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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第38話 その座はくれてやる

「アルノス・テーベルナイト」

「……はい」

糀寺こうじさんの友達になってくれたそうだね」


 真っ先にそれを持ち出したか、とアルノスは頭を下げながら嫌そうな顔をした。

 しかしその表情も頭を上げる頃には綺麗に引っ込み、にこやかな笑みで「そうなんですよ~」と頷く。


「年が近いからですかね、気が合いまして」

「それはよかった、糀寺さんは暗渠街あんきょがいに来てまだ日が浅い。つまり知り合いも少ないから心配でね」


 ――恐らく、事細かに把握されている。


 そう感じ取ったアルノスは口の端を引き攣らせながら相槌を打った。

 万化亭ばんかていの若旦那ならこれくらいの下調べは簡単だろう。

 アルノスが隠蔽工作すらしてこなかったのはメタリーナ同様、柚良ゆら蒼蓉ツァンロンとそこまで深い繋がりを築いているとは思わなかったせいだ。


 しかもわざわざこんな所にまで出てきて牽制している。相当執着しているらしい。

 アルノスは意図的に柚良を見ないようにしながら考える。


(保身に走るならこのままフェードアウトが一番なんだよな……でも)


 アルノスが柚良に庇護欲を向けたのは、いつか自分のような輩に利用されるであろうことを予想したからだ。

 万化亭にここまで守られているならその心配はないように思えるが――もし、そんな蒼蓉自身が柚良を利用しようとしているなら話は変わってくる。

 そんなのは逃げ道のない鳥籠同然だ。


(万化亭の蒼蓉……こいつは『自分のような輩』かもしれない)


 婚約者に対して誠実に向き合える男が万化亭の若旦那などできるだろうか?

 ――というのがアルノスの見解である。口が裂けても言えないが、同僚に伝えれば一定の支持は得られる意見だろう。

 じっと蒼蓉を見つめたアルノスは人懐っこい笑みを浮かべて言う。


「有用性を見出してもらえたなら今後も『()()()()()』仲良くさせてもらってもいいですよね?」


 正々堂々と会う許可をもらいますよ、と。

 そう言外にこれでもかと含ませた問いだった。


 しかし蒼蓉は面食らった様子もなく「いいとも」と微笑む。

 状況は恐ろしいが存外良い方向に転んだかもしれない、とアルノスが思っていると蒼蓉は不意になにかを思いついたような顔をした。


「そうだなァ、年が近くて気が合ったのならボクとも合うかもしれないね?」

「……え?」

「糀寺さんと同い年なんだよ」


 嘘つくな。

 思わずそう言いかけたアルノスはすんでのところでそれを飲み込み、愛想笑いを浮かべながら「畏れ多いですよ〜」と返したが蒼蓉は引き下がらなかった。


「まぁせっかく糀寺さんと友達になったんだ、今度ウチに招待するよ」

「ば……万化亭に?」

「そう。一緒に夕飯でも食べよう」


 食事の席に誘うにしては圧が凄まじい。

 情報を武器としている万化亭に招待されるなど一介の教員であるアルノスには起こりえない夢物語のようなものだった。もちろん、良い夢ではなく悪夢である。

 アルノスとしては本気で御免こうむる誘いだったが、そこへ柚良が嬉しそうな声を発した。


「いいですね! そうだ、その時に例の小籠包作ってあげますよ!」

「え」


 断りにくくなったじゃないか、と思ったのはアルノスだったが、声を発したのは蒼蓉だった。

 丸くした目を見たのは恐らく真正面にいたアルノスだけだ。

 蒼蓉はすぐに表情を取り繕ったが、完全にやる気満々な柚良を見てしばらく考え込むと頬を掻いた。


「――ボクも楽しみにしてるよ」

「はい! あっ、細かい予定は後に決めましょうか、蒼蓉くんは続きを……」

「いや、ボクはそろそろお暇しようかな。時間も丁度良い頃合いだからね」


 蒼蓉は時計を見ながらそう言うと、部屋に集まった教員たちを見回す。


「時間を取らせてすまないね。代理校長と教頭もいつもお疲れさま、これからも宜しく頼むよ」

「もちろんです、お任せください!」

「学校というものはどんなに腐った土地にあったとしても価値のあるシステムだとボクは思う。その歯車として目利きし、選び出したのが君たちだ。そのことをくれぐれも忘れないでおくれ」


 人によっては『誇りを持て』という激励にも『期待を裏切るな』という威圧にも受け取れる言葉だった。

 その声音がやたらと優しいのもわざとなのだろう。

 そう感じ取りながら、アルノスは柚良に気づかれないように小さく身震いした。


     ***


 帰り道を悠々と歩く蒼蓉は人のいない路地に入るなり正面の闇から出てきた男たちに目を向ける。

 暗渠街に堕ちてきてまだ日の浅い、追い剥ぎじみた集団らしい。

 一目でそう見抜いた蒼蓉は途端に興味を無くし、男たちから目を離す。


 声すら聞こえなかった。


 ちらりと視線を戻すと地面に臥した男たちの傍らにイェルハルドが赤い髪を揺らして立っていた。

 道の端に男を蹴り、道を開けながらイェルハルドは『いいんですか?』と書いたメモを見せる。

 それは男たちについてではない。

 追い剥ぎに関しては暗渠街では話題に出すようなことではない些事だった。


「あぁ、アルノスのことか」

『はい』

「もちろん思うところはあるが有用なのは本当だからね」


 蒼蓉は男たちの山の脇を通り抜けながら言う。


「糀寺さんが暗渠街で生きるためにああいう存在が居るのは損得で言うなら『得』だ。それにねぇ」

「……?」

「忠義の次に扱いやすいのは他人の恋情と信仰心だよ。そういうものは糀寺さんを裏切らない。ま、選別は必要だが」


 その選別にアルノスは合格したということだ。ひとまずは、だが。

 あと、と蒼蓉は視線を横に流す。


「ボクは糀寺さんの友達にはなれない」

「……」

「だからその座はくれてやる」

『友達のような夫婦、というものもあると聞きましたが』

「ボクが目指してるのはそれじゃないんだよ。わかるだろ?」


 蒼蓉は大きく伸びをすると暗い路地に足を進め続けた。脇道にならず者が潜んでいたが、先ほどの惨状を目の当たりにして縮こまって動けないでいる。

 それを無視しながら蒼蓉は薄暗さに似合わない笑みを浮かべた。


「それとさ」

「?」

「糀寺さんのこと、あの男にどうこうできると思えないんだよね」


 だってボクでさえこれだよ、と。

 そう発された言葉には異様な説得力があり、イェルハルドは二秒もかけずに極太の字で『わかります』と書いて頷いた。

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