第44話 補佐新入生 【★】
蒼蓉が焦榕から受けた依頼は万化亭のものであり、柚良は特に関わることなく普段通り学校の講師業に勤しんでいた。
あれから一週間。
バリア魔法を一定のレベルまで使えるようになった生徒たちは次の段階へと移ることになる。
その前に、と柚良が設けた時間に行なわれたのが『補佐新入生』の紹介である。
「新入生の補佐員ではなく補佐新入生なんですか?」
不思議そうに訊ねたのは仄だった。
仄の隣には例の事件以来、柚良の授業を受けるようになった姉の幽の姿もある。彼女も妹と同じ顔で不思議に思っている様子だ。
柚良はわざとらしく「ふふふ」と笑うと頷いてみせる。
「そう、補佐ですが新入生でもあるので補佐新入生です! ここでは私や皆さんの授業の補佐をして頂く予定です、今から紹介しますね」
この専門学校は途中から入ってくる生徒も多いため、新入生や編入生といった呼び方より新入りなどと言われることが多かったが、柚良は特に細かいことは気にしていないのかそのまま話を進めた。
「今回入るのは私がスカウトして万化亭で基礎訓練後に個人授業をしていた三人。才能豊かで伸びも良くて、現在は皆さんの一段階先を学んでいます」
「ば、万化亭で糀寺先生の個人授業……」
「皆さんにもしたいのは山々なんですが、さすがに時間が許してくれないのですみません」
その代わりこの四十五分を大切にしますね、と言いながら柚良は「では急いでご紹介を!」と教室のドアを開けて三人を呼び入れる。
「こちらはアガフォンさん。強化魔法が得意で属性は水、主に学びながら私のサポートをしてもらいます!」
紹介されたアガフォンは丁寧に礼をすると、スモールワンドと共に古めかしい本を取り出して微笑んだ。
表紙には文字が連なっているが、生徒たちには一目見ただけではなんと書いてあるかまったくわからない。
「アガフォンです。歴史学の先生には負けますが古代文字もある程度は読めるので、気になるところがあったらお聞きください」
古代文字は古い魔法や現在常用されている魔法の成り立ちや起源を知りたい時にとっても便利ですよ、と柚良は親指を立てた。
この場にアルノスがいたら「少なくとも一年生に勧めるもんじゃないな……」と呟いていただろう。
「そしてその隣がソルさん。火属性が得意で瞬間火力は見事なもの! こちらは生徒の皆さんをメインに補佐してもらいます」
私の授業では学年ごちゃ混ぜですが、皆さん一学年上の先輩みたいに頼ってくださいね、と柚良に紹介されたソルは緊張による汗でズレてくる眼鏡を押し上げながら頭を下げた。カチコチである。
三人の中で一番の強面だが、大勢の人前で話すのは緊張するらしい。
「ソ、ソルだ。正直に言うとまだ勉強出来ていないことも多いから、補佐は分不相応だと思う。だから皆に教えながら俺も学べると嬉しい」
宜しく頼む、と頭を下げたソルに柚良はぱちぱちと拍手した。
「最後はヘルさん! 年若いですが属性は火と風に適性があったので同時に学んでもらっています。危険察知能力も高いので頼りになりますよ」
ヘルさんにも生徒をメインに補佐してもらいます、と柚良はにっこりと笑う。
紹介されたヘルは生徒たちよりも柚良を見上げていた。
そのせいか頭の後ろの群青色をした可愛らしいリボン付きバレッタが見える。
「ヘルさんはもうしばらく基礎訓練を行なう予定でしたが、そりゃあもう凄いスピードで教えたことを吸収してくれたので、アガフォンさんやソルさんと同時入学になりました。スポンジですね、良い性質です」
年齢に関係なく入れる万化魔法専門学校ではあるものの、これだけ小さな子供は珍しい。全校生徒合わせても片手で足りる程度だろう。
加えて適性のある属性をふたつ持っているということで、生徒全員がヘルに注目したが――
「ヘルです。宜しくお願いします」
——ヘルの挨拶は至ってシンプルだった。
柚良がそこで「挨拶は以上! では授業に移りましょうか!」と宣言する。
こうして三人の補佐新入生は教室に受け入れられたのだった。
***
トールは真っ赤な髪の毛先を揺らしながら廊下を歩く。
柚良の授業は今日も凄まじかった。授業に参加している全生徒の特性に合わせて教え方を変えているのだ。
生まれた時から先生をやってんじゃないか、などとトールは思ったが、それどころかつい最近まで生徒側だった人間である。
(でもな〜、やっぱり四十五分って短いんだよなぁ)
トールとしては一日中付きっきりで指導してほしい。
しかしそれを叶えるには一生働いても賄えない膨大な金が必要になるだろう。
トールは暗渠街で武器をメインに扱う鍛冶屋の息子だが、入学金を賄うので一杯一杯だった。
だからこそ早く強くなりたいのだが――それには金がいる。ままならないものである。
(兄貴たちは良い武器を作る。俺はそれとは別の方面で強くなって店を支える。良い案だと思うんだけどなぁ……)
そのほうが店も今より強固なものになるだろう。
兄弟は三人ともまだまだ父親の足元にも及ばないが、三人で力を合わせれば成果は出せるはずだ。
脳筋馬鹿だと思われがちだが、トールはトールなりに色々と考えていた。
しかし、これもまた単純な方法では近道はできない目標だ。
頑張るっきゃないな、と足を進めていると、一足先に帰ったはずのヴェイネルが廊下の窓から外を眺めているのが見えた。
「なんだよ黄昏ちまって。それとも授業の反芻か?」
「トールか、ちょっとな。……」
そう会話を切りかけたヴェイネルはしばし考え込むとトールに視線をやる。
「お前、たしか実家は鍛冶屋だったな?」
「そうだけど……なんだ?」
「なら見栄を張る必要はないか」
ヴェイネルは周囲を確認し、人の気配がないことを確かめると声のトーンを落として訊ねた。
「――最近、お前の周辺で行方不明になった人や物はなかったか?」
「ん? なんだよ、お前のところで行方不明な人間や物が出たのか。勢力争いに関係ないし、客商売で顔の広い俺なら訊ねるに値するって思ったとか?」
「馬鹿に見えてその察しの良さは一体なんなんだ……」
どことなく嫌そうな顔をしながらヴェイネルは「だがそうだ」と肯定した。
なんでも数日前から雇っていた手練れの魔導師が姿を消したのだという。
ヴェイネルは他国から暗渠街に逃げてきた貴族の息子である。
幸いにも金と人脈はあったため、万化亭や天業党のように地区を取り仕切るほどではないが、それなりに良い地位を保って暮らしていた。
そんな場所で雇われた魔導師なら、あらかじめ身元や信頼性のチェックはされているはずだ。
「――だが、一晩の間に痕跡も残さず消えてしまった」
「その辺に埋められてるんじゃねぇの」
「可能性はある。だが断定はできない。そういう段階の話だ」
深刻そうな顔をするヴェイネルを見たトールは頭をがりがりと掻き「まあ」と口を開く。
「成果を期待されると困るが、帰ったら店の手伝いもするし、それとなく客に聞いたり耳をそば立てたりしといてやるよ」
「恩に着る」
「その代わり今年中にウチの商品買ってってくれよ」
ヴェイネルは苦笑いしつつ「わかった」と片手を上げる。
ちゃっかり売り上げに貢献しながらトールは帰路についた。
校門を抜けると結界の加護はなくなる。
頭の悪いチンピラは男相手でも若ければよく喧嘩をふっかけてくるため、トールは周囲を警戒しながら進んだ。
とはいえピリピリするようなものではなく、暗渠街生まれのトールにとっては自然体に近い。
口笛を吹きながら時折近道として薄汚れた壁を飛び越え、我が家であり鍛冶屋の店舗でもある建物の看板が見えてきたところで――トールは異変を察知し、眉間にしわを寄せた。
店の中で実父、メルドルがうろうろしている。
なにかを探している様子だった。
「たーだいま。どうしたんだよ親父」
「トールか。お前、朝に出て行く時に魔剣があったのを見たか?」
「……? 普通にあったけど、……あ!? 無くなってんじゃん!」
鍛冶屋には壁のよく見える位置に『魔剣サヴァンレイル』という仰々しい剣が飾られていた。販売用ではなくあくまで非売品であり、客寄せにとメルドルが置いたものである。
それはかつてメルドルの祖父、つまりトールの曽祖父が作った魔剣であり、主人が弱ければ罵詈雑言で貶して食べてしまうという逸話を持つものだった。
逆に気に入れば力を100%発揮するという。
そんな魔剣がいつの間にかなくなっていたらしい。
「かなり強力な防護アイテムを設置しといたっていうのに……! 買い出しに出てるアッシュはわかるとして、店番のシルザードはどこへ行ったんだ!?」
「……あー……魔剣を盗んだ奴を追いかけてる、とか?」
ふと先程ヴェイネルから聞いた話が脳裏を過ったが、トールはわざと察しを鈍らせながらそう言った。
程なくして備品を買い付けに行っていた長男のアッシュが帰宅し、トールやメルドルと手分けして真剣を探し始める。しかし痕跡すら残っていない。
(まあ……大丈夫だよな)
トールは自分に言い聞かせる。
メルドルが『シルザードを探す』ではなく『魔剣を探す』と称しているのはそれだけ子供を信頼しているからだ。
だからきっとすぐにひょっこり帰ってくる、とトールは考える。
しかし辺りがとっぷりと暗くなり、客足も途絶え、店を閉めることになり――翌朝になっても、魔剣と次男のシルザードは帰ってこなかった。
トール(絵:縁代まと)
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