表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと
第二章 百年の路

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/105

第26話 私もアルノスさんも…

 満足げにお腹をさすった柚良ゆらはアルノスに笑顔を向ける。


 時刻は昼を少し回った頃。

 食べ歩きに雑談を交えている間に時間が経ち、ではこの辺でがっつりとしたものも食べてそれを昼食にしましょうかという話になったのだ。

 初めに食べた肉まんと小籠包、その後目につきテイクアウトで購入したじゃがバター串焼きやドーナツ、チョコバナナ、フランクフルトは柚良にとって軽食だったらしい。


「いやー……思ってたよりよく食べるね、柚良ちゃん」

「ふふふ、美味しいものが多いからですよ。ここってお祭りみたいで楽しいですね」


 大抵の女の子はここまで遠慮容赦なく食べないんだけど、と言いかけたアルノスは言葉を飲み込む。正直な感想は時として凶器になるのだ。

 そう思っていると柚良が「でもアルノスさんも沢山食べてましたね」と微笑みかけた。


「俺はほら、暗渠街あんきょがいって金や才能がないと野垂れ死ぬ可能性が高いだろ? 昔ちょっと痛い目見たから食べれる時に食べる癖が付いてるんだ。……あ」


 思わず正直に話してしまった。

 デート中――少なくともアルノスにとってはデート中にこんな話題を出されては女の子は引いてしまう。これは表の世界も裏の世界も似たり寄ったりだ。


 先ほど話してしまった家族が死んだ件は同情を誘う武器にできるが、今回の口を滑らせた内容は頂けない。

 アルノスは慌てて「まぁ柚良ちゃんが美味しそうに食べてるのにつられたのもあるけど」と取り繕ったが、柚良は既にふむふむと納得していた。


「たしかに私もここへ来てすぐの頃に野垂れ死にかけました」

「……そういや表から来たんだよね」

「はい、噂には聞いてましたけどすぐに洗礼を浴びましたよ。残飯漁ったら死ぬし食べなくても死ぬし、選択肢のクオリティがガクッと下がりますよねここ」


 そう共感していた柚良だったが、すぐにハッとすると「一回の体験で知った顔してすみません」と頭を下げる。

 アルノスは頬を掻きつつ柚良を宥めた。


「こんなの回数の問題じゃないって、一回でも死にかければ誰だってそう思う」

「そうでしょうか」

「そうそう。ま、今は俺も君も周りを気にしなくていいくらい力があるんだ、ここで好きに飲み食いするのを楽しもうよ」

「……ですね、それに暗渠街の経済を回すことにも繋がりますし!」


 その経済は恐ろしく偏っており真っ黒なのだが、アルノスは今度は口に出さずに済んだ。


「けど楽しんでくれてて良かったよ。柚良ちゃんは女の子だし、ホントはもっと可愛いところに連れて行けたら良かったんだけどね〜。暗渠街じゃなかなか無いから」

「ああ、言われてみれば可愛いカフェとかペルテネオン通り以外で見かけたことないですね……」

「え!? ペルテネオン通りに行ったことがあるの?」


 アルノスはぎょっとする。

 ペルテネオン通りといえば暗渠街屈指の高級歓楽街だ。

 もちろん表の世界とは異なるためサービスが行き届いていない部分もあるが、比較的クリーンな『高い買い物』をしたいならまず最初に名前が挙がる場所である。


 そのためデートにもうってつけだったが、さすがに資金面の問題でアルノスは早々に却下していたのだ。

 そこへ暗渠街に来て日の浅い柚良が既に訪れていたとは思ってもいなかった。


「はい、ツァン……お、お世話になってる方に連れて行ってもらったんです」

「それは先を越されたというかなんというか……」

「先を?」

「ああ、こっちの話こっちの話」


 手を振って誤魔化しつつ、アルノスは「じゃあそこでの思い出に負けないくらい良い思い出を作ろっか!」と柚良の手を引く。


「あ、でもそろそろ少しくらいは腹を休憩させるべきかなー……」

「休憩ですか?」

「そう。ここってさ、お酒飲める場所も多いでしょ。だから酔ってすぐ寝れるように裏道に入ると色んなホテルがあるんだよね」


 アルノスは黒い瞳を柚良に向け、ごく自然な口調で言った。


「一時間か二時間くらい休んでく?」


 特に下心はありませんよ、という顔をしながら、しかしこんな場所でホテルに誘われれば意味くらいわかるでしょ、と暗に込めながら。

 反応次第で後の行動は決めてある。

 それでもこんな無知そうな娘に初めから踏み込み過ぎだとはアルノスでさえ思うが、メタリーナの指示なのだから致し方ない。


 そう返答を待っていたアルノスだったが――柚良はまったく別の方向を見ていた。


「……柚良ちゃーん?」

「ハッ! すみません、さっきそこにほのかさんとかすかさんがいたのでつい……!」

「仄と幽……ああ、天業党てんぎょうとうの。この辺取り纏めてるのが天業党だからね、休みの日だから遊びに出てきたんじゃない?」


 拍子抜けしながらアルノスは周囲を見る。

 たしかにいた。


 柚良の身長では見失ってしまったようだが、アルノスからは離れた場所に頭ひとつ分飛び出した仄が見えた。

 恐らく傍らに姉の幽がいるのだろう、そちらを向きながらなにかを喋っている。


「あぁ……そっかそっか、柚良ちゃんってば生徒に君と俺の仲を勘違されたら恥ずかしいとかそういう――」

「! ちょっと失礼します!」


 柚良はそう一言断ると突然アルノスの腕を引いた。

 意外と強引なんだね、だの、ひっつきたくなったの? だの、そういった言葉が反射的に頭の中に浮かんだが、アルノスがそれを言葉にすることはなかった。


 百年ももとせみちには露店や屋台も出ている。

 その中のひとつが突然爆発したのだ。


 爆風と飛んでくる破片にアルノスは瞬時に身構えたが、どれも体まで到達することなくアルノスと柚良を避けていく。

 バリア魔法だと気づくのに一瞬の時間を要した。


「あ、あんな一瞬の判断でバリア魔法を?」

「うわうわうわ、なんですかこの紫色の煙! 有毒っぽいんで私中心に解毒魔法を展開しておきますね。離れちゃだめですよ!」


 爆発した屋台から放たれた紫色の煙は瞬く間に広がり、それを吸った人間がばたばたと倒れている。

 見たところ眠っているだけのようだが倒れた際に怪我をした者も多く、しかも爆発での怪我人もいるため中々に凄惨な光景だ。


「待っ、一時的じゃなくて長時間の解毒なんてキツイでしょ、ここは俺が風で散らすから一気に駆け抜けて……」

「あ、風属性なんですね。でもよそにまで広がったらマズいですし、これくらいならしばらく保てるんで大丈夫です。それより行きますよ!」


 行くってどこへ?


 そんなアルノスの疑問をよそに、柚良は彼の手を引いてずんずんと紫色の煙が広がる道を進みながら言った。


「仄さんと幽さんも巻き込まれたかもしれません。この場の全員を救うのは無理ですが、生徒は助けてあげないと!」

「きっと大丈夫だって、他の人に任せとけば――」

「なに言ってるんですか!」


 柚良は真っ直ぐアルノスを見る。

 瞳の赤紫色がこの場にあるどの色よりも濃く綺麗に見え、アルノスは一瞬言葉を失った。柚良は自身の胸をドンと叩いて自信満々な表情を浮かべる。


「私もアルノスさんも、先生ですよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ