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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第49話 夜明けの太陽

 蒼蓉ツァンロンは姿勢正しく授業を聞きながら頭の中ではまったく別のことを考えていた。


 具体的に言うと今朝に見た柚良ゆらの姿についてである。


 照れた柚良は何度か見たが、自分の手であそこまで照れさせたのは初めてだった。

 こんなにも達成感を得られたのは久しぶりだな、と黒板の文字をノートに書き取りながら思う。


(……いや、昔ボクの言葉で照れさせたことがあったか)


 随分と昔のことだ。

 恋愛絡みではないが、幼い柚良が頬を赤らめながら蒼蓉の言葉に笑みを浮かべたことがある。


 ――あれはひと気のない公園の砂場で、蒼蓉が表の世界について学び始めた頃だったので幼稚園に入ったタイミングだ。


 当時、蒼蓉は今ほど強かではなかった。

 表の世界と裏の世界――暗渠街あんきょがいとの違いを知り、綺麗な表の世界で暮らしたいと願ったが、足掻いたところでどうしようもないのだとわかっていた。


 法に守られた穏やかな表の世界と、悪意が蔓延り実の父が人を殺める場面を日常のように目にする世界とのおぞましい差。

 そして自分が生まれたのは後者であるという変え難い事実。


 そんな差を見せつけられ、しかし傷心に耽る間もなく万化亭ばんかていの教育を受けていた幼い蒼蓉はいつも表の世界からの帰り道だけ泣いていた。

 暗渠街に入れば弱みは見せられない。

 だからそれまでは手に入らないものを想って涙を流し、帰宅するまでの間に泣き止むのを繰り返していた。


 護衛はどこかに潜んでいるが、この時間だけは邪魔させない。


 そう思いながら蒼蓉はその日も鼻を啜って帰路についていた。

 そんな時だ。公園の砂場にしゃがんでいる柚良の後ろ姿を見かけたのは。

 紫色と黄色のグラデーションが美しい髪は珍しく、それが夕日と混ざり合ったことで夕暮れではなく夜明けのように見えた。

 綺麗だな、と見入っていた蒼蓉は考え込む。


 同年代の友人を作ることは推奨されていた。

 パイプ作りはこの頃から始まっていたのだから。


 そこで蒼蓉から「なにしてるの?」と話しかけたのである。

 声をかけられた柚良はきょとんとしながら振り返り、自分と同じくらいの男の子だと気がつくと笑みを浮かべた。


「魔法のじっけん!」


 ――今とまったく変わっていない理由だった。

 どうやら土魔法で砂を操ることはできるのか否か実験していたらしい。結果を訊ねると「できなかったけど、もう少し理解できたらうごかせるかも」とのことだった。


 その時、柚良が蒼蓉の赤くなった目を覗き込んだのだ。


「泣いてたの?」

「ちょっとだけだよ」

「ふーん」


 両目でしっかりと蒼蓉を見た柚良はしばし考え、そして蒼蓉が落ち込んでいると思ったのか満面の笑みを浮かべて宣言した。


「元気になるものみせたげる!」

「元気になるもの?」

「これ!」


 柚良は不意に両腕を広げると、自分の周囲に水の玉を作り出した。

 水魔法で空気中の水分を集めたのだ、と蒼蓉が気づく前にその水の玉を一瞬で凍結させる。

 水は氷となり細かく砕かれ、ダイヤモンドダストのようにきらきらと輝きながら空中を漂った。目を細めるほど煌めくのは夕日を反射しているのである。


 その真ん中に立つ柚良を蒼蓉はずっと凝視していた。


 夜明けと細氷を纏った天使だと思った。

 焦榕ジァオロン辺りに聞かれれば腹を抱えて笑われたかもしれないが、その時は本当にそう思ったのだ。


 そして、人生で初めて一目惚れをした。

 初恋だった。


「きれいで元気出るでしょ?」

「……うん。君は魔導師なの?」

「すごい魔導師をめざしてるとこ!」


 でも難しい試験があるんだって、と不安がりながら柚良は言った。


「それにアリアーナちゃんもフラントリン君も魔導師になるのは大変だからなれっこないよって笑ってて……君もそう思う?」


 蒼蓉はこの頃からすでに目が肥えており、柚良の実力が中級魔導師を凌ぐレベルに達していることを理解していた。

 だからこそ自信を込めて言ったのだ。


「なれるよ! 絶対になれる!」

「ほ、ほんと?」

「本当!」

「……へへ、よかったぁ」


 照れくさそうにはにかむ笑顔。

 その顔を見て、蒼蓉はこの子とこれからの人生を歩んで行けたらどんなに幸せだろうと夢想したのだ。

 きっと暗い世界に陽光が射す。夜明けのように。


 しかし、そう、自分は闇の住人だ。


(……この子を堕としてしまうことになる)


 それは心から避けたいことだった。

 夜明けのために太陽を堕としてどうするのか。

 太陽は天にあってこそ輝くのだ。


 蒼蓉は名乗らず、応援だけしてその場を去った。もう涙を流す気はなかった。

 それから同じ小学校へ入学したものの、蒼蓉は常に柚良を見つめながらも友人になることすらせず、ただただ焦がれ続けた。


 彼女は手の届かない夜明けの太陽だった。

 ならばそんな美しいもの、視界に収めるだけでいい。


 そう思っていたのだが、巡り巡って今は自分の手の中にある。

 自ら堕ちてきたのなら――それを手に入れない道理はない。


 あの日見せた照れた顔と、今朝見た照れた顔を思い返す。


(――もう手放すもんか)


 蒼蓉はそう決意しながらノートに鉛筆を走らせた。



 ――昼休みになり、蒼蓉の持ってきた柚良の手作り弁当を開いた際、クラスの男子がふざけておかずを取ろうとしたところでここは暗渠街かと錯覚するほどの眼光を見せてしまい『蒼蓉は食べ物に関しては怒る』という噂が立ってしまったが、致し方のないことである。

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