第20話 蒼蓉の告白 【★】
「璃花さん達になんかめちゃくちゃ労られたんですが、なんですかアレ……!?」
蒼蓉の部屋を訪れた柚良の第一声がこれだった。
帰るなり湯浴みをさせられ、寝巻きに着替えさせられ、温かなお茶が振る舞われ、マッサージされ、その他にも大小様々な気遣いを向けられたのである。
寝る前に蒼蓉の部屋へ行く約束があると伝えると、髪に良い香りのするヘアオイルまで塗られた。
蒼蓉の部屋ではよく伽羅の香が焚かれているため意味がないのでは、と柚良は思ったが、混ざり合って良い香りになっている。恐らく計算されたものだ。
蒼蓉は窓枠に背を預けると「あぁ」と納得したように言った。
「考えられる結果の中でも最上位のものを基準にして対応したんだろうね、ボクからまだ報告がなかったから」
「か、考えられる結果……?」
「糀寺さんは知らなくていいよ」
璃花にはあとで言っておく、と肩を竦めてから蒼蓉は手招きした。
近くに来いという合図だ。
ひとまず言われた通りに近づいた柚良に蒼蓉は目を細めるように笑った。
「さて、ボクがどんな話をしたいかわかるか?」
「突然なぞなぞですか。うーん、もっと昨日今日の感想を聞きたい……とか?」
「それは聞きたいな。けど今じゃなくてもいい」
「ふむ」
不思議そうに首を傾げる柚良に手を伸ばした蒼蓉は前髪に触れる。
目を隠している側だ。柚良の話が本当なら、この下には異質な瞳が隠れている。
思わずびくりとした柚良の反応を楽しむような顔で蒼蓉は訊ねた。
「大事な話をする前に……昨日言ってた目、見てもいいかな?」
「えー、ぶっちゃけ気味悪いと思いますよ」
「そういうやつは見慣れてるって。邪眼みたいな効果があるならやめとくけどさ」
それはないですけど、と言いながら小さく唸った柚良はしばらく考え込んでから折れた様子で頷いた。
「――わかりました。まあ得体の知れない目を持ってる人間を雇うなんて、蒼蓉くんとしても不安ですよね。どうぞご覧ください!」
「ふぅん、それぞれ色が違うのか」
「ノータイムで捲りましたね!?」
許可が出るなり柚良の前髪を退けた蒼蓉は右目の瞳をまじまじと見る。
元は赤紫色をしていた瞳は白く濁り、その中央に小さな金色の瞳がもうひとつ存在していた。遠目に見ると白い目の瞳孔だけ金色に見える。加えてどうやら柚良の意志では動かせないらしい。
「たしかに気味が悪い。――けど、芸術品みたいだな」
「か、感性豊かな感想ありがとうございます」
「それに」
蒼蓉は親指の腹で下瞼のふちをなぞり、そのまま隠れていた側の頬をさすると存外優しく笑った。
「どんな目でも糀寺さんだからいいや」
「……? それってどういう……」
蒼蓉は柚良の問いが終わる前に「まず今回思い知ったことだが」と次の話を始める。
「君はその目……というより人体実験のくだりも含めてじつに危なっかしい」
頬から手を離した蒼蓉は代わりに腕を左右に開くと両手の平を見せて首を横に振った。
「本当に危なっかすぎる。無自覚もここまで来ると被害者が加害者になるレベルだ」
「そ、そこまでですか!?」
「そこまでだ、思い知れ」
慌てる柚良を見下ろしつつ、蒼蓉は真剣な顔をすると口を開く。
「だから野放しにできない」
「うぅ、すみませ――」
「もうストレートに言うけど、ウチの戸籍に入りなよ」
「……ん?」
目をぱちくりさせた柚良は蒼蓉を見上げた。
今、ストレートになにを言われたのだろう。
そう疑問に思っている顔だ。まだ言葉の全体像を把握しきっていない。蒼蓉はそんな柚良の腰を引き寄せると言葉を継いだ。
「まあ役所で管理されてるような戸籍なんかないけどね。それでもこの土地でボクの家系図に加わるのは強い力になる」
「万化亭の後ろ盾があれば生き残りやすいからですか……?」
「それもあるけど、糀寺さんはハッキリしたほうが伝わるようだから言っておくよ」
じっと見つめる蒼蓉の視線。
それと共に言葉が降ってくる。
「ボクはずうっと君に片想いしてたのさ」
しばらくその意味を咀嚼するように静止していた柚良は目をまん丸にすると、告白を受けた人間にあるまじき顔で驚いてのけぞった。
蒼蓉が腰をしっかり支えていなければひっくり返っていた勢いだ。
「片想い!? 私に!? ずっとってことは暗渠街に来る前から!?」
「雰囲気をぶち壊す天才だね、君。そうだよ、五歳の頃に初恋を奪われてからずっと煮詰めてきた」
「そんなに前から!?」
この様子だと片想いのくだりを口にしなかったら「では戸籍に入るので蒼蓉くんとは義姉弟ですね!」と言いかねなかったな、と蒼蓉は眉間を押さえた。
ひとしきり驚いた柚良は呼吸を整える。
そして浮かんできた疑問を口にするなら今しかないかもしれないと思い立ち、蒼蓉に問い掛けた。
「それなら――なんで友達にすらなろうとしなかったんです?」
蒼蓉はクラスメイトだ。
しかし柚良にとっては『ほとんど話したことのないクラスメイト』としてここまできた。授業や行事の都合上、必要最低限の会話くらいなら交わしたことがあるかもしれないが、それすら記憶がおぼろげになるほど乏しい。
立場上、柚良も積極的に交友関係を広げられなかったのもあるが、五歳の頃から好きだったと言うわりにはまるで蒼蓉から関わることを避けていたかのようだった。
「普通なら好きな人にはお近づきになりたーいっ! とかなるものじゃないんですか。私は恋愛の知識がないので違うかもしれませんが……」
「そりゃあ本心はそうだったさ。でもね、ボクは万化亭の跡取りだよ」
蒼蓉は光を反射しない目で柚良をじっと見る。
「外に出ることはできても、この万化亭との縁を切ることはできない。根っからの暗渠街の住人だ。反対に君は光溢れる表の世界の住人、どうせそのうち手放すことになるなら初めから見てるだけでいいやと思ったのさ」
「……ご、五歳の頃からそんなことを?」
「ははは、最初は単純にシャイなところもあったから、正確には小学生の頃からだよ。それに」
言葉を継ぐ前に蒼蓉はにんまりと笑った。
そして柚良より長い指で己を指してみせる。
「ウチの家業的にはさ、普通な君たちからすれば『堕ちる』ことになるだろ?」
「まぁ一般的に見ればそうですね」
「それはいけないなって遠慮したんだよ。カワイソウだし」
無理やり手籠めにして堕とすこともできたが、そうしなかったと蒼蓉は語った。
――可哀想という気持ちが本当にあったのかどうか、柚良にはわからない。
相手は年若くても帝国お抱えの大魔導師だ、無理に堕としても手に余ると判断した可能性もある。
しかし今は本心として受け取っておこうと柚良は心の中で頷いた。
蒼蓉は「しかし、だ」と柚良の左手を引き寄せると薬指の付け根を撫でながら口を開く。
「すでに『堕ちた』後ならアプローチしたってなんの問題もないだろう?」
「――なるほど、納得しました」
「ははは、じゃあ選択権をあげようか。誘いを受けてボクと結婚するか、万化亭を出て野垂れ死ぬか。糀寺さんはどっちがいい?」
なんとも凄い二択だ。
そう思いながら柚良は思考を巡らせ、ああ、まずとても大切な前提が吹っ飛んでるじゃないかと思い至った。だが蒼蓉の気持ちもわからないでもない。
ならこちらも妥協して中間の意見でいこう、と月よりも明るい笑顔を浮かべた。
「それでは、ここは婚約で!」
「……話聞いてた?」
そう不満げに口を曲げた蒼蓉は年相応に見える。
今までも何度かあったが、こういう時は素の彼なのだろう。
そう感じながら柚良は人差し指を立てると教壇に立った講師のように言った。
「婚約者でも周知させればそれなりに効力がありますよね? 私、結婚は相思相愛派なんですよ。両親が戦略結婚みたいなもので、そりゃあもう大変そうだったので」
蒼蓉は柚良の言葉をしばしの間咀嚼し、己の顎をさすると言いたくはないが言うしかないといった顔で問い掛ける。
「糀寺さんはボクのことが嫌いってことかな?」
「まだどちらでもない、です。もちろん恩人だとは思ってますけど、恋愛とはまた別の話ですから。これからちゃんと好きになれるか確認期間をください」
「結構はっきり分けてるんだなァ……なら仕方ない。その代わり」
――考えていた結果とは異なるが、前進は前進である。
そう思い直したのか、蒼蓉は柚良の両手を握ると野生動物のような目をして言った。
「周知させるために遠慮なく見せつけるし、君の心が傾くよう色々なアピールをするから覚悟しておいてくれ」
「はい、お手柔らかに!」
「本当にフラットな位置にいるんだなと思い知るよそれ」
そう言って笑った顔に、不満はほとんど含まれていなかった。
蒼蓉(絵:縁代まと)
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