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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第19話 おはようございます、蒼蓉くん

 同室だがベッドはふたつで良かった。

 さすがに世話になっている人を蹴落とすのはしのびない。


 別れていても必殺カッコウ落としが炸裂する可能性があるため、眠る時は衝立ついたてになるものを用意しようか――と考えながら寝落ちた柚良ゆらは、翌朝ぬくもりに包まれて目覚めた。

 景色は暗渠街あんきょがいにしてはピカイチ、部屋も広いが案内人やルームサービスがあるほどではない、そんなランクのホテルだったが布団は良質だったおかげだろうか。

 そう思いながら目を開けた柚良は目の前にある蒼蓉ツァンロンの顔をじっと見る。


「……おはようございます?」

「動じないなぁ。おはよう、快眠だったみたいだね」

「それはもう。えー……蒼蓉くんは大丈夫でした? これ、高確率で私がそちらに突撃しましたよね?」


 蒼蓉が柚良のベッドに潜り込んだという可能性もあったが、そもそもベッドの位置が異なる。ここはたしかに蒼蓉側のベッドだ。

 衝立も忘れたので見事に悪魔の如き寝相で突撃したのだろう、と柚良は経験則ですぐに理解していた。

 蒼蓉はにっこりと笑う。


「深夜の二時頃だったかな、本当にベッドから落ちたと思ったらこっちまで転がってきて、うん、普通に潜り込んできたんだ」

「け、蹴りませんでした……?」

「四回ほど蹴られたね、まあこれでも鍛えてるから問題なかったけど」


 蒼蓉はにこにこしたままそう続けた。

 容赦なく蹴られたわりには機嫌がいい。


「それは凄い……でも空いてる私のベッドに移っても良かったんですよ?」

「……」

「蒼蓉くん?」

「……起こしちゃ悪いからね」


 返答までに随分間があったなと思いつつ柚良はベッドから出ようと動く。

 その腰に蒼蓉の腕が回され、ずるずると布団の中へ戻された。一度は脱したぬくもりが再び戻ってくる。


「まだいいじゃないか、朝だけど登校時間より早いくらいだ」

「でも今日も色んなところに行くんですよね? 出先なのに寝たままなんてもったいなくないですか」

「これも娯楽のひとつだ」


 寝るのがそんなに好きだったんだろうかと柚良は半眼になる。

 しかし普段は忙しくしてる蒼蓉のことだ、こういう日でないとベッドでゴロゴロと寛ぐなどできないのかもしれない。

 そう思い直し、柚良は自分も二度寝でもするかと目を閉じかけ――服越しに触れた蒼蓉の腹筋にぎょっとした。


「わ!? ほんとにめちゃくちゃ鍛えてますね!? すごいすごい!」

「あはは、いやー……無邪気だな」

「ああ、だから体育の時間とか着替える時にコソコソしてるって男子に言われてたんですか! これ見られたら大人しめ優等生像から逸脱して目立ちますもんね〜……」


 優しく大人しい優等生で通っているのに腹筋バキバキの肉体を晒しては目立ちすぎる。しかし暗渠街で生きていくなら身体能力も鍛えなくてはならない。

 そんな理由で蒼蓉は着替える際に気を遣っていたのだろう。

 思い返せば水泳の授業も毎回見学だった気がする、と接点のなかった柚良はおぼろげな記憶をまさぐる。男子たちには「じつは腹が出てるとか」「変なとこに毛が生えてるのかも」などと言われていた。


 そんなことを言われてたのか……と男子の話にはさして興味はないが、相槌の一貫で呟いた蒼蓉は一瞬目を丸くした。

 その最中も柚良は遠慮容赦なく腹をぺたぺたと触っている。

 それどころか腹筋の丸みに沿って指まで這わせている。


 普段は握手以外で理由なく人に触れる時は許可を得る柚良だが、今は蒼蓉が無許可で接触しまくっているのだからいいだろう、と気が緩んでいるらしい。

 ――なお、自分が触られるのはあまり気にしていないようだ。


 蒼蓉は丸くしていた目を細めると斜め上を見る。

 ややあって思案を終えた彼は柚良に視線を合わせると手首を掴んだ。


糀寺こうじさん、君はもう少し警戒心を持ったほうがいいよ」

「あー、たまに言われます。万全の体調なら大抵の人は吹っ飛ばせるんでつい……」

「まるで別の生き物みたいだなぁ。けどね、それが吹っ飛ばしちゃいけない相手ならどうだ? 例えばボクとか――」


 ぐぎゅる!


 ――と、元気に返事をしたのは柚良の腹だった。

 登校時間よりは早い朝。しかし、そう、普段の朝食の時間でもある。

 再び腹が同じ音を連続で立て、最後にもう一段階大きな音を奏でたのを聞き終えてから柚良は見る見るうちに赤くなって縮こまった。

 蒼蓉はしばらく無言だったが、今回は呆れることなく愉快げに笑い始めると布団から起き上がる。


「やっぱりそっちは照れるのか! まったく計算が狂ってばかりだ」

「ふ、普段はここまで鳴らないんですよ! 多分昨日歩き回ったからですね……!」

「歩いた以上に色々と食べたと思うけど?」

「うぐぐぐ……!」


 蒼蓉は笑ったままベッドから降り、そして柚良に手を差し出した。


「ほら、準備してなにか食べに出ようか」


     ***


 二日目は朝食を食べに出たレストランを皮切りに雑貨屋から食器屋まで幅広く見て回った。

 もちろんそんな明るい店――ごく普通に見える店も仕入れ先は怪しいが、ひとまず表向きは明るい店だけでなく、奴隷商のように表の世界には無いような店もいくつか足を運ぶことになった。


 肉体の違法改造を扱っている店は店長はまるで南方の頭がトキの形をした神のようで、被り物なのか改造の結果なのか判断がつかない。実に精巧なことだけはわかる。

 武器屋は戦争でも始めるのかと目を疑うようなものがずらりと並び、魔法薬店は表の世界では違法とされる品々がひしめいていた。

 柚良も貴重な魔法薬の数々に大変興奮しており、もし一日目に来ていたらそのまま夜を迎えそうな勢いである。


 なにやら怪しい薬の勧誘に遭った時は、蒼蓉は無視するのかと思いきや親しげに声を掛けて名刺だけ貰っていた。

 その最中、蒼蓉は終始柚良の壁になるように立っていたため業者から柚良が見えたかどうかも怪しい。


 途中で何度かイェルハルドが現れて蒼蓉に耳打ち、もといメモ用紙による密談をしていたため、仕事が詰まっているのではないかと柚良は危惧したが、結局蒼蓉は辺りが暗くなるぎりぎりまで柚良を連れ回していた。


「……ふあ〜! 暗渠街に来てから初めて遊び倒しました! ショッピングも楽しいですね、とんでもない金額を使ってもらいましたが……!」


 万化亭ばんかていの前で大きく伸びをした柚良はにこにこと笑いながら言う。

 腕にはいくつかの袋がかかっていたが、荷物は合間合間にいつの間にか万化亭へと運ばれていたため実際にはもっと多い。

 蒼蓉はリフレッシュした様子の柚良を眺めながら笑みを浮かべる。


「満足したみたいだね」

「はい、ありがとうございます! 蒼蓉くんはどうでした?」

「久しぶりに羽を伸ばせて良かったと思うよ、まあ色々と予定とは違っていたけれど……」


 後半は小声で付け足すように言いながら蒼蓉は柚良の手を引いた。


「ところであの約束、覚えてるかい?」

「約束……あっ、お話があるんでしたっけ?」

「そう。疲れてるだろうけど――あとでボクの部屋に来てくれるか。もちろんひとりでね」

「……? はい、わかりました!」


 今日は寝落ちないでくれよ、と蒼蓉が言うと柚良は「善処します」と笑う。

 そして蒼蓉がまだ少しここにいると言うと、柚良は不思議そうにしながら一足先に万化亭へ入っていった。


     ***


 暗くなり、拡散したネオンの明かりが届く通りでふうと息をついた蒼蓉は手を二回叩く。

 現れたイェルハルドはメモ用紙を見せた。


『お疲れさまです、若旦那』

「ツェンキの店の裏通りに見慣れないプッシャーがいた。名刺を見る限りアダルカダルファミリーの傘下っぽいけど偽装くさいから調べておけ」

『わかりました』

「あとベルゴの里に突っかかってる他の奴隷商も二ヶ所ほど覗いた。アリューシャって女がやってるほうは良いが、もう片方はキナ臭い」


 そう言って店名だけ書かれた紙をイェルハルドに手渡すと、蒼蓉は「荷物は?」と短く確認する。


『お部屋に運んであります。奴隷三名も部屋を与えて店の見習いをさせました』

「使えそうか?」

『所感はいいですね』

「ならいい。魔法に関しては糀寺さんに任せよう。戻っていいよ」


 イェルハルドは頭を下げると暗闇に消えた。

 万化亭へ入った蒼蓉は外套を脱ぎながら自室へと向かう。


 柚良との『デート』中に余計な情報を仕入れるのは避けたかったが、万化亭の若旦那という立場を完全に手放しては行動できないため致し方なかった。

 万化亭はただのよろず屋ではない。

 扱っているものは情報を含め多岐にわたり、常に客の求めるものの上をゆかなくてはならないのだ。


 情報屋と仕事が被るが、これに関しては暗渠街の情報屋の有名どころはそもそも万化亭から派生した者が多いため、バランスは今のところ取れている。

 出資しているのはベルゴの里だけでなく様々な店があり、パイプも多い。

 ただしそのぶん状況を見渡すための目が必要だ。

 今回はそれを蒼蓉が自分の目で行なったわけである。


 万化亭の影響力は大きい。

 大型歓楽街ペルテネオン通りも縄張りのひとつであり、長々と一泊二日も出向くなら相応の収穫が求められた、そういうわけだ。


(表の高校は家の教育方針の一環だから多少は緩いけど、それでも情報収集はしてるからなぁ……)


 面倒な家だ、と蒼蓉は自室に戻ると普段の服に着替える。

 早めに寝て明日に備えたいところだったが――まだ、もうひとつだけ大仕事が残っていた。

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