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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第37話 婚約報告

「やあ、時間を取らせてすまないね。直接会うのが初めての人もいるだろうか……ボクは万化亭ばんかてい蒼蓉ツァンロンだ、若旦那とか呼ぶ人も多い」


 宜しくね、と軽く自己紹介した蒼蓉は声音の軽やかさに似合わない暗い笑みを浮かべる。

 教員は『魔法専門学校の校長は蒼蓉である』ということは知っているが、マユズミやアルノスをはじめとした大半の教員は蒼蓉を遠目にしか見たことがない。

 主に見た目の年若さでざわついていたが、その大半はどうやら蒼蓉を二十代だと思っている様子だった。実際は柚良ゆらと同じ高校生である。


(マユズミ先生も凄く驚いてたし、蒼蓉くんもしかして……老け顔?)


 柚良はもし声に出していたなら蒼蓉が渋面を作っていたであろうことを思いながら周囲の様子を見る。

 メタリーナはなにやらきらきらとした目で蒼蓉を見ており、逆にアルノスは何故か半眼で蒼蓉を見ていた。観察しているともいう。


 エドモリアは緊張しているのか胃の辺りをさすり、マユズミは蒼蓉がここへ来た理由を何通りも想像しているのか緊張した面持ちをしていた。

 他の教員たちも負けず劣らずの表情である。


 さて、と蒼蓉は教員たちの顔を見た。


「まず主目的を果たそうか、ボクも暇じゃないからね。……糀寺こうじさん」


 蒼蓉はこいこいと手招きする。

 柚良は「はい」と頷くと深呼吸してから彼の隣へ歩いていった。


「糀寺柚良。ボクが彼女を講師に招いたのは知っているね? 君たちが彼女の優秀さを把握しているかどうかはかなりバラつきがあるようだけれど――」


 蒼蓉は目を細めて教員たちを見る。


「その度合いは優秀さ順かな」

「蒼蓉くん、そういう言い方はよくないですって」

「ははは、そんなだからナメられるんだよ」


 蒼蓉はぽんぽんと柚良の肩を叩いた。


 緩く揺れる視界で柚良はメタリーナを見る――というよりも、自然とその表情に目が止まった。それだけ感情が籠りに籠った顔だったのだ。

 口角が下がってじつに不機嫌そうである。

 彼女に心底嫌われているとは露ほども知らない柚良はその理由に気づけない。


「で、だ。君たちはすでに大なり小なり彼女のことを知っているだろう。それなのに再度紹介したのは糀寺さん絡みの報告がひとつあってね。ほら、糀寺さん」

「……んっ!? 私から言うんですか!?」

「いやァ、ボクからするつもりだったけど、報告する糀寺さんを見てみたくなって」

「刹那的すぎません!?」


 柚良は思わぬ大役に閉口しつつマユズミたちを見る。

 蒼蓉の言葉に相槌を打つだけでいいと思っていたのだが、そんなに甘くはなかったらしい。


 柚良は蒼蓉のことを信頼してはいる。

 先ほどの言葉もいじわるではなく本心だとわかる。

 しかし、そこから先を予想できていなかったのはやはり彼のすべてを知っているわけではないからだ。


(婚約したのはちゃんと蒼蓉くんを知るためって目的もあるんだし……)


 柚良は決心すると「よし!」と拳を握って改めて同僚たちを見た。

 そして目を逸らさず、しっかりと伝えるべく口を開く。


「私、糀寺柚良と蒼蓉くんは先日婚約しました! 宜しくお願いします!」

「こ……」

「婚約!?」


 見守っていたマユズミが外見のクールさをかなぐり捨てる勢いで声を発した。

 同じ言葉を発しかけていたアルノスは蒼蓉と目が合ったことで押し黙る。力んだ拍子に喉が奇妙な音を立てていた。

 他の教員も明らかにざわつき、想像以上に驚かれた柚良は助けを求めるように蒼蓉を見上げる。

 その様子に大変満足した顔をして蒼蓉はパンッと手を鳴らし周囲の沈黙を促した。


「ボクがわざわざここへ足を伸ばした理由、そしてこんなことを口にした理由、わかってもらえたかな?」


 自ら報告したいほど柚良を大切にしている。

 そんなパートナーの扱いには気をつけろ。

 手も出すな。


 ――そういう理由である。


「それに最近なにかと物騒だからね、面倒なトラブルが起こる前に君たちには伝えておこうと思ったんだよ。ひとまず今は口外法度でお願いしていいかい?」

「も、もちろんです」


 どうにか代表として頷いたマユズミに「それならよかった」と微笑みかけ、蒼蓉は柚良の腰を抱き寄せる。


「マユズミ・イアラ。君は糀寺さんによくしてくれてるみたいだね。まだ教員としては若いのに魔法学の総合管理者としても見事な仕事ぶりだと聞いてるよ」

「そ、そんな、畏れ多いです。ありがとうございます」

「あはは、そんな畏まらないでくれ。糀寺さんにも今まで通り接しておくれよ、ここに来るのを楽しんでるみたいだからね」


 マユズミは「わかりました!」と直角にお辞儀した。

 そのあまりにも凄まじい勢いに以前はどんなところに所属してたんだろう、と柚良はなんとなく気になったが訊ねられる空気ではない。


 蒼蓉は目についた教員にぽつぽつと声をかけ、そして必ずフルネームを口にした。

 ――魔法専門学校の校長であり万化亭の若旦那に名前を覚えられている。

 そう自覚しただけでモチベーションの上がる人間がいる、と蒼蓉が理解しているからこその行動だ。


「エドモリア・エイドリアン。生体を扱うのは大変じゃないかい?」

「あっ、いえ、趣味と両立してるんで全然……あっ! その! 遊び気分でやってるからしょっちゅう逃げられてるわけじゃないので……!」


 ぽけーっと事の成り行きを見守っていたエドモリアは自分に矛先が向いて思わず正直に話してしまったが、蒼蓉なら自分の失敗もすでに把握しているだろうと思い当たったのか大慌てでそう補足した。

 相手によっては逆に自分の首を絞める補足だったが、蒼蓉はさして気にしていない様子で「まあそういうこともあるさ、生き物だし」と受け流す。


「ボクは君の生物知識を買ってるんだ。ただボクは生物学や魔種ましゅに詳しくないから、どんなものが必要か把握しきれていない。だから必要なものがあればバーニアルを通して気軽に申請してくれ」

「わ、わわ! ありがとうございます!」

「万化亭の名を冠する者として確実に手に入れてみせるよ」


 蒼蓉は片手を軽くエドモリアの肩に乗せて笑む。

 エドモリアは大きな体を縮めながらぺこぺこと何度も頭を下げた。勢い余って蒼蓉に頭突きをしないか柚良が心配したくらいである。


 そして、蒼蓉の目がメタリーナに向いた。


 憎々しげな表情どころかずっと心ここに在らずといった様子だったメタリーナはハッとする。

 そして自分にはどんな言葉がかけられるのだろう、と視線を蒼蓉に向け返した。


 メタリーナは間接的にスカウトされて雇われた身であり、至近距離で蒼蓉を見たのはこれが初めてだ。

 常に笑んでいるような緑色の目に見つめられ、年の差など忘れて喉を鳴らしかけたところで――蒼蓉が「魔法歴史学は」と切り出した。


「重要視してるんだよね。表の世界じゃ学べない歴史も多いから、暗渠街あんきょがい出身の魔導師のアドバンテージになりえる知識だ」

「は、はい、その通りです」

「故に備品や資料にも相応の金をかけてる。余計なことに気を取られて傷つけないよう気をつけてくれよ、メタリーナ・ハーベルアイマー」


 余計なことに、の部分を強調しながらそう言った蒼蓉は視線を外す。

 それだけ? とメタリーナは拍子抜けした顔をした。

 むしろ褒めるどころか注意されたのだ。


 しかしここで「他にはないんですか」と問うほど恥知らずではない。

 結果、赤い顔をしてぐっと言葉を飲み込んだメタリーナを横目で見ながらアルノスは冷や汗を流した。


(これは後でヤバい八つ当たりされそうだな〜……どう機嫌を取ろうか……)


 だが元から百年ももとせみちで役目を果たせなかったアルノスはメタリーナの機嫌を損ねている。結局今はなにを言っても無駄かもしれない。

 むしろ焼け石に水になるので黙っているのが最善という可能性もある。


 ああ、これなら柚良ちゃんに強化魔法を教えてもらえば良かった。

 それにきっとふたりで魔法を学ぶのは楽しいに違いない。

 そう考えながら現実逃避をしていると、蒼蓉の目がアルノスに向いたのが肌で感じられた。


「……」


 柚良から婚約発表があった時、ああこれが婚約者か、と納得したのだ。

 アルノスは柚良に婚約者がいることは百年の路の帰り道で聞いたカミングアウトにより知っていたが、それが万化亭の若旦那だとは思いもしなかった。

 しかし柚良の実力や万化亭を仮宿にしているらしいこと、そして講師となることが彼からの推薦だったことを思えば理解できたのだ。


(ただ……これ、柚良ちゃんの力を独占するために囲ってるんじゃないか?)


 なにかと危なっかしい柚良。

 そんな子を柄にもなく守りたいと思った時には、すでに毒牙にかかっていたのかもしれない。この暗渠街を根城にする大蛇の毒牙に。


 アルノスの中には柚良に対する気持ちがまだ残っているが、男女の仲になれなくても柚良の身が危険に晒されるなら守りたい。

 だが万化亭の若旦那を相手にするのはなかなかに恐ろしい。夢に見そうだ。


 そう思いながらアルノスが蒼蓉に目を向けると、案の定彼はアルノスを見ていた。

 ――笑みを崩さずに。

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