第50話 はて、ではこれは恋なのだろうか?
「ふむ、ふむふむ……」
普段の柚良は授業時間になるまで校内で雑用を見つけてはそれをこなしていた。
最近ではエドモリアに魔種――魔獣と一般動物との交雑種が種として確立した生き物たちの世話をサポート無しで頼まれているくらいだ。
しかし、時折なにも仕事がない時間帯がある。
そんな時はこうしてバーニアル代理校長や教頭に許可をもらって図書室に足を運んでいた。
表の世界で出たばかりの最新刊などは無いが、代わりにあちらではすでに販売していない漫画や小説が揃っている。
なんなら発禁になった本ですら当たり前のように並んでいた。
見る人が見れば宝物庫のような状態だろう。
柚良の趣味――魔法関連なら歴史書などの保管庫のほうが充実しているが、ここ数日の柚良は自分の意思で図書室に通い詰めていた。
手元に積まれているのは恋のまじない本から恋愛小説、ラブロマンス漫画や恋愛指南の本まで様々な角度から『恋愛』をサポートする本たち。
柚良は数日前にアルノスに相談し、そして自分の身体で得たデータをもとに『私の気持ちは本当に恋なのか探ろう作戦』を決行していた。
要するに蒼蓉にドキドキしてアルノスにはドキドキというより安心感を感じたので、ではこのドキドキは恋に由来したものなのか確かめよう! という魂胆である。
もし本当に恋なら、このままなんの抵抗もなく結婚できるというものだ。
なにせ柚良は恋愛結婚を望んでいるのだから。
(蒼蓉くんに報告するのはしっかり解明してからにしなきゃ!)
間違ってたら悪いし、とそんな思考から柚良は自分の心と向き合っていたが、大分斜め上であった。
恋愛小説をぱらぱらと捲りながら柚良は熱心に頷く。
「やっぱりまずドキドキして体温上昇、顔も耳も熱くなって胸が締めつけられる……か。あの時は締めつけ感ってあったっけ、心拍数が上がった時の感覚と似てて紛らわしいなぁ……」
柚良は自分の書いたノートを見遣る。
もちろん恋愛についてや恋情、恋に関する事柄を纏めたものだ。
しかし、それはまるで授業で使うノートのような様相を呈していた。肉体的・精神的な反応のまとめと予想内容、参考文献、次の課題などが図を交えて記されている。
「精神面の記述は千差万別だから参考になるか怪しいけど、一緒にいたいとか大好きって思ったり相手のことを知りたいと思うことか……うーん」
柚良は鉛筆をくるくると回す。
一緒にいたい、大好き、相手のことを知りたい。
それは家族に対しても感じことだった。
柚良は魔導師として王宮に出入りするようになって長い。
初めのうちは仕事が多く、実家に顔を出すこともなかなかできなかった。
独り立ちする覚悟だったため、夜遅くに帰るのが寮や自分ひとりの家でも問題なかったが、それでも寂しく思って家族と一緒にいたいと思ったことくらいはある。
特権を大いに利用して憧れの学校にだけは通い続けたが、結局生家は『毎日帰る場所』ではなく『たまに訪れる場所』となり、両親の死後は足も運ばなくなった。
――妹のことは気になっていたが、中学辺りまでは交流があったものの、それ以降はさっぱりだ。
しかも家を訪ねても不在が多く、ああ、違う生活をしているのだなとタイミングの合わなさから思い知ったものである。
「……」
そんな時、柚良は妹のことを知りたくなった。
今どんなものが好きで、どんな生活をしているのか。
姉なのになにも知らないことを自覚しながら。
同じように蒼蓉のことも知りたいが、それは自分の気持ちを探るためという目標が根本にある。
はて、ではこれは恋なのだろうか?
(あとは「離れるのが嫌だ」と思うこと……? これも今ここで蒼蓉くんと別れろって言われたら寂しいけれど、それはアルノスさんやヘルさんたち、先生たちや生徒たちもそうだもんなぁ)
そしてイェルハルドや璃花とも離れたくない。
暗渠街で得た繋がりは貴重だということを差し引いても柚良にとって大切なものだった。
それはきっと、暗渠街での人間関係は素の自分を出して築いてきたものだからだ。
表の世界にも友人知人はいたが、柚良の素を知っているのはごく僅かである。普段からバレないようにと緊張もしていた。
それが、暗渠街では多少の隠し事はあれどあの頃ほどではない。
――暗渠街より表の世界のほうが隠し事だらけだったなんておかしいな、と柚良は心の中で笑った。
「とりあえず精神面は後回しかな、身体の反応からもう少し突き詰めていければいいんだけれど……おっと!」
集中して読んでいたせいか予想より時間が経っていた。
この後は魔種の餌やりをしなくてはならない。
柚良は急いで本を片付けると、エドモリアが管理している魔種の飼育施設を目指して歩き出した。
***
グラウンドがないため、飼育施設は校舎に寄り添うように存在している。
外から見れば校舎の一部のように見えるが、この施設には外側から別のドアとシャッターが付いており、そこから出入りできるようになっていた。
シャッターがあるのは大型の魔種もいるためだ。
事前にエドモリアから貰った鍵で施設に入った柚良は檻の中の魔種たちの健康状態を確認し、それぞれに合った餌を用意する。
大半はエドモリアが作ったオリジナルブレンドの餌だった。
ドライタイプとウェットタイプがあるが、どちらも一日に十分な栄養を摂れるようになっているという。
幼い頃にサボテンに特製元気爆発栄養剤を与えてトゲが爆発的に伸び続けてしまい、壁を穴だらけにした柚良には難しい芸当である。
「さぁさ、お待たせしました。ごはんですよ〜!」
餌皿を置き、それぞれの食いつきも観察していく。
食欲の有無は魔種に限らず動物の健康状態を見るのに大切なデータである。
特に厳重に見ておくべきなのは――初日にも会った闘犬型一角獣だ。
ここしばらくの闘犬型一角獣は終始そわそわとしており、空腹なはずなのに餌を与えても無視して檻の外へと出ようとする。
吠える種類ではないが息を荒らげて外を目指し、かと思えばなにかに怯えるように自ら檻の奥にある寝床にすっ飛んでいったりと忙しかった。
(発情期かと思ったらそうじゃなさそうだし、どうしちゃったんだろう……)
なにはともあれ興奮しすぎて餌をスルーしてしまうのは頂けない。
魔種も栄養摂取は大切だ。
柚良は餌を視界に入れる、匂いを嗅がせる、自分が食べるふりをする、獲物の動きのように餌皿を動かす等様々な手法を使って闘犬型一角獣に餌を食べさせ、施設を掃除してから校舎へと戻る。
そうして自分の授業の準備をして教室へと向かい――事件が起こったのは、それから二十分後のことだった。
生徒のひとり、トール・マクリミアンが魔法を暴発させたのである。




