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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第31話 参ったな

 火薬か魔法による爆発か、それとも馬車でも突っ込んできたのか。


 そう思わせるほど凄まじい音と衝撃に部屋の中にいた全員が出入り口を見た。

 だが答えはそのどちらでもない。

 もうもうと立ち込める粉塵の向こうに立っていたのは拳を突き出したほのかだった。


 筋骨隆々の少女の登場に誰もが面食らったが、その正体は全員が知っていた。

 憎き天業党てんぎょうとうの跡取り娘である。

 その陰には若い男が風を操り粉塵が舞うのを促している。目眩し役なのだろうと全員が判断した。


「くっ、煙を避けたのか……!?」

「いいや、こっちの娘を攫う際にたしかに倒れていた」

「なら眠り玉の威力が巨体には足りなかったのでは」

「馬鹿を言え、象でも効果が出るからこそ眠る程度の効果で我慢したんだぞ!」


 そうざわつく黒緋蜂くろひばち頭蓋会とうがいかいの面子に仄は拳を向けた。

 先ほどドアと突き当たりの壁ごと一撃で粉砕した拳である。


「お姉ちゃんを返してください!」

「馬鹿め、あと一息だというのに聞けるものが! お前たち、迎え撃て!」


 リーダー格の脇に控えていた黒尽くめの男たちが炎を纏ったレイピアを突き出して仄に迫る。

 仄はそのレイピアを握る腕をがしりと握り、重機かと錯覚するほどの力で締め上げた。形容し難い固さと柔らかさを持った音が重なって響き、やや遅れて男が悲鳴を上げる。

 男は相当な手練れではあったが、単純に仄が腕を掴むスピードが早すぎて反応しきれなかったのだ。


「こ、この野郎!」

「こらこら、俺のこと無視すんなって」


 風がふわりと吹き、ほんの一瞬だけ男たちの足を浮かせる。

 踏み込んだ瞬間だった男たちは踏ん張りがきかなくなり、次々とつんのめったり前のめりに倒れた。

 リーダー格の男が焦った表情を覗かせる。


「おのれ! どこまでも邪魔をするか、天業党……!」

「あなた達がしつこいせいですよ! 自業自得です!」


 仄の言葉にリーダー格の男は顔を歪め、突如高速で召喚の詠唱を唱え始めた。

 本来なら間違わないよう慎重に進めるものだが、一か八かの賭けに出たらしい。


蜻蛉かげろうの邪神を呼び出し、この忌々しい小娘を任せて逃げれば……我々の勝ちだ。また何年でも潜伏し、天業党が弱ったところを狙い勝鬨を上げてやる)


 爛々と輝く瞳で詠唱を唱え終わった男はにやりと笑う。

 あとは天業党の跡取りの双子の姉、かすかの血を魔法陣に捧げればいい。

 そうすれば蜻蛉の邪神が姿を現して逃げることができ、その後に跡取りを失った天業党をじわじわと追い詰められる。

 そう思っていると突然拍手が広間に響いた。


「いやぁ、驚異的な集中力ですね!」

「っな……」


 いつの間にか足元にしゃがみ込んでいたのは、毛先が黄色い紫色の髪で片目を隠した少女だった。


     ***


 粉塵に紛れて広間の中へ飛び込んだ柚良ゆらは自前の風の魔法で煙を纏ったまま机の影へ隠れ、全員の注意が仄とアルノスに向いたのを確認すると堂々と祭壇へと近づいた。


 なにかを注視している人間は死角が増える。


 全方向を警戒している場合はさておき、今回は男が敵はドア側に居る仄とアルノスだけだと思い込んでいるため難なく近づくことができた。

 自然体でしゃがみ込んだ柚良は召喚の詠唱を聞きながら机の上からくすねてきた蝋石でカリカリと魔法陣を描き足す。

 そこで詠唱が終わった。


 まるで生徒を褒めるように拍手した柚良は男に微笑みかけながら、片手間に作った氷の針を幽の肘に当てる。


「幽さん、ちょっとチクッとしますけど我慢してくださいね」

「お前、なにを……」


 肘は比較的痛覚の鈍い場所である。

 幽は深く眠ったままのため痛みは感じないだろうが、万一意識があった場合を考えて柚良は肘のみをプツリと刺す。


 幽の血が魔法に触れた瞬間、魔法陣が赤黒く光った。

 床がまるで水面のように波打ち、ザバッと黒いヘドロじみた手が現れる。しかし臭いは感じられず、完全なる無臭だ。そこにいるのに存在しないかのようだった。

 直後に目に映ったのは蜻蛉の頭部である。

 手は人間の形をしているが、頭部は完全に蜻蛉だ。


 蜻蛉の邪神はトンボ型の邪神と混同されることがあるが、トンボ型の邪神は秋津あきづの邪神と呼ばれて区別されている。

 それを知らずに間違えたまま呼び出せば逆鱗に触れ、四肢を溶かして餓死させられると言われている恐ろしい邪神だ。

 しかし虫を模った邪神の中では呼び出す条件が緩く、黒緋蜂の頭蓋会にはうってつけだった。


 男は姿を見せた蜻蛉の邪神に目を瞬かせる。


「お、おお、蜻蛉の邪神よ……!」

「おー、よしよし、出ましたね。で、生贄は没収です! えいや!」


 魔法陣から幽を引き出した柚良は「そして」と言葉を続けた。


「召喚者設定はあなた達のままです。魔法陣を見る限り、あなたのお名前はパルゲストさんですか?」

「な、なに!? おいお前、なんてことを!」

「そして魔法陣も少し弄っておきました! 失敗したパターンのデータの貯蔵ってこういう時に役に立つんですよね」


 ここと、ここ、と柚良は魔法陣の一部を指す。


「ハネを付けて指定の位置から五ミリはみ出ると失敗となり、第四級の代償が発生します。五十八年前にアブリアの寒村で起こった事件のやつですね」

「え……」

「検証の際にわかったんですが、そこに生贄の移動が重なると第三級の代償になるんですよ。あ、来ました来ました!」


 パルゲストと倒れた男たちの周りに黒いヘドロが渦巻き始める。

 全員絶叫しようとした一音目でヘドロの中へと引きずり込まれ、広間に立っている人間はあっという間に半分以下になった。


「お、お姉ちゃん!」

「柚良ちゃん、大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄ったふたりに柚良は元気よく手を振る。


「大丈夫ですよー、自前の召喚魔法じゃなくて魔方陣式の召喚魔法だったんで、あの人たちに全責任を負ってもらいました。生贄はメンバーじゃなくて道具扱いなので代償は発生しません」

「よ、よかったぁ……」

「でも驚いたどころじゃなかったよ、てっきり魔方陣を発動しないようにするんだと思ってたからさ……あいつら死んだのか?」

「いえ、第三級の代償として邪神の支配域で強制労働ですね。多分しばらく戻ってこれませんよ。あの様子だと逃したらまた悪さしそうだったので」


 つまり名前の明記されていたメンバーは全員道連れになったということだ。


「あっけらかんと言うなぁ……」


 緊張を解いたアルノスはそう言いながら顎を伝う汗を拭う。

 どうにも冷や汗が止まらない、と思っていると魔方陣から半身を乗り出していた蜻蛉の邪神がまだそこにいた。

 思わず小さく声を漏らしたところで柚良が幽を仄に任せて立ち上がる。


「多分……私がやったこと、お見通しですよね?」

『如何にも』


 うわ喋った、とアルノスは半歩引く。

 代わりに柚良が一歩前へ出て蜻蛉の邪神を見上げた。


「でも契約違反はしていないと思うんで、見逃してもらえません……?」

『見逃すもなにも、私は契約に基づきここへ来た。失敗の代償も規定通りならば、私情で追加代償は求めぬ。……そもそも』


 蜻蛉の邪神はヘドロをぼとぼと落としながら触角を下げる。


からすの邪神の愛し子を意味もなく手にかければ私が啄まれるわ』

「あー、早々こっちには出てこれませんけど、そっちは地続きですもんね……」

『故に誤解を生む前に去る』


 そう言うと蜻蛉の邪神は水中に潜るようにぼしゃりと床の中へ消え、波紋が落ち着くとそこはただの床になっていた。

 今度こそ緊張を解いたアルノスはその場に尻もちをつく。


「柚良ちゃん、その、えー……蜻蛉の邪神と知り合いだったの?」

「いえ、初対面ですよ」

「あと鴉の邪神っていうのは……俺の記憶が間違ってないなら、九百年前に東の大国を一夜で滅ぼしたって言われてる奴じゃ?」

「ですです、向こうからのご厚意で契約させてもらってるんです。なにぶん力が強すぎて顕現できないわ力の下賜もなかなか上手くいかないわで、あまりお世話にはなってないんですけど……」


 いやに気に入ってくれて色々しようとしてくれる過保護なおじいちゃんなんです、と柚良は困ったような笑みを浮かべた。

 アルノスは聞かなかったことにしようか迷ったようだが、結局それは叶わず眉間を押さえる。


「あんな邪神と契約した人間なんて今まで聞いたことないぞ」

「ああ、だからおじいちゃんも契約に不慣れなんですね~……」


 人間と契約するなんて初めてだからどんな風に協力すればいいかわからない、力の加減も下手、ということだ。

 柚良はふむふむと納得したが、アルノスが言いたかったのはそんなことではない。


 やはりメタリーナは柚良の実力を見誤っていた。

 それも盛大に。

 だがメタリーナにそう思わせるほど、普段の柚良は隙だらけで弱そうに見えるのだ。


「柚良ちゃん、そんなんじゃ悪い奴に利用されちゃうよ」

「悪い奴ですか?」

「ほら、例えば俺とか」


 ちゃんと警戒しろ。

 そしてメタリーナのいびりなんかに引っかかるな。

 アルノスがそう言外に含めて言うと、柚良はしばらく考えてから花が咲いたように笑った。なにを言ってるんですか、と。


「アルノスさんのことは信頼してますよ」

「だから、そういう簡単に人を信じるところが――」

「だって真っ先に私を心配して走ってきてくれたじゃないですか」


 柚良はアルノスを真っ直ぐ見る。


「まだそこにいた邪神にも気づかないくらい心配してくれたんでしょう?」

「……」

「だからアルノスさんは良い人ですよ」


 言い切った。

 言い切られた。

 アルノスは虚を衝かれた顔をすると、柚良に背を向けて「その程度で信じるなんてピュアすぎだって」とからかうような口調で言う。


「――くそ、参ったな」


 続けるように呟いた言葉は、吐息に混じって柚良には届かなかった。

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