑は免れないが、後者の場合はしっかりと調べられるはずだ。地位が高ければ高いほどただ殺せばすべてが解決するとはなりにくい。

 だというのに未だに動機がわからないのは違和感がある。


 しかし状況証拠があまりにもはっきりとしすぎており、加えて皇帝は疑り深い性格だが一度懐に迎え入れた人物に関しては信頼を寄せる人間だったことも災いしたと劉乾は説明した。


 信頼していた宮廷魔導師に裏切られた。

 そう感じた皇帝が一気に事を進めたのである。


「皇帝たちがどこまで感づいてるかはわからないが、ユリアは暗渠街に隠れてるに違いない」

「……凄い敵意ね、そんな相手が堕ちたら普通は喜ばない?」

「堕とすならオレの手で、だ。こんなつまらない理由で堕ちられて堪るか」


 随分と屈折した性格だ。

 薄ら寒い気分になっていたメタリーナは不意に違和感を感じて片眉を上げる。


「ちょっと待って、あなたが表の世界で行方不明になったのって一昨年でしょう。ユリアを追って暗渠街に来たんじゃないの?」

「あれは遠征先で帝国じゃあ学べない魔導書を持つ一族を見つけたからだ。オレがもう一歩成長するにはこれしかないと思ってな」

「なるほど、そこに留まって学んで――」

「魔導書は一族を皆殺しにして奪った。その土地に隠れ住んで、やっと力をモノにして帰ってきたらユリアがヘマ踏んでたんだよ」


 許せないだろ、と劉乾は握った拳を震わせた。

 ――暗渠街に堕ちてくる前から随分なものを抱えていたらしい。

 劉乾は努力家だが、その努力は他人を巻き込むものだということだ。


「オレのほうが実力があった。オレのほうが宮廷魔導師に相応しかった。ここでユリアを見つけたら……そう認めさせた後に全身を薄く剥いで部屋中に貼り付けてやるんだ。贅沢な壁紙だよ、楽しみだなぁ……」


 そして人としての根っ子が壊れているタイプである。

 メタリーナはここでやっと浩然を恨んだ。

 なんて奴と組ませてくれたの、と。


(最悪だわ。さっさと初仕事を済ませて距離を置かないと、……)


 攫う対象の情報は知っている。

 そしてなにに使われ、どんな結末を迎えるかも。

 その上でこんなことを考えられる自分もすでに壊れた人間の一部だ。


 人のこと言えないわね、と呟いた声は裏路地に低く響く排気音に掻き消された。


     ***


 トールに相談を持ち掛けられ、焦榕ジァオロンにお使いを頼まれ、蒼蓉ツァンロンに報告をして数日。

 表立った変化はなく、柚良ゆらは毎日いつも通り学校へと足を運び授業を続けていた。

 図書室で調べものをしながらノートに書き留めるのも日課になっている。その日課の最中に柚良は思考を巡らせていた。


 柚良としてはトールの件くらいは自力で調査したかったが、万化亭ばんかていに匿われている身で悪目立ちしかねないことをするのは避けたいため、校内や行き帰りの道中でアンテナを張り巡らせて情報収集をすることくらいしかできなかった。


 ――とはいえ、人の口に戸は立てられないのは暗渠街も同じ。

 限られた空間でも強化魔法で聴力を底上げしたり、感覚を研ぎ澄まして唇の動きで会話内容を読み取ればある程度のことはわかる。


(本当なら精神スキャン系や記憶を読み取る魔法が大活躍するところだけど、これって相手にすぐバレるのがな~……リスクも多いし……)


 魔法は便利なことばかりではないのだ。


 柚良は収集した情報を脳内で反芻する。

 まず行方不明者が暗渠街の住人から見ても例年より多いことが挙げられた。

 無法地帯である暗渠街では普段から各所で事件が勃発しており、抗争で使われた魔法によっては死体が見つからず、結果的に行方不明として扱われることがあった。


 そして人攫いや誘拐も横行している。

 ベルゴの里のような高級奴隷商はそんなケチのついた商品はよほどでない限りは買い取らないが、低級な奴隷商は異なるらしい。

 誘拐も幼少期のほのかのようにターゲットの親や組織を狙ったものや、身代金目当てで行なわれ、結果的に子供がそのまま行方不明となることが多かった。


 柚良は万化亭に守られ、本人も目の飛び出るような才能を持っているため自覚することは少ないが、暗渠街はやはり平和な表の世界とは完全に異なる別世界なのだ。


(で、その平均を除いた際に浮かび上がってくるのが、大雑把に分けて二種類の行方不明事件)


 まずメタリーナのように「自ら消えたのではないか?」と思わざるを得ない行方不明者。

 これは普段から絶対に起こらないとは言いきれないのだろうが、暗渠街の住人が違和感を感じるほど「最近やたら多くねぇか」という状況のようだ。

 自ら消えるというのは組織を裏切るということ。

 暗渠街で組織の後ろ盾がなくなることはリスクが大きい。


 柚良は新入りも新入りのため普段の暗渠街については疎く、こういう時は昔から住んでいる荒くれ者たちの情報がとてもありがたかった。

 この情報を精査していくと雲隠れした者のほとんどがなにかしらの技術を認められた実力者だったということがわかる。


 次にトールの兄のように姿を眩ませた者。

 メタリーナのパターンと似ているが、こちらは本人たちになにか得手とするものがあるわけではない。もちろん本人にそんな自覚があるかはわからないが。

 代わりに価値のあるものと共に消えている。


 トールの兄、シルザードは魔剣サヴァンレイルと共にいなくなった。

 それぞれ別の事件かもしれないが、この件と同じ原因ではないかと柚良は思う。


(もしかして焦榕さんが依頼した魔宝具や魔導書の持ち逃げもこの類……?)


 蒼蓉は把握している様子だったが、柚良はメモの名前だけを見てもそれが焦榕の密売組織の一員かはわからなかった。ただ、わざわざ『持ち逃げ』と表現したのだから関わりのある人物だったのだろう。


 柚良はそれらの情報を仮説と共にノートに書き込んだ。

 恋情に関することが書き連ねられていたノートとは別に用意したものであり、悲しきかなこちらのほうがページの減りが早い。


「どこかで武力を集めている誰かがいる? この暗渠街で?」


 物騒極まる話だが、情報を総合するとそんな考えが浮かんでしまう。

 暗渠街ならそういった人物のひとりやふたりいてもおかしくはないが、多数の大きな組織の縄張りを荒らし回りながら人材を集めるのは自殺行為に等しい。

 しかも現状、組織からの制裁を回避しながら順調に事を進めていることになる。

 そんな狡猾で大胆な人物が関わっているのだろうか。


 短絡的な予想かなぁ、と柚良が鉛筆をくるくると回していると後ろから声をかけられた。


「最近勉強熱心ね、でも今は行き詰ってるのかしら?」

「マユズミ先生!」


 ベリーショートヘアーと眼鏡が特徴的且つ魅力的な先輩教師、マユズミ・イアラである。

 借りてた小説を返しに来たの、と笑いながらマユズミは小説の本棚へと向かった。


「あまり根を詰めすぎちゃダメよ。そりゃあなたは、その……随分と凄い実力を持ってるけれど、体も心もきちんと疲れる人間でしょう?」

「はい、ありがとうございます。……その、マユズミ先生」

「なに?」


 柚良はノートをしまいながら本棚越しにマユズミに問う。


「居場所のあった人間がなにもかも捨ててどこかへ行ってしまうとしたら、それはどんな時だと思いますか?」


 ――柚良はメタリーナの例を多発している行方不明に数え込んでいたが、それでも納得できないでいた。

 メタリーナには学校という場所で先生をしている姿が似合っていたのだ。

 そして魔法歴史学を本心から好いていることを柚良は知っていた。

 かつて彼女が挙げた書籍のチョイスは表の世界ではお目にかかれないほど絶妙だったのだから。


 そんな彼女が自分から居場所を捨てていく動機がわからない。


 そこまで深くメタリーナの人となりを知る機会があまりにも少なかったが故だ。

 問われたマユズミは「そうね……」と考え込み、そして本を戻し終えたのか柚良の前へ戻ってくると口を開いた。


「今よりもずっと良い場所を見つけたか、もしくは」

「もしくは?」

「本人は自分の居場所だと思っていなかったのかもしれないわね」


 目をぱちくりさせる柚良にマユズミは眉を下げて笑う。


「私もね、前は暴りょ……別の組織にいて、そこが自分の居場所だと思ってたの。人生に幕を下ろすのもきっとここなんだろうなって。けれど若旦那にスカウトされて、今いるこの学校がとても輝いて見えた」

「だから前の居場所からこっちへ……?」

「ええ。そしてここへ来てようやくわかったの。前の組織は居場所だったんじゃなくて、居場所が欲しい自分がそう思い込もうと必死になっていただけだ、って」


 青臭くて少し恥ずかしいけれど、とマユズミははにかんだ。

 柚良はメタリーナの顔を思い出す。

 そう、顔は今でもしっかりと思い出せるが、彼女が本当に万化魔法専門学校ばんかまほうせんもんがっこうを居場所と思っていたかどうかは知らないのだ。彼女の性格の深いところと同じように。


 メタリーナにとっての居場所に見えた。

 似合っていた。

 それはすべて、柚良の主観だ。


「これで答えになったかしら?」

「――はい! 良きヒントをありがとうございます、マユズミ先生!」

「ふふ、糀寺こうじ先生が生徒になったみたいね」


 休憩もちゃんとするのよ、と言い残してマユズミは図書室を出ていく。

 それを見送った柚良はややあって両手で顔を覆った。


「うーん……恥ずかしい……! つい主観だけで見ちゃうのは悪癖だなぁ」


 そこが良いと言われたことも多々あるため短所にも長所にもなる部分なのだろうが、今回はあまり良い影響をもたらすものではなかった。

 もっと広い観点で見ないと、と目標を定めつつ、柚良は拳を握る。


「メタリーナさんが自分の意思で出て行ったなら、新たな居場所で良い日々を送れていることを祈るばかりだけど――」


 マユズミに質問したように柚良はメタリーナのことをしっかりと知りたくなった。

 本当に知らないことだらけだ。

 それをしっかり知れば、異なる居場所にいようが分かり合って友人になれるのではないか、と淡い期待を抱きながら。


(あれ? でもこれって)


 交流の少なかった妹に対しても同じことを思った。

 そして数日前にこの図書室で恋について調べた成果『相手のことを知りたくなる』という条件と当てはまる。妹に次いでその対象が増えたわけだ。

 つまり、蒼蓉に対する感情が恋なのか調べよう作戦にまたもや疑問点が浮上したわけである。


「ぐ、ぐぬぬ、世の中はわからないことばかりですね。けど――相手にとって不足なし! 必ずや解き明かしてみせますよ!」


 恋も事件も。

 そう力みながら、柚良は二冊のノートを高らかに掲げた。

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