第57話 隠世堂の探し物 【★】
隠世堂の一員となったメタリーナは四日間ほど「わたくしたちの組織に慣れるまでゆっくりとお過ごしください」と依頼のない期間を与えられた。
その間にわかったのは構成員は全員この屋敷に自室を用意されているが、実際に寝泊まりしている者はごく一部であり、依頼の報告を済ませた後はさっさと自分の巣へ帰る者が大半だということだ。
そのため未だに構成員の全容は把握しきれていない。
浩然はここに住んでいる様子だったが、驚くほど生活感がなかった。
いつ見てもスーツ姿であり、昼夜問わず神出鬼没で、顔を合わせるたびにまったく変わらない様子で話し始めるのだ。
反対にクメスフォリカは生活感に溢れており、広場でテーブルとソファを占拠して酒を飲んだかと思えばいびきをかいて寝ていることもあった。
ただのアルコール中毒者にしか見えないが、ボスの右腕ということは相当な実力者なのだろう。
――そうして迎えた五日目の朝。
浩然に呼び出されたメタリーナは彼の部屋を訪れ、腕組みをして「仕事についてね?」と自ら切り出した。
浩然は嬉しそうな顔をすると頷く。
「そうです、話が早くて助かりますよ」
「どうせ汚れ仕事よね。なにをさせたいの?」
メタリーナがそう問うと浩然は「先日、研究施設を案内しましたでしょう」と言って、その施設のある方角を指さした。
「実験に奴隷を使っているのは足が付きにくいからです。もちろん上質な奴隷商は管理もしっかりしていますが、質の悪い店は売れればそれでいい連中ですからね」
「知ってるわ。で、仕事は奴隷を買いに行くおつかい?」
「いえいえ、メタリーナ様には簡単な人攫いから初めて頂きます」
浩然は心底簡単だと思っているといった表情で続ける。
「今度行なう実験には魔導師の才能を持つ者が必要でして。もちろん実験体として。隠世堂には魔導師が山ほど所属しておりますが、貴重な人材を実験体に使うわけにはいきませんでしょう?」
なにがおかしいのか笑いながら浩然はそう言い、ただ、と言葉を重ねる。
「まだある程度は隠れておきたい時期ですので、痕跡を残さずに攫ってきてほしいのです」
「言っとくけど私、相応の訓練は受けてるけど隠蔽系の魔法は使えないわよ?」
「ええ、ええ、わかっていますとも。それに今回は初任務です、頼もしい先輩をひとり付けるのでステルスに関してはその方の力に頼ってください」
そう言うと浩然は背後の扉に「どうぞ」と声をかけた。
扉は開かない。
しかし浩然は顔の向きだけ徐々に動かす。
まるで歩いてくる人間を目で追っているかのように。
「一体なに――」
そうメタリーナが眉を顰めていると、浩然の隣に突然人間が現れた。
黒に近い赤い髪と金色の目をした男性――劉乾だ。
いくつかの鈴が付いたケープを身に着けているが、鈴の中にはなにも入っていないのか音はしない。
彼は心底面倒くさそうな表情をしていたが、大人しく浩然の脇で控えていた。
「……劉乾が得意とするのは三属性の攻撃と自己強化魔法だと思っていたけれど」
「メタリーナ様、彼は努力の人でございます。古い情報にない魔法も我々のもとへ来てから会得していてもおかしくはないでしょう?」
劉乾は表の世界で行方不明になってからステルス魔法を新たに覚え、ここまで使いこなせるようになったということである。
五感だけでなく己に付随するもの、例えば影や動いたことによる空気の揺らぎすら誤魔化す高度なステルス魔法をたった数年で会得したというのは、もはや努力の結果ではなく才能にものを言わせた結果なのではないか、と一般人なら思っただろう。
しかし浩然がここまで言うということは、彼の努力は相当壮絶なものだった可能性がある。
メタリーナはしばし黙った後「そうなのね」と素っ気なく言うと浩然を見た。
「その『簡単な人攫い』のターゲットは?」
「こちらに纏めてあります」
浩然は三枚の似顔絵とプロフィールの書かれた紙を手渡す。
ターゲットはごく普通の魔導師数名。全員同時に相手をするとなると話は別だが、一対一なら戦闘になってもメタリーナひとりでなんとかなるレベルだ。
厄介なところがあるとすれば痕跡を残してはならないという点だろう。
メタリーナは研究施設の様子を思い返す。
あんな地獄のような場所で実験体にされれば生きて帰ることはできない。最後まで使い潰される。そう詳しく知らずともわかった。
ターゲットの中には年若い者もいる。
良心の呵責というほどでもないが、これだけのことをした結果が一体なにに繋がっているのかメタリーナは気になり、最後の質問として浩然に問う。
「こいつらを使う実験ってなんなの? 言っとくけど自分も参加したくて訊いてるんじゃないわよ」
「ふむ、正式に初仕事を終えてからお話ししようと思っていたのですが……まあいいでしょう」
浩然は少し迷うそぶりを見せながらも、次の瞬間には元から話すつもりだったとでもいうような様子に切り替えて話を続けた。
「まず我々隠世堂は『暗渠街の統一支配』を目標にしていると以前お話ししましたね?」
「ええ」
「これに付随するものなのですが、わたくし共、ある宝玉を探しておりまして」
「ある宝玉……?」
宝玉と呼ばれるのは魔石の最高位に位置するもので、ほとんどが国宝か行方不明、もしくは相当の実力を持つ魔導師が個人所有している。
ひとつひとつが奇跡じみた力を持っており、しかしそれ故に代償が大きく扱いが難しいとされていた。
行方のわからない宝玉の大半は邪神がこことは異なる世界へ持ち去ったとされているため、隠世堂が探している宝玉は国宝か個人所有品物となる。
メタリーナが不審げな表情を浮かべていると、浩然はにこやかな笑顔のままその宝玉の名を告げた。
「宝玉『反魂楽土』でございます」
「な――」
「ええ、なにをおっしゃりたいのかよくわかりますよ。これは八百年前に邪神が持ち去ったもの。異界側にあると言われている宝玉の代表格ですからね」
浩然はそう言いながら背中側に両手を回して姿勢を整える。
「ですが、その宝玉が今はこちら側にあるという情報を得ていまして」
「!? どういうこと!? 邪神がそんな簡単に手放すなんて――」
「持ち出したのもまた同じ邪神ではないか、と我々は考えております」
詳しいことまではわかりませんけどね、と浩然は茶目っ気のある動きで肩を竦めてみせたが、場が和むことはなかった。
宝玉『反魂楽土』は任意の生物を蘇らせることが可能だと言われている稀少な魔石だ。見た目の情報は残っていないものの、歴史上でも何度か名前が出てくる。
魔法歴史学を受け持っていたメタリーナにとっては馴染みのある言葉だった。
蘇らせるには相応の魔力が必要となるが、使用回数に上限はないとされ、数千の魔導師が死ぬほどの魔力を食わせて王を蘇らせたという記録もある。
その後に対象が不老不死になるなどという特典はないが、何度でも蘇られるとすれば実質上の不死だろう。
(そのせいで各国で戦争の原因になったことが多く、沈静化したのは召喚された邪神が宝玉を持ち去ったから。……そんなものがまたこちら側に?)
隠世堂の目的が暗渠街の統治だとすれば、その実現と実現後の崩壊を招く最も憎らしい天敵は『統治者の死』だろう。
王族でさえ世代交代のタイミングで瓦解することが多い。
ならば頭が永遠に変わらなければいいのだ、という単純明快な理由で宝玉を探しているのかもしれない。
それはそれで問題が起こる可能性は大いにあったが、今まで誰も試したことがない方法なのは確実である。
それを愚策だと切り捨てることはメタリーナにはできなかった。
(暗渠街は正式な国ではないけれど世界への影響力は相当なものだわ。それを統一したなら帝国だって取れるかもしれない。永遠に近い命があれば全世界だって。……規模の大きな話ね)
メタリーナは話を聞いただけでドッと疲れた気分になり、早く仕事をこなしてしまおうと書類を畳む。
だがまだ聞けていない答えがあった。
「……大層なものが絡んでるのはわかったわ。けど宝玉のためになんで実験をしてるわけ? あの悪趣味なのが宝玉と関係あるの?」
「宝玉を探すのに特化した生き物を作っておりまして。ただまだ不完全です、それをより完全に近づけるためとでも言いましょうか」
「良い部分を切ったりくっつけたりするつもり?」
「ええ、工作に近いことは致します」
気分の悪くなる話だ。
しかし自分から聞いたことだとメタリーナは受け入れ、出入り口に向かう。
「わかったわ、仕事はする。行きましょう」
劉乾にそう声をかけると、彼は無言のままメタリーナの後に続いた。
無口なのか喋れないのかはわからないが仕事仲間としては最悪の部類だ。
――時折憎まれ口を叩きつつも会話には相応の気を遣っていたアルノスの顔が脳裏を過り、メタリーナは扉を閉めると同時にそれを掻き消した。
浩然(絵:縁代まと)
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