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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと
第二章 百年の路

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第35話 婚約指輪と柚良の憧れ

 婚約指輪を見に行くなら、きっとまたペルテネオン通りだろう。


 そう思っていた柚良ゆら蒼蓉ツァンロンが逆方向へと歩き始めたのを見て面食らったが、指輪を扱っているのはなにもペルテネオン通りだけではない。

 暗渠街あんきょがいなら多種多様な店がひしめき合っているだろう。違法か否かはさておき。

 柚良はそう思い直して蒼蓉の隣で足を進めていたものの――途中ではたと気づいて彼を見上げた。


「蒼蓉くん、この道ってもしかして……」

「おや、覚えていたか」


 いつもの服に加え、雲の模様が走る浅葱色の羽織を肩に掛けた蒼蓉は口の端を上げると褒めるような声音で言う。


「そう、今日行くのは糀寺こうじさんが初めてお使いに行ったオーギスのところだ」

「やっぱり!」


 ヴァルハラ地区のオーギス。

 あの時は右も左もわからなかった柚良だが、オーギスの助言でその後の厄介ごとへの心の準備をすることができた。

 様々な思惑を持つ人物のいる暗渠街だが、あの助言は本心からのものだ。

 心配して、というより疑問と同情からだろうが柚良は感謝している。


「あれからお会いする機会がなかったんでお礼を言わなきゃですね!」

「ははは、ボクが悪者扱いされそうだ」


 蒼蓉は柚良がオーギスからなにを言われたか大体予想できているらしい。

 それにしても、と柚良は蒼蓉を見上げる。


「あの時に届けに行ったのって種でしたよね、てっきりオーギスさんはそれにまつわるご職業なんだと思ってたんですが……」

「オーギスは手広くやってるけど、本職は宝石商だ。加工もまとめて請け負ってる。あの時の種は――そうだな、普通は顧客情報は人前には出さないんだが、身内間での情報共有は許可が出てるからいいか」


 ふむ、と考え込んだ蒼蓉はそう言うと柚良に視線を合わせ、己の指の付け根を円を描くように指した。指輪を表現しているらしい。


「あの時の種は強い毒なんだ」

「毒!?」

「それを宝石に埋め込むなり台座に隠すなりしてアクセサリーにしてほしい、って依頼が入ったみたいでさ。いやァ碌でもない奴がいるもんだ」

「暗殺に使うとかそういうやつですか……」


 ご明察と言いながら蒼蓉は足を進める。


「で、その種が手に入りにくい代物だったからウチに依頼してきた感じだね」


 そんなものを土地勘ゼロの人間に託さないでほしい。

 柚良はそう思ったが、それだけ信頼されているということにしようと自分に言い聞かせる。


 ――そうしている間にヴァルハラ地区へと入り、オーギスの屋敷の前に着いたふたりは使用人の案内で客間へと通された。

 奥の部屋から現れたオーギスは蒼蓉と立ち並ぶ柚良を見て少し驚いた顔をする。

 しかしまずは屋敷の主人として蒼蓉に声をかけた。


万化亭ばんかていの若旦那、到着二時間前に寄越した訪問の連絡はアポとは呼べないと思いますがね」

「蒼蓉くん、そんなギリギリに連絡したんですか!?」

「今日見に行くのも急に決めたからね、ウチの予定を空けるのにバタバタしてて遅れてしまったんだよ」


 すまないね、と言いながら蒼蓉はオーギスを見る。


「まあ君なら急な無茶振りにも応えてくれると思っていたからだけれど」

「謝罪とおだてを同時にするのは感心しませんな。それで? 本日は一体なにをお求めですか」

「ちょっと高い買い物をね。指輪と指輪向けの石が載ったカタログはあるかい」


 ふさふさとした片眉を上げたオーギスは「指輪」と呟いた後、柚良を見ると合点がいったように頷いた。


「いつもの護衛じゃなくて何故そのお嬢さんが一緒にいるのかと思えば……噂の婚約者っていうのはその子か」


 この状況だけでわかったんですか!?

 すでに噂になってるんですか!?

 その両方に驚いた柚良だったが、ハッと我に返ると自分に話題が向いている今しかない、とオーギスに頭を下げた。


「その節はお世話になりました! あの後に無事に襲われました!」

「いやあ、変わった子だ……」

「だろ?」

「まぁ、従業員でも婚約者でもこんな子をここに寄越すのはやめておいたほうが良かったんじゃないですかね」


 蒼蓉は「隠れて護衛を付けていたから大丈夫だよ」と微笑む。


「ああ、だから良いタイミングでイェルハルドさんが助けてくれたんですね……」


 あの時、イェルハルドは一気に物騒な展開になりかけた瞬間に現れた。

 それまでは柚良が自力で逃げられるなら自然の流れに任せようと静観――もとい、監視をしていたのだろう。


 今もどこかに潜んでいるのだろうか。

 柚良はそうキョロキョロ辺りを見回したが誰もいない。

 なんとなく探知魔法を使っても見逃してしまいそうな気がした。

 イェルハルドの闇に溶け込むような気配の消し方は鍛錬によるものか魔法によるものかはわからないが相当な技術である。


「……そうだ、その、噂って広く広まってたりします?」

「婚約者の? あぁそうだね、珍しく身内のことなのにそこの若旦那が箝口令を敷かなかったからね。でもまだ情報通止まりだ、誰なのかも特定されていない」


 ただ時間の問題だろう、と言いながらオーギスはカタログの準備をし始める。


 柚良にとってはお試し期間だが、蒼蓉にとっては外堀を埋めるチャンスなわけだ。

 それを活かさないはずがない。

 多少リスキーでも隙を作って話を広げることくらいはするだろう。もちろん危険な広がり方をしないようにコントロールしながら。


 しかし貴族間での婚約破棄の光景を何度か目にしてきた柚良は後戻りが可能な状況として捉えていた。

 そのためさほど気にしていない様子でカタログを覗き込む。


「わあ、色んな種類があるんですね……!」

「ごく一部だがね。――大まかなイメージをこれで固めてオーダーメイド、が若旦那のご所望でしょうか?」

「その通り」


 ソファに座った蒼蓉は笑いながら柚良の肩に腕を回すとページを捲りながら問う。


「さあ、糀寺さん。どんなのがいい?」

「よっぽどヤバいのでなければなんでも……」

「じゃあ存在感があって婚約指輪をしてるって一発でわかるやつとかどうかな、例えば100カラットのダイヤとか」

「よっぽどヤバいやつですねそれは!」


 普段使いしやすいものがいいです、と柚良はお任せにせず主張することにした。

 放っておくと毎日指が筋肉痛になりそうである。

 蒼蓉は一瞬だけ渋りかけたものの「そうか、付けておきやすいものなら外す機会も減るからメリットがあるな……」と呟く。


「なら石は小さめにするか、指輪の内側に埋め込む感じにするのはどうだろう」

「あ、常に肌に接触してるってことですね? なら経皮式強化魔法のかかった魔石とかないでしょうか、経皮式なら五感強化も通りやすいんで……あー、でも四六時中研ぎ澄まされてるのはしんどいか、なら防御型の強化魔法特化で……む。でもそうすると石の選択肢が……」

「ははは、婚約指輪の相談中とは思えないな」


 そう言いながらもどこか愉快げな様子の蒼蓉にオーギスは小さく笑う。


「どんな鬼畜な手を使ったのかとお嬢さんを心配してたが……杞憂だったかね。こんなに本心から惚れ込んでいるとは」

「おや、わかるか」

「赤ん坊が泣く理由よりは」


 蒼蓉は再びページを捲りながら言った。


「ずうっと焦がれてきた存在だからね。それが手元に堕ちてきたんだ、溺愛するのは当たり前じゃないか」

「おやまあ、これはなかなかの……」

「お前も似たようなものだったんだろ、オーギス。亡き奥さんにどれだけ――」

「わかりましたわかりました、余計なことは言いませんよ」


 オーギスが両手の平を向けて蒼蓉を宥めたところで柚良が「あ! これいいですね!」とカタログを見ながら笑みを浮かべた。


「一日数時間限定で水中呼吸が可能になる魔石! デメリットはエラが出来るんでエラ呼吸の訓練が必要になることですが、きっと役に立つ日が――」

「さっき言ってたヤバいやつ判定に何故引っかからないんだ、それ」

「エラが出来るだけですよ?」

「ボクの婚約者には今のままの姿を保ってほしいな」


 真顔でそう言う蒼蓉に笑いそうになったのかオーギスが不自然な咳払いをする。

 柚良はよく理解していない顔で「まあそういうことなら……」と引き下がった。


「それにしても、なんで水中呼吸なんて気になったんだ?」

「私、海に憧れてるんですよ。リゼオニア帝国って内陸じゃないですか、魔導師としてよそに駆り出されることもありましたけど、海の近くはなくて……水中呼吸が出来たら海を満喫できそうだなぁと!」

「さっきの『役に立つ』って海へ行った時を想定してたのか」


 はい、と元気に頷く柚良に蒼蓉は首を傾げる。


「でもそれなら海と見紛う巨大湖や川でも満たせるんじゃないか? 東の比較的近いところに人の入れるカルデラ湖があったろう」

「んー、たとえば」


 柚良は真っ直ぐな目で蒼蓉を見て言った。


「どこかに顔も声も性格もすべて私にそっくりな人がいたとして、蒼蓉くんはその人で満足できますか?」

「……これは――なんとも痛いところを」

「ふふふ、蒼蓉くんが私を好きってことは理解しましたからね!」


 これは自負ではない。

 自惚れでもない。

 蒼蓉の気持ちへの『信頼』だ。


 眉間を押さえた蒼蓉は「よくわかったよ」と頷くと、分厚いカタログを持ち上げて一点を指した。


「それを踏まえて、これならどうかな?」


 水滴の形をした薄い水色の小さな石。

 使われているのは魔石だが付随した効果は魔力のストックだけで、効果よりも見た目の美しさを売りにした代物だった。

 性能だけを見るならペルテネオン通りで買った首飾りのほうがよほど良い。

 蒼蓉が婚約指輪に選ぶには随分と大人しいものだったが、柚良はすぐに笑顔になると「ぜひそれで!」と頷いた。


 魔石の採取地は遠方の海に囲まれた国であり、石の名を『人魚の髄液ずいえき』という。

 本当は人魚の涙のほうが浪漫があって良かったんだけれど、と言いながら蒼蓉は柚良の頭を撫でて言った。


「――君にはこっちのほうが似合いそうだ」

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