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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第40話 两百龍の万化亭

 なんであんなこと言っちゃったんだろうなぁ。


 ――そう日に何度も思ってしまうのは少々男らしくないだろうか。

 アルノスはそんなことを考えながら授業に使う歴史書を自分の机の上に置く。


(でも柚良ゆらちゃんをほっとけなかったんだから仕方ないよな……)


 答えは既に出ている。

 万化亭ばんかていの若旦那による盛大なマウントと威圧を受けてから数日、ずっと気を張っていたがどうやらあれ以上のことをしてくるつもりはないらしい。

 そろそろ肩の力を抜くべきだとアルノスは自分に言い聞かせる。


(朝に少し時間を作るだけでも仕事に滞りが出る様子だった。ならあの恐ろしいお誘いも……まあ今月や来月のことじゃないはず)


 万化亭の夕食に招待すると言われた時は生きた心地がしなかった。

 暗渠街あんきょがいの各地区にはそれぞれを管理している大きな組織がある。

 キサラギ地区タカマガハラの一角を仕切る天業党てんぎょうとうであの規模なのだ、地区丸々ともなればそれ以上の化け物である。


 暗渠街は無法地帯ではあるものの、それは帝国から見ればであり、暗渠街には暗渠街の勢力があった。力を持つと自ずと下に付くものが増える。

 その結果、自分の縄張りを管理することが結果的に地区を纏めることに繋がっていた。


 万化亭の本拠地はここ、コンロン地区の两百龍りゃんばいろん

 表向き縄張りとして管理しているのはコンロン地区のみ。

 しかし情報網と人脈を各地区に張り巡らせ、裏で様々なことを操る老舗は暗渠街すべてを縄張りにしているように見える。


(そんな奴らの店に依頼者でもないのに出向けるか……!)


 万化亭は万屋よろずやである。

 相応の対価さえ払えば形ある物から形なき物までありとあらゆるものを合法非合法多種多様な手段を使って用意するとされていた。

 対価が法外なため頼んだ者はいないが、死者すら呼び戻すのではないかとまことしやかに囁かれている。


 加えて蒼蓉ツァンロンが取り仕切るようになってからは事業にも手を出し始め、各方面に出資しているようだった。

 元からある組織の仕事とバッティングすると諍いが起こるが――その辺りはどうやら上手く話をつけているらしい。


(……あくまでまだ『若旦那』だ、なのに若旦那の父親はぱったり表に出てこなくなった。ほとんど当主も同然じゃないか)


 蒼蓉が父を亡き者にし万化亭を乗っ取ったのだ、という噂もある。

 なにせ蒼蓉の父、申佑シェンヨウもかつて実父――蒼蓉から見て祖父に当たる人物を殺したと言われているからだ。

 カエルの子はカエルと言われているわけである。


 しかし、もしそうなら未だに正式な大旦那を名乗らないのは何故なのだろうか。


(気にはなるけど、こんなのに首突っ込んでたら毎日その首が落ちる。……とりあえずあいつは危険だって認識だけで十分だ、だからやっぱり柚良ちゃんは――)


 思考しながら窓の外に目をやる。

 するとガラスに映る人影がふたつあった。真横に柚良が並んで立っている。

 そう気づくなりアルノスは声は出なかったものの吐息だけで叫んだ。


「ゆ、ゆ、柚良ちゃん、心臓に悪いんだけど……!?」

「すみません、物思いに耽ってたのでどう声をかけようかな~と迷ってまして」

「まあ考え事はしてたけど……どうしたの、なにか用事?」


 はい! と柚良は元気よく頷くと封筒を差し出す。


「……? 手紙? 柚良ちゃんから俺に?」


 なんとなくそわそわとしていると柚良は間髪入れずに「違いますよ」と訂正した。


「アルノスさんへ渡すように頼まれたんです。蒼蓉くんに」

「……」

「渡したらその場で見ていいって言ってましたよ」

「なにそれこっわ……」


 素の表情で怯えたアルノスはそれでも震える指で封筒を開いた。

 さらりとしており随分と質のいい紙だ。そう思っていると開いた封筒から伽羅きゃらの香りが漂ってきた。普段から蒼蓉が纏っている香りだ。


 閉口しながらアルノスは便箋を取り出す。


「私も見ていいよって言われてたんですけど……なんて書いてありました?」

「あー、えっと」

「も、もしかして悪筆で読めなかったとか」

「いや、凄まじく綺麗な字だ。判子かって思うくらいに」


 だからこそ読み間違いではない。

 アルノスは観念しつつ便箋を柚良に見せた。


「明日の夕食に俺を招待するって……わざわざ地図を添えて誘ってくれてる……」

「わあ! それ、私にも伏せてた意味ってあるんですかね!?」


 わざと柚良と一緒に見せることで圧をかけているのだろう、とアルノスは理解した。

 じつに行きたくないが柚良は嬉しそうである。


(ど、どれだけ本気で嫌がらをせしてるんだよ! こんな時間まで作って! ……まぁ、うん、今はこんなだけど柚良ちゃんと適度な距離感を保っていればそのうち俺への興味を失うはず。きっと多分……)


 こうした普通の会話だけなら大丈夫なはずだ、とアルノスは汗ばんだ手を握る。

 なら目を光らせて守りながら蒼蓉の視界外に出ることも出来るかもしれない。希望的観測ではあるが。

 すると柚良が笑顔で言った。


「明日は仕込みの時間が必要なので……アルノスさん! よかったら今日の帰りに一緒に買い出しに行きませんか!」

「え!?」

「この辺のお店の良し悪しってまだわからないんですよ。ダメでしょうか……?」


 その代わり腕によりをかけて作りますんで! と柚良はささやかな力こぶを作ってみせる。

 そう、柚良が小籠包を作るのだ。

 柚良がそう口にした際、蒼蓉が見せた意外な表情を思い返してアルノスは口角を下げた。嫌な予感がする。

 だが碌でもない店が列をなしているのが暗渠街だ。

 柚良だけで買い物に出ればとんでもないものを掴まされるかもしれない。柚良本人もそれを案じているのだ。


「……これって友達の協力の範囲内だよね?」

「? アルノスさんのご迷惑でなければ恐らく……!」

「なら、うん、仕方ないか。付き合うよ」

「やった! ありがとうございます! あ、それなら今度こそメタリーナ先生も誘って一緒に……」

「それはストップストップ!」


 婚約報告と蒼蓉の『ご忠告』がよほど効いたのか、メタリーナはここしばらく大人しかった。

 しかし柚良に好意を持っているはずがない。

 アルノスはこれ以上ややこしくしないでくれと祈りながら柚良を止めた。

 そろそろメタリーナの真意を告げるべきかもしれないが、この顔を曇らせるのも嫌なので困ったものである。


 なんとか抑えてくれた柚良にホッとしつつアルノスは胃の辺りをさする。

 心の準備は必要だが――


(柚良ちゃんの手料理は素直に楽しみなんだよな)


 ――自覚してるより俺って結構図太いのかも。

 そんな発見をしつつ、アルノスはまったく青くない空を見上げた。

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