第39話 承認欲求を撫でるもの 【★】
一言で表すなら、メタリーナはむしゃくしゃしていた。
西に位置するとある小国に生まれたメタリーナはそれなりの血筋とそれなりの地位を持って育ち、その過程で潤沢な書物を読み漁って歴史学に興味を持った。
魔導師としての頭角も現したが、両親は仕事を優先しておりメタリーナに関心を向けることはなく――結局、事業に失敗し一家離散したことで『立派になったと認めてくれる』などという機会は終ぞやってくることはなかった。
その後、メタリーナは悪名高い暗渠街に住み着くようになり、しばらくは小さな組織の用心棒として雇われていたが――相手が小物すぎて認められたという気分になったことは一度もない。
(そう、私は私の認めた大物に認められなきゃ満足できないのよ!)
カツカツとハイヒールを鳴らしながら夜道を歩く。
むしゃくしゃしたついでに居酒屋に入り浸った帰りだ。
普段より深酒してしまったが、その辺のチンピラに絡まれたところで秒で燃やし尽くす自信がメタリーナにはあった。
(万化亭の若旦那……あの人にスカウトされて、ようやく、ようやく認められたと思ったのに)
ここなら相応しいと思った。
母国では学校にも通っていたため、あの頃に戻れたようで嬉しかったのだ。
しかし気に障る小娘――糀寺柚良がやってきた。
教員になった理由は全員が万化亭によるスカウトだが、柚良は蒼蓉が手ずから手配したという。
魔法の才能を買われたらしいが、どうしてもメタリーナにはただの子供にしか思えなかった。しかも暗渠街について無知で、恐らく最近ここへ来たのだろうということが伺える。
メタリーナは万化亭に見い出されるまで何年もかかった。
なのに、とメタリーナは下唇を噛む。まだアルコールの味がした。
(アルノスは失敗するどころか妙に絆されたところがあるし……そもそも私が気づいてないとでも思ったのかしら。後でキツいお仕置きをしないと)
アルノスと出会ったのは彼がまだ十五歳の頃だ。
テーベルナイト家の養子になった後、魔法による暗殺家業を継ぐべく修行として個人依頼を受けていたのだが――初歩的なミスをし、殺される直前まで追い詰められたところをメタリーナが助けたのだ。
もちろんこれから良い駒に成長しそうだったからである。
アルノスを命を救った恩で縛り、才能と顔の良さを有効活用してきたが、そんな彼すら柚良に取られてしまいそうだった。
「それに飽き足らず若旦那まで! 劣っていても若さを武器にすればここまで出来るっていうの……!?」
メタリーナは道端の空き瓶を蹴り飛ばす。
少し離れたところでガラスの爆ぜる音がした。
メタリーナがなりふり構わず利用できるものはすべて利用するようになった頃には柚良の年齢などとうの昔に追い越していた。
実際に若い男女に惑わされた人間を幾人も見てきたため、若さを武器にしたことがないメタリーナにはそれが万能の武器にさえ思えてしまう。
老いもそれはそれで価値はある、と知っている。
しかし若い者はいつかそれに辿り着くが、老いた者は若くはなれない。どう足掻いても不可逆なのだ。
実際に蒼蓉が惚れたのも、アルノスが惹かれたのも年齢由来のものではないが――ここでもし本人たちが説明したところで、メタリーナが心からそれを信じることはなかっただろう。
そんな時だった。
「メタリーナ・ハーベルアイマー様ですね」
「!?」
突然、前方の闇から人間が現れたのである。
目の細い茶髪の男だった。後ろで束ねた髪が細いネズミの尻尾のように出ている。
黒いスーツに身を包んでいるが、そのせいで闇に溶け込んで見えなかったわけではない。本当に唐突にそこへ現れたのだ。
それでいて本人はドアから一歩踏み出しただけのような余裕を纏っている。
(――転移魔法の使い手?)
だとすれば相当の手練れだ。
警戒して半歩下がったメタリーナに男は恭しく礼をする。
「驚かせてしまい申し訳ありません。わたくし高浩然というしがない魔導師です」
「……聞いたことないわね」
「最近ここへ来たもので」
心底申し訳なさそうに笑いながら浩然は己の後頭部を押さえた。
「さてさて、随分と警戒されているご様子。ここは単刀直入にお伝えしましょう。わたくしはメタリーナ様をスカウトに参りました」
そう言い、浩然はスーツの内ポケットから名刺を取り出す。
そこには先ほど聞いた浩然の名前と、簡略化された地図が描かれていた。
「……同じ地区内じゃない」
「そこに案内人がおります。移動はもう少しお時間を頂くかと」
「面倒ね。スカウトってなんなの?」
浩然はにんまり笑うと待ってましたと言わんばかりの様子で口を開く。
「今現在、この暗渠街には大きな勢力がいくつも存在していますね? それぞれ毛色が異なり、扱うものも違うことで均衡が取れています」
「そんなことは知って――」
「我々はそこに新たな風を吹かせたいと思っているのです」
「……」
メタリーナは腕組みをしながら浩然を見遣った。
「そうやって新規参入しようとして袋叩きに遭った組織をいくつも見てきたわ。そもそもあなたにそんな実力あるの?」
「わたくしはスカウトマンですから。まあその気になればこの場でメタリーナ様を無理やり連れて行くことは可能です。もちろん無傷で」
浩然は手の平を差し出しながら微笑む。
「組織もまだ成長途中。ですので、こうして才能ある者を引き抜いているのです」
「才能……」
「メタリーナ様は我らのボスのお眼鏡に適いました。どうか手を貸していただけませんか。……あぁ! もちろんお給金は今の倍お出ししましょう、待遇も良いものになるよう手配しますよ」
他にご希望があればなんなりと、と言う浩然にメタリーナは引き攣った笑みを浮かべながらも問い掛けた。
「――とりあえずこの件については持ち帰らせてもらっていいかしら? それともYES以外は殺す?」
「いえいえ、そんな勿体ないことしませんよ。もちろん万化亭にチクられると辛いですが、まあその時はしくしくと泣きながらスカウトリストからお名前を消すだけです」
本気なのか遠回しの脅しなのか判断に困るところだ。
メタリーナは眉根を寄せながらも「じゃあ持ち帰りで」と口にする。
――実際のところ、しばらく考える時間が欲しいのは事実だった。
しかし心は真実に関係なく随分と傾いてしまっている。なにせ自分を名指しでスカウトされたのだ。
つまり実力を認められたわけである。
そして、もし浩然の組織が万化亭より勝る大きなものに成長したなら柚良たちを見返すことができる。滅多にない機会だった。
もちろん暗渠街で長く生きるメタリーナはリスクもわかっていたが、それでいてなお飛びつきたくなる誘いだった。なにせ難度の高い転移魔法の使い手を抱き込んでいるような組織である。
ギャンブルに手を出してしまった時のような気分だ。
後ろめたい、それでいて高揚した気分になりながらメタリーナは名刺を胸ポケットに仕舞う。
そしてふと顔を上げて浩然に訊ねた。
「名刺なのに組織名がなかったけれど」
「わたくしの名前はどうにでもなりますが、組織名はまだ大っぴらには出せないんですよ。水面下で準備中ですので」
で、す、が、と一音ずつ区切りながら浩然は両手の平を合わせてみせる。
「スカウトは信頼が第一! メタリーナ様には特別にお教えしましょう!」
そして細い目でメタリーナを見ながら口を開く。
ちらりと半分に割れた舌先が見えた。
「わたくしが属するのは隠世堂――暗渠街に根を下ろし、この土地で永劫を生きることを望む魔導組織でございます」
浩然(絵:縁代まと)
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