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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第46話 蒼蓉、高校三年生

 行方不明者は焦榕ジァオロンの依頼の件や、メタリーナ以外にもいる。

 それは早くから把握していた。中には簡単に見つかる者もいたが、恐らく別件だろうと蒼蓉ツァンロンは思う。


(完全に行方知れずのケースがすべて同じ原因とは限らないが)


 なにせ様々な地区を跨いで多発しているのだ。

 一ヵ所に集中しているならまだわかる。

 しかし暗渠街あんきょがいにおいて複数個所で人攫いなりなんなり問題を起こすのは大変不味いと外部の者でもわかるはず。

 各地区を牛耳る組織に喧嘩を売り続ければ一斉に狙われかねないのだから。


(――が、喧嘩を売るのが目的か?)


 行方不明者はそのほとんどが貴重品や武器と共に姿を消していた。

 それだけでなく行方不明者自身も一芸ある者ばかり。


 何者かが戦力として集めているとすれば、暗渠街の組織を相手取った争いを企てているのかもしれない。想像してみるだけでも無謀すぎるが、それを覆す『なにか』を持っていると警戒しておいたほうがいいだろう。


 まったく命知らずばかりだな、と遠くを見ていると蒼蓉の肩を男子生徒が叩いた。


「ボーッとしてないでこれ後ろに回してくれよ」

「あぁ、ごめんごめん」


 そう、久方ぶりの高校の教室である。


 長い春休みが終わり、高校三年生に学年が上がった蒼蓉は校長の挨拶を聞き終えててから新しい教室へと足を踏み入れ、あらかじめクジ引きで決めてあった席についていた。

 蒼蓉は新しい学年に上がった生徒への激励や注意事項などが書かれたプリントを受け取り、後ろの席へと回していく。

 この動作も久しぶりだった。


 暗渠街にある万化魔法専門学校ばんかまほうせんもんがっこうの進級は表の世界と一週間ほどずらしてある。

 学校という施設の仕組みはある程度は表の世界のものと同じにしたい、というのが方針だったが、あまりにも蒼蓉が多忙を極めるためある程度は致し方ない。


 入学は随時という形のためその分は軽減されているが、高校生をしながら万化亭ばんかていの通常業務も行なっているため作業のスマート化は常に課題だった。


 現在の万化亭は蒼蓉が不在でもある程度は回るように手を打ってある。

 しかしそれでも若旦那の存在は必要不可欠だ。


 父親はもう表舞台には立てない。

 そこで『直系の蒼蓉はひとりでは店を回せない』などという噂が周囲に広がれば、傍系の親戚たちに口出しする隙を与えてしまうだろう。

 それを防ぐためにもすべて滞りなく進んでいると自然にアピールする必要があったのだ。


(家の決まりとはいえ、表の世界での擬態はいの一番に切り捨てるべきなんだろうけれど……)


 これはこれで便利なのである。


 表の世界に人脈を作るのは大人になってからでは足が付きやすい。

 しかし子供の頃から同じ子供相手に刷り込むようにして上手くやれば洗脳や盲信にも近いものを得ることができるのだ。

 これに関しては大学まで行かずとも現時点で完成していたが、欲を言えばもう少し馴染ませたいため、学ぶこと以外でも表の世界にはもうしばらく滞在したい。


 もちろんこれも加減を間違えば厄介なことになるが、幸い蒼蓉には向いていた。

 今朝の柚良の言葉を借りるなら「教祖になれますよ」だ。


 三年生になって早々、蒼蓉はその人脈を大いに役立てていた。


 休憩時間になり、屋上手前の階段の踊り場に現れた蒼蓉は先にそこで待っていた小柄な男子生徒に「お待たせ」と微笑みかける。

 男子生徒はノフネ・ベルシュタインといい、クラスは違うが蒼蓉の同級生だ。

 薄茶色の髪の毛と緑の目、そしてそばかすと少し厚い唇が特徴である。美男子ではないが愛嬌のある可愛らしい顔だった。


 彼の父親は新聞社を営んでおり、ノフネ自身も高校では新聞部に所属していた。

 今までは副部長だったが、三年になったことで彼が部長に昇進したようだ。

 ノフネは緊張した様子で蒼蓉に挨拶を返すと分厚い封筒から数冊のノートを取り出した。表紙には各教科の名前が書いてある。


「頼まれていた調べものです、ノートに偽装してあるんでこのままどうぞ」

「おや、これは助かるな」


 蒼蓉はその場でノートをパラパラと捲り、優等生らしからぬ表情でノフネを見る。


「この不審な行動の目撃者とは直に接触を?」

「ハウスキーパーのオルコフさんですね、間に専門職の第三者を挟んでますが根回し済みなので心配はいりません」

「なるほど、それなら大丈夫か」


 確認を続ける蒼蓉を前にノフネはそわそわしながら視線を彷徨わせた。


 この位置からは覗き込みでもしない限り他人からは見えないというのに、階下が気になる様子だ。

 ノフネの様子に気づいた蒼蓉は意地の悪い笑みを浮かべる。

 そして彼のそばかすの目立つ頬から顎へのラインをゆっくりと指でなぞり、暗渠街で纏う雰囲気を覗かせた蒼蓉はゆっくりとした口調で問いかけた。


「おやァ、もしかして怯えてるのかい?」


 ノフネはあたふたした様子で首を横に振る。


「いや、その、いつもこんな踊り場でいいのかと心配で……」

「それなら安心するといい。『こういう話をしてもいい場』に整えてある」


 ボクが、と締め括るとノフネは目を丸く見開いたかと思えば興奮した様子で何度も頷いた。


「ほ、他の心配はありません。父の会社を救ってくれたご恩はなにがあっても返します。このままお任せください」

「期待してるよ」


 そう笑ってノフネを先に帰し、しばらくしてから蒼蓉もノートを片手に階段を下りていく。


 あれ、もといノフネも表の世界で手に入れたパイプのひとつだ。

 家族全員にそれとわかるよう恩を売ってある。

 各人の性格やこれまでの経歴も調べた上であり、早々裏切らないとわかっているため使い勝手が良かった。蒼蓉が暗渠街の万化亭で若旦那をしているとつまびらかには明かしていないというのに忠誠心が高いのも長所だ。


 ノフネたちは主に表の世界の情報収集を担当しており、今はあることに関する調査を依頼している。その中間報告がこのノートだった。

 普段の調べ物は週一の報告がデフォルトであり、緊急報告だけは間隔を気にせずに伝えるという形だったが――今の依頼は春休み中にひっそりと与えたものだ。

 そのため溜まりに溜まって量が多い。


(まぁ期間があったのもあるけど相当張り切ってるな)


 やっぱり使いやすい人材だ、と考えながら蒼蓉は階段を降りるごとに柔和な表情を作っていく。愛用している優等生の仮面だ。

 平時はやはり優等生の蒼蓉のほうが衝突が少なくて動きやすかった。


 一定の信頼を得たパイプにはある程度の本性を見せてあるが、それは蒼蓉側からの信頼の表れというよりも単純にそのほうが人を動かしやすいからだ。

 演技にリソースを割かなくて済むというのは存外大きい。


 三階まで下りると蒼蓉は教室前でたむろしている生徒たちを見た。


「……で、皇子殺しの犯人……糀寺こうじってまだ見つかってないんだろ?」

「新聞にはそうあったけど」

「皇子の葬儀が終わる頃には捕まってると思ったんだけれど……」


 皇子殺しの犯人。

 帝国お抱えの魔導師、ユリア。

 その正体である私立高校の生徒、糀寺柚良。


 噂話に興じる彼ら彼女らにとっては元クラスメイトに当たる。

 新たな学年になってからも頻繁に、それでいて密かに話題に上っていた。

 校長は「不謹慎な話題は控えるように」と朝礼で話していたが、それを守っている生徒は二割ほどだろう。


 目の前の生徒たちは八割側の人間である。


「たまに言動がおかしかったけど、まさかあんなことをする奴だったなんて……もしかして一族全員そうだったりして」

「私はむしろあの子の親戚は被害者なんじゃないかって思うわ」

「妹も才能あるのに姉の愚行で道を閉ざされて可哀想、ってやつか。なんか抗議活動してる奴も見かけたな……」

「それだけ愛されてるんじゃない?」

「姉みたいにお抱え魔導師になるのは無理でも代わりにウチにおいでって声がかかってるって聞いたぞ」


 犯罪者の家族は大抵が悲惨な末路を辿るが、柚良の親類や妹はバッシングを受けつつも生き延びているようだった。

 恐らく帝国に大罪人の一族郎党ごと処刑する文化がないことも大きいのだろう。


 皇族殺しを行なった犯人には重い罪を与えるが、その罪が血筋を伝って親類が裁判にかけられることはない。

 これが北の国なら三親等辺りまで即刻死刑だな、と思いながら蒼蓉はその生徒たちに近づいた。


 先ほどの調査依頼の内容は、彼女に――柚良に関係したものだ。

 なら人を使わず、自分の耳で情報を集めることも必要になってくる。


(それに糀寺さんに言ったからね)


 自分の耳で色々と聞いてくる、と。

 万化亭の人間は大きな案件以外は人を使って情報を集めることが多い。

 蒼蓉も例に漏れずイェルハルドを筆頭に様々な人間を使っていた。先ほどのノフネもそうだ。そんな彼が自ら動くことは、極端に少なくはないが多くもない。


 ――堕ちてきてくれた彼女を懐に入れるのにどれだけ心を砕いたか。

 それを考えればこの程度のことはなんの苦でもなかった。

 蒼蓉は手前に立つ男子生徒に声を掛ける。


「なにを話してるんだい? ボクにも教えてよ」

「え!? あ、その、お前に聞かせるような話じゃ……」

「そうそう、ゴシップだからさ。こういうの嫌いだろ」

「でも仲間外れは悲しいなぁ、じゃあ触りの部分だけでいいからさ。ね?」


 頼むよ、と。

 ノートを小脇に抱え、合わせた両手の向こうから真っ直ぐな視線を向けながら蒼蓉は人好きのする笑みを浮かべた。

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