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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第47話 心願成就の朝

 ――数日後の朝。

 暗渠街あんきょがいにしてはまろやかな朝日が差し込み、朝食を待っていた蒼蓉ツァンロンは珍しく微睡んでいた。


 学校生活を再開すると数日間はリズムが狂う。

 そろそろ慣れる頃合いだが陽気には勝てなかった。


 加えて最近は自室で食事を取っており、周囲に人間が――視界に入る人間がいないということも大きい。

 柚良ゆらが来てからは彼女と朝食を取りたいがためにわざわざダイニングへ出向いていたが、今は柚良との食事には時間が合わないため効率を優先した結果だ。

 そんなうたた寝の間にも新しく得た情報や仕事内容を頭の中で整理する。


(糀寺さんの妹……糀寺柚雨こうじゆうだったか。噂話だけなら比較的良い扱いをされているようだ。でも糀寺さんに知らせるのは直接確認してからかな)


 イェルハルドに尾行させる手もあるが、今まで彼は柚良の護衛として闇に潜み、すぐに連絡したいことがあると蒼蓉の元へ現れる生活をしていた。

 しかし蒼蓉が表の世界の学校へ戻ってからは距離が開くため、常に柚良に付くように指示してある。

 イェルハルドから蒼蓉への連絡は数人の同僚を介するか専用の訓練された動物を使うことになっていた。


(潜入や捜査に一番向いているのはイェルハルドだ。だがあれが抜けると糀寺さんを見張りきれない)


 ――百年ももとせみちでの事件の報告もイェルハルドから受けていた。


 身を隠すことに関して優秀なため柚良も気がついていなかっただろう。

 イェルハルドをリアルタイムで介入させることも可能だったが、恐らく魔法絡みなら柚良がどうにかする、もといどうにかしてしまうという厚い信頼があったことから監視だけに留めたのだ。

 もちろん『柚良に恩を売る』という目的もあったが。


 しかし最近の暗渠街は輪をかけてキナ臭い。


 そんな土地から離れて柚良を残していくなら、護衛だけは良質なものにしておきたかった。

 そのため表の世界へ赴く際の蒼蓉の護衛は限られる。

 しかも、いわばお忍びであるため信頼できる人物を指名する必要があったが、その条件を満たしたメンバーはイェルハルド以外実力がいまいちだ。

 つまり出先で情報収集の指示を出したところでリスクが高まるだけ、ということである。一般人に正体がバレては困ったことになるだろう。


(専用の人員を出しても良いが、表の世界では面倒事が多いな……法が整備されすぎているというのも問題だ)


 やはり自分で出向くか、と蒼蓉は瞼を下ろしながら思う。


 少なくとも表の世界での立ち振る舞いはわかっている。

 あとはノフネをはじめとしたパイプたちを使おう、と大雑把に決めたところで目前に気配を感じた。

 璃花リーファが食事を運んできたのだろう。

 蒼蓉はうっすらと目を開きながら「そこに置いといてくれ」と指示し――そして固まった。


「おはようございます、蒼蓉くん。この辺でいいですか?」

「……糀寺さん?」


 食事を運んできたのは柚良だったのである。

 事態を飲み込めない様子の蒼蓉を見て笑い、柚良は自分用のトレイを置いた。


「蒼蓉くん、こないだ一緒に朝ご飯を食べられなくなって寂しいって言ってましたよね? なので私の時間をずらしました」

「そのためにわざわざ?」

「はい。さぁ、一緒に食べましょう!」


 握りこぶしを作った柚良は「あ、それと」と付け加える。


「お弁当も作っておきました。よかったら、その、私の代わりに高校に連れてってあげてください」

「面白い言い回しだね」

「高校に未練タラタラなんですよ……!」


 そんな柚良の様子に肩を揺らして笑った蒼蓉は立ち上がり、彼女の細い手首を握って引き寄せると間髪入れずに抱き締めた。

 普段の服装と異なりブレザー姿のため様にならないが、こうしたいと思ったのだから仕方がないと言わんばかりの顔で力を込める。


「君は鈍感だから言葉に出したほうがいいんだろうね。そのせいで稚拙になっちゃうけどさ」


 しかしそれできちんと伝わるなら御の字だ。

 蒼蓉は耳元に顔を寄せるとはっきりとした声音で言った。


「いつもありがとう、愛してるよ」


 きっと「蒼蓉くんは大袈裟ですねー」などと言いながら笑われるのだろう。

 まあそれでもいいという諦めはあった。柚良はこの程度のスキンシップで突然関係が進展するような性格ではない。なにせ同じベッドで一緒に寝てさえあの展開だ。


 柚良は毎回予想外の反応をする。

 ならそれを楽しむ方向にシフトチェンジしようじゃないか、と。

 ――そう思っていたのだが。


「……え、えぇ〜……どうも……?」


 戸惑いながらそう返した柚良の声は揺らいでおり、顔は見たこともないくらい真っ赤だった。

 蒼蓉は驚いた顔をしながらその姿を目に焼き付けつつ、思わず赤い頬を摘む。

 熱い。だが確実に風邪などの理由による赤面ではないようだ。


「……あれだけアピールしても照れなかったくせに」

「え!? なんか拗ねてます!?」

「そんなことはないさ」

「ありますよね!?」


 今までも柚良は何度か照れはしたが間接的なものか、恋愛とは関係ないものばかりだった。

 それを一応は自覚している柚良は咳払いしてから弁明する。


「いやその、蒼蓉くん、今ブレザー姿じゃないですか」

「そうだね」

「なんか改めて同年代の男の子に告白された気分になったっていうか、クラスメイトに告白された気分になったっていうか……そういうやつでして!」


 要するに、妙な理由だが現実味が出たのだ。

 初めから学生服で攻めればよかったのか? と蒼蓉は唸ったが、暗渠街でそんなことをできるはずがない。

 ため息をつきつつ――それが諦めと納得と安堵のため息だと悟られないようにしつつ、蒼蓉は「なら今のほうがいいかな」と机のひきだしを開けた。


「注文した婚約指輪ができたんだ。夜に渡すつもりだったけど……今のほうが効果的なら利用させてもらうよ」

「ちょ、もう、あなたって人は……!」

「ボクは照れた糀寺さんを何回だって見たいんだ。なら利用できるものは全部利用するとも」


 オーギスの屋敷で注文した婚約指輪。

 人魚の髄液の名を持つ石の嵌った銀色の指輪だ。


 学校での婚約宣言には間に合わなかったが、昨日完成して手元に来たのだ。どの角度から眺めても完璧な出来だった。

 初めに柚良が希望した経皮式強化魔法ではなく魔力ストック効果が付与されているもののため、石――水滴の形をした薄い水色の石が小さいこともあり、指輪の内側ではなく外側の配置にしている。


「婚約指輪だからペアで付けられないのが惜しいな」


 ペアで贈り合う文化もあるが、少なくとも万化亭ばんかていのあるコンロン地区の两百龍リャンバイロンは女性側のみに贈られるものである。

 そう笑いながら蒼蓉は柚良の左手を取ると薬指にするりと指輪を嵌めた。サイズもぴったりだ。


 まるで初めて会った時からそこにあったと錯覚するほどだった。

 しかし蒼蓉は幼い頃からそこに指輪を嵌めるのが自分の役割ならいいのにと幾度となく思ってきたため、錯覚は一秒ももたずに消え去る。


 それを見守る柚良の顔は相変わらず赤い。

 蒼蓉は満足げな顔で立ち上がるとテーブルに柚良を誘った。


「さぁ、冷める前に食べようか」

「ぐ、ぐぬ、なんか妙な気分ですが食べ物に罪はないですからね……」


 美味しいうちに食べましょう、と柚良はイスに座る。

 ――結局、そんな柚良も見送る時間になる頃には随分と落ち着いてしまったが、それでも蒼蓉は機嫌がよかった。

 軽い足取りで廊下を進みながら璃花に問う。


「これからは制服を部屋着にするのもアリかな」

「事情は察しましたが……柚良様が慣れてしまっては意味がないのでは?」

「ははは、冗談さ」


 冗談には思えなかったけれど。

 そう璃花が思ってしまったのも仕方のないことだった。

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