第53話 隠世堂へ 【★】
いくつもの複雑な道のりを経て辿り着いた先にあったのは、浩然が「ここです」と口を開くまで扉だと気づくことすらできなかった地下への出入り口だった。
メタリーナは浩然の背に続いてその中へと入っていく。
――スカウトを受けた直後、メタリーナはこの件を一旦持ち帰ると言い、浩然は快諾した。
情報を武器とする万化亭との繋がりが色濃い者にこの選択肢を与えるのは大半が愚者だろう。しかし浩然の自信は揺らぐ様子がなかった。
それはメタリーナの気持ちがすでに隠世堂へ傾いていることを嗅ぎ取っていたからかもしれない。
そうしてメタリーナはしばらくの間いつものように過ごしたが、最後には浩然の引き抜きを受けて隠世堂へ加わることにしたのだ。
あちらなら居場所がある、必要とされていると自分に言い聞かせながら。
決意した後は名刺に記されている場所へ赴き、案内人に接触した。
その案内人に詳細を説明されるのかと思ったが、わざわざ浩然が現れて説明役を買って出たのだ。しかも実際に隠世堂へ向かう際の道案内も担当するという。
これが再び浩然と相まみえた経緯である。
一度はそこで別れ、浩然が指示した日時に荷物を纏めて住処を後にし――隠世堂の構成員に隠蔽作業を任せる。
その後は万化亭の追跡から逃れるため、しばらく特殊な魔法を張り巡らせた地下施設に身を潜めていた。
万化亭の情報網は恐ろしく広く、しかも思いもよらぬ所にも張り巡らされているため、逃れるには完全に安全だと保障されている場所から動かず籠っているのが最善なのである。
そんな流れを経て、本日晴れて隠世堂の本部へと案内される運びとなったのだ。
(不安はある……けど掴めるチャンスは大きいわ。すべてを捨ててきたんだもの、なんだってやってやる)
メタリーナは階段を下りながら裾を握り込む。
隠世堂の目的は――暗渠街の統一だと聞いている。
各地区に分かれて治めている組織や個人がいるのが暗渠街の実情である。
浩然は「我々はそこに新たな風を吹かせたいと思っているのです」などと言っていたが、要するに新規参入した組織が既存組織を蹴散らし無法地帯の頭になろうと言うのだ。
統一することも目的というより手段に感じなくもないが、どちらにしても荒唐無稽な話だった。
しかし、浩然にそれだけの実力があるというのもまた、メタリーナは魔導師として感じていた。スカウトマンである彼がこれだけ手練れなら他の面子にも期待できる。
そんな組織に引き抜かれ、期待に応えることができたなら。
それはきっと、今までの人生の中で一番の居場所を得ることに繋がる。
期待と不安の入り混じった気持ちを抱え、メタリーナは階段を降り続ける。
まるで混沌とした闇の中へ自ら降りていくようで背筋が冷えたが、決して底なし沼などではなく、しばらく経つと階段が終わって細い通路が現れた。
浩然は慣れた様子で道を進み、突き当たりにあった簡素なドアを開ける。
すると空気が変わり、ドアの向こうに続く廊下を見たメタリーナは目を細めた。
「結界付きのとても丁寧な空間魔法で繋いであるのね」
「決まった道順で進んできた者のみが辿り着ける場所ですが、ネズミに迷い込まれては困ってしまいますからね。保険でございます」
ドアの先は暗渠街の別の場所だ。
それも魔法で歪めて作った空間で、本来なら無いはずの広大な土地を作り出していた。その中に建てられた屋敷内のようだ。
このような代物はよほどの天才か多数の天才による合作でしか作れないだろう。
到底目にする機会などなかったであろう空間を前に、メタリーナは密かに喉を鳴らすと浩然に勧められるがままに屋敷へと足を踏み入れた。
屋敷の中は先ほどまでの通路とは異なり明るく、廊下だけを見るなら陰鬱な雰囲気はない。清廉潔白な貴族の住む屋敷、といった印象である。
ただし窓の外が墨を撒いたかのように真っ暗であり、景色の輪郭すらわからないのが不気味だった。念入りに隠蔽されている影響だろう。
浩然は廊下を進みながらメタリーナに声をかける。
「この屋敷は隠世堂の現在の本拠地だと考えてもらって構いません」
「現在の?」
「危うくなれば切ってしまう場所ですので」
肩を揺らして笑った浩然は「今のところそのようなことはありませんけどね」と付け加えた。
明らかに胡散くさいものを見たような顔をしたメタリーナに彼は言い重ねる。
「メタリーナ様、そんな顔をしないでください。これから広間に行くので笑顔を宜しくお願いしますね、第一印象は大切でございますから」
「あなたは常に笑顔でも怪しいままよね」
「おや、痛いところを」
広間は隠世堂のメンバーの情報交換の場であり、メンバーはこの屋敷で自由に生活しているらしい。
新入りが多いため歓迎会や自己紹介タイムはないが、交流を求められたらある程度のコミュニケーションは宜しくお願いしますね、と浩然は続ける。
「ボスへの挨拶は?」
「んふふ、本部内にはいますがそう滅多に会える人ではないんですよ。ただ不安でしたらわたくし、この高浩然にご相談くださいませ。ボスの代理で様々なことをこなしておりますし、ボスの右腕左腕とも連絡がつきますので」
メタリーナは値踏みするように浩然を見た。
自称スカウトを担当しているしがない魔導師、と言うわりに組織内ではかなり高い地位にいるらしい。
ならその右腕と左腕に会わせなさいよ、と伝えると浩然はふたつ返事で快諾した。
「広間の挨拶後にふたりに会って頂いて、その後に研究施設へご案内しましょうか。終わりましたらお部屋を用意しますので本日はごゆるりとお寛ぎください」
「研究施設……? そんなものまであるの?」
「暗渠街の闇を相手にするには手を変え品を変え様々な手法を使わねばなりません。そのため隠世堂の精鋭たちが日々研究や開発を行なっております。メタリーナ様もクリエイティブなことに興味がおありで?」
「自分でなにか作るのは好きじゃないわ。まあ見学くらいはしてあげるけど」
組織としての規模を測る良い機会だ。
そう判断したメタリーナは興味なさげな顔ながら頷く。
浩然は特に気を悪くした様子もなく「楽しみにしていてくださいませ」と笑うと、数多の蛇が彫り込まれた二枚扉の前で足を止めた。
「広間はこちらです」
重い音をさせて扉が開かれる。
そうして脇へと引いた浩然は恭しく頭を下げて広間へとメタリーナを招き入れた。
「――ようこそ、隠世堂へ。歓迎致しますよ、メタリーナ様」
蛇のような雰囲気の笑みを保ったまま。
メタリーナ(絵:縁代まと)
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