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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと
第二章 百年の路

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第43話 従兄弟が腐ってる身にもなってくれ 【★】

 背の高い男だった。


 真っ先に目に飛び込んできた真っ白な髪に柚良ゆらは老人かと錯覚したが、よく見ればまだ二十代中頃の男性である。

 扉を開けた拍子に揺れた大きな耳飾りが室内の灯りを反射し、その光が褐色の肌の上を踊る。

 顔は整っているが左頬に大きな傷跡があった。


 海のように青い目や純白のチャイナ服も含めて、そのどれもがこの場にいる人間に似ていなかったが――目つきに既視感を感じた柚良は思わず口を開く。


蒼蓉ツァンロンくん、あれって……」


 しかし柚良が問う前に男は笑みを浮かべて歩き出し、蒼蓉の隣に立つとおもむろに両肩に手を置いて顔を寄せた。

 そしてテーマパークにでも来たような楽しげな声で言う。


「よォ、蒼蓉。久しぶり、なかなか会ってくれねェから俺から来てやったぜ」

「不法侵入になるとは思わなかったのか?」

「赤の他人ならなるだろうよ。身内なら許される。だって俺なら許すし。……あァ、そういやあの子がウワサの婚約者か?」


 男は柚良をじっと見据えて面白そうに問い掛けた。

 彼が現れてから無表情を貫いていた蒼蓉はここで初めて眉根を寄せると、その場で一度だけパンッと手を叩いて口を開く。


「イェルハルド、許可する」

「おッと!」


 音もなく現れたイェルハルドにより、鈍く光る長い刃を蒼蓉との間に差し入れられた男はひょうきんな動きで離れると「勘弁してくれよ」と笑った。

 イェルハルドはメモ書きを突きつける。


『排除命令を受けました。お引き取りください』

「つれねぇな、ここで追い出したら一週間は門前に居座んぞ」

『お引き取りください』


 蒼蓉、イェルハルド、謎の男の物騒な雰囲気に真横のアルノスが固まっていたが、彼越しに三人を見ていた柚良は「あぁ、もしかして!」と手を合わせて立ち上がる。


「蒼蓉くんに似てますし、張ってある結界も異物判定してませんし……その方、ご親戚ですか?」

「似てる? ボクとこの屑人間のどこが似てるって?」

「目つきがとっても!」


 柚良の感想は蒼蓉を不愉快にしたようだったが、はっきりと言いきられると否定しきれなくなったのか黙り込んだ。代わりに心底嫌そうな顔をしている。

 逆に男は愉快げに笑うと再び柚良に視線を向けた。


「ハハハッ! 正解だ、俺は焦榕ジァオロン! コイツ……蒼蓉の従兄だ。宜しくな、婚約者の嬢ちゃん」

「従兄さんでしたか! 糀寺こうじ柚良といいます、宜しくお願いします!」

「元気がいいねェ、でも忠告しとくぜ」


 男、焦榕は蒼蓉を親指で指す。


「コイツは碌でもねェ奴だ、それを伝えてやろうと思って足を運んだんだよ」

「碌でもない?」

「なんでも用意する万屋の仕事がそんな綺麗なはずねェだろ? 逃げんなら今のうちだ、なんなら俺が匿ってやっても――」

「焦榕」


 蒼蓉はゆっくりと立ち上がると、柚良を背に隠す形で自分よりも背丈のある焦榕を見上げた。

 その視線には敵意がありありと浮かんでいる。


「碌でもなさはお前も負けてないだろう。それに今回は他の奴らみたいにはいかないぞ、糀寺さんはボクのだからね」

「ゾッコンじゃねェか」

「そりゃあもう小さい頃からゾッコンさ」


 なんの揺らぎもなく言い放った蒼蓉の様子に焦榕は呵々大笑し、その背をバンバンと叩くと懐からメモ用紙を二枚取り出す。


「俺の用事はお前ェが元気か確かめることだったが、それは身内としての用事だ」

「ほう」

暗渠街あんきょがいの焦榕として会ったついでに仕事を頼みてェ」

「……珍しいね、お前が正面切って万化亭ウチに依頼なんて」

「自力でカタがつかなかった」


 焦榕はそう言うと立った蒼蓉の代わりにどっかりとイスに座り「すげェでかい餃子だな」と感心しながら口に放り込んだ。


「一枚目に名前の書いてある奴らを探してほしい。人探しはお取り寄せ扱いだったか? 人数分払う」

「人名の下に物騒なものが書かれてるが」

「そいつらが持ち逃げした魔宝具まほうぐや魔導書だ、そんだけ流出したのに足取りがとんと掴めねェ。おかしいだろ」

「面倒な案件じゃないか、上乗せさせてもらうよ」


 ご自由に、と言いながら焦榕は麻婆豆腐を口に流し込む。

 蒼蓉と同じく顔色ひとつ変えておらず、アルノスは密かに冷や汗を流した。

 蒼蓉は璃花リーファを呼び寄せると契約書をさらさらと書いて焦榕に寄越す。その書面を見た焦榕は眉をぴくりと動かした。


「自由にとは言ったがエグい桁を吹っかけてきたなァ、腐っても従兄弟だろ?」

「従兄弟が腐ってる身にもなってくれ」


 それに、と蒼蓉は焦榕の手元を指さす。


「糀寺さんの手料理代も追加してある」

「私の手料理の値段ヤバくないですか!?」

「はっはっはっ! 夕飯代浮かせようとしてミスったな! わかったよ、しかしこれ嬢ちゃんの手作りだったのか。なァ、今度俺ん家に来て振る舞っ――」


 焦榕、と再び名を低く呼ばれて焦榕は笑いながられんげを置くと書類にサインした。豪快な字だ。


「よし、大体の用は終わったから帰るわ。……あァ、それ、二枚目は俺からのプレゼントだ。ありがたく頂けよ」

「プレゼント?」

「ヤクに関しては俺のほうが上ってことだ」


 メモ用紙をずらして下の紙を見た蒼蓉は「嫌な恩を売ったな」と呟きながらそれを懐へとしまった。焦榕は「タダなんだから貰っとけ」と笑いながら来た時と同じように廊下へと出て去っていく。

 まるで台風一過だった。

 目をぱちくりさせた柚良は蒼蓉に訊ねる。


「蒼蓉くんのご家族、初めて見たんでびっくりしましたよ」

「はは、やめてくれ、一緒に暮らしてたわけでもないから家族と言われると拒否感が凄まじい」


 蒼蓉の父親は同じ敷地内にいるはずだが、病に臥せっていることもあり柚良は直接会ったことがない。

 そのため初めて蒼蓉の家族に会えて嬉しく思ったのだが、蒼蓉は焦榕を家族扱いされるのが嫌な様子だった。


(世の中にはそういう血縁者もいるか……、ん?)


 柚良は自分の手元に紙が置いてあることに気がついて目を瞬かせる。

 上質な紙にどこかへ誘う道案内の魔法がかけられていた。

 後からかけたものではなく、紙自体に元からかけられた状態で売られているもののようだ。どうやら焦榕が柚良に残していったらしい。

 家に誘っていたということは焦榕の住処への案内だろう。


 一体いつの間に、と柚良が思っていると蒼蓉が苦々しい口調で言った。


「糀寺さん、あいつには気をつけろ」

「ガラは悪そうでしたけど、悪い関係には見えませんでしたが……」

「そこじゃない。焦榕はね、見えづらい部分がぶっ壊れてるんだよ」

「――あ、焦榕って『寝取り屋』か」


 はっと思い出した様子で呟いたのはアルノスだった。


 アルノスは蒼蓉と柚良の両方から視線を寄越され、口にした内容も相俟ってたじろいだものの黙っているわけにもいかず、柚良に説明するという形で再び口を開く。


「下世話な通称だけどまさにそれなんだよ。気に入らない男のオンナを寝取って屈服させてから男を殺す方法を好んで取ってる奴さ、本業は密売組織の頭だったかな」

「信用第一のウチにいてほしくない身内だろ」


 無法者蠢く暗渠街といっても、そこで商いをするなら一定以上の信用が必要になる。万化亭ばんかていともなればそれは更に高い基準で求められるだろう。

 そこに焦榕という人間はマイナスにしか働かない。


「仮にも万化亭の血筋を継いでるならもう少しやり方を考えてほしいものだよ。その辺の馬鹿が同じことをしててもなにも思わないが、ボクの従兄だぞ」


 酷く抵抗感があるのに変えられない事実だ。

 そう言って蒼蓉は再び柚良を見る。


「あいつは壊れちゃいるがまともな面もある。だから余計に油断しやすい。君に身内の汚い話はまだ伏せておきたかったから黙ってるつもりだったが――」


 アルノスがここまで言ってしまったからには伝えておいたほうが安全かもね、と付け加えて蒼蓉は肩を竦めた。


「あいつは寝取った女に責任は取らないが子供は作る。そしてその子供の養育費だけは出すんだ。君はこれを良い人だと思うかい?」

「背景がわからないのでなんとも……うーん、でもまぁ表の世界の常識から見たらクズでしょうね」

「そう判断してくれて良かったよ」


 そしてこれが重要なんだが、と蒼蓉は僅かに視線を逸らした。

 ――普段の蒼蓉から考えると珍しい仕草だった。


「あいつはボクのことが嫌いだ」

「えっ、でもあんなに……」

「たった数分表に出しただけの感情がすべて本物だとは思わないことだよ」


 柚良は「はい……」と頷きながら考える。

 先ほどの逸話を鑑みるに、焦榕が気に入らない男に対する仕打ちを蒼蓉にも行なう場合、狙われるのは柚良ということになる。

 防御魔法は万全だが先ほど紙をいつ置いたかわからなかったくらいだ。手段はいくらでもある。


 考え込んだついでに黙った柚良を「怯えている」と解釈したのか、アルノスが咳払いしつつ小さな声で言った。


「学校とその周辺は俺が目を光らせとくからさ、心配しないでよ」

「アルノスさん……」

「もちろん寝る時は万化亭だ、なんかアイツは入ってこれるみたいだけど……ここには凄い奴らが揃ってるし、ほら」


 見れば扉の脇に控えていたアガフォン、ソル、ヘルたちが険しい顔をしていた。

 ヘルはあまり表情に変化がないが、眉間にしわが一本だけ入っている。

 なんでもアルノス曰く、焦榕がいる間はみんな威嚇した犬のようだったという。


「……ふふ、そうですね! 大丈夫、心配してませんよ。ありがとうございます」

「あー、うん、なら良かった」


 頬を掻いたアルノスは蒼蓉から余計な圧をかけられる前に下がった。


「そうだ、蒼蓉くん! この紙――」

「捨てていいよ」

「いえ、かかってる魔法が興味深いんで保管しててもいいですか?」

「……」

「道案内魔法は普通はその場で直接使うんですよ。こうして紙に付与してるのは珍しくてですね! 多分定着するように保護してる魔法も別途かかってると思うんです、もしくは特殊な紙なのかも……兎にも角にも、もはや魔宝具の領域! 付与も丁寧で綺麗ですし、しっかり観察してノートに取っておきたいなと思いまして……!」

「……」

「付与系の魔法は才能次第な面が大きいので授業で扱うか迷ってたんですが、これ良い教材になると思うんですよね~。あっ、もちろん焦榕さんの居所がバレるのはいけないので教材にする場合は書き換えますよ! どうでしょうか!」

「……」


 蒼蓉は散々悩んだ後「いいよ、好きにするといい」と半ば諦め気味に頷いた。

 アルノスは横目で蒼蓉を見る。

 ――柚良の性格に苦労しているのはどうやら蒼蓉もらしい、と理解しながら。







挿絵(By みてみん)

焦榕(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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