表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/99

第16話 ベルゴの里

 ペルテネオン通りの規模は大きく、ともすれば表の世界で帝国の花道と呼ばれる大通りよりも栄えているのではないかと柚良ゆらは感心する。


 暗渠街あんきょがいは帝国の癌である。

 そう称されることも多いが――たしかにそんな表現をされても仕方がない。

 これだけ栄えているのは暗渠街に住まうアウトローたちが表の世界からあの手この手で搾取して潤っているからだ。


 加えて、柚良は暗渠街が今も土地を拡大していると耳にしたことがある。

 そしてリゼオニア帝国には小国を合わせて五十を越える国が内包されているが、暗渠街は帝国のお膝元から人の手が入っていない北の方角へ城壁など無視して広がり続けていると後から蒼蓉ツァンロンに聞いた。


 その規模は城で柚良が聞いていたよりも大分大きい。

 帝国は一般民へ渡る暗渠街の情報を操り、過小評価されるよう誘導していたことがわかった。あんな危険な場所を放置するなと今より反発が強まると困るからだろう。


「実力者且つ犯罪者がこれだけ群れて増えてたら下手に手を出せないし、実態を知られて民の不満が抑えきれなくなったら無謀な粛清に乗り出すしかなくなる――もしくは民にクーデターまで起こされてもう大変! 黙って現状維持しとこ! ってことですね」

「うん、そういうことだけど、ボク的にはもう少し良い雰囲気の会話をしたいところだな」


 豪勢な中華料理店で食事をした後、店から出ながら蒼蓉は笑顔のままそう言った。

 食事中にちょっとした話題として提供したのだが、思いのほか柚良が食いついてここまで話が続いてしまったのだ。

 柚良はきょとんとしてからハッとする。


「そうですよね、折角美味しいご飯だったのに……! あっ、私、最後に出てきた胡麻団子すごく好きです!」

「良い雰囲気の会話……いや、まあいいか。口に合ったならなによりだ」

「蒼蓉くんはどれが一番美味しかったですか?」


 訊ね返されるとは思っていなかったのか、蒼蓉はしばらく視線を彷徨わせると「小籠包かな」と答えた。


「小籠包! それも美味しかったですね〜! そうだ、お店のものには及びませんが、今度お礼として作りましょうか?」

糀寺こうじさんが? 小籠包を?」

「はい、厨房を借りることになりますが」

「……手料理ってことか、なるほど、へぇ」


 なにやら口角を上げた蒼蓉は「じゃあ頼むよ」と上機嫌になって頷く。

 そんなに小籠包が好きなのかと柚良はくすくすと笑った。

 暗渠街へ来てから蒼蓉について初めて知ることばかりだが、しばらく経った今もそれは変わらないと思いながら。――柚良の勘違いも含めて。


「さて、腹拵えも済んだしとっておきの場所へ行こうか」

「これ以上のとっておきがあるんですか?」

「あぁ、暗渠街らしい場所だよ」


 蒼蓉は裏道に入り、入り組んだ路地をスタスタと進んでいく。まるで迷路だというのに初めからゴールがわかっているかのような足取りだった。

 そうして辿り着いたのは一軒の建物。

 ただし建物内へ入るためのドアではなく、その脇にある地下へ続く石階段とそれを閉じる鉄門を指す。


「ベルゴの里だ」

「ベル……?」


 会員制の店かなにかだろうか。

 そう柚良が首を傾げていると、鉄門の脇に控えていた男性がずんずんと近づいてきた。黒いスーツを身に纏っているが、顔は随分と物騒だ。


「おい兄ちゃん、冷やかしなら帰ってく……ばっ、万化亭ばんかていの若旦那!? いらっしゃるなら言ってくだされば持て成しの準備をしましたのに……!」

「たまには客として来てみたくてさ」


 サングラスを取った蒼蓉の顔を見て姿勢を正した男性は、あたふたしながら建物の中に連絡を入れると頭を下げて蒼蓉を鉄門の向こう側に案内した。

 硬い石階段を下りながら柚良は小声で訊ねる。


「蒼蓉くん、このお店……お店? って蒼蓉くんのなんですか?」

「あはは、出資してるだけだよ。色々条件を付けてるから半分くらいはウチのものみたいなものだけどね」

「ほあー、手広い……」

「ずっとここを君に紹介したかったんだ、糀寺さん」


 階段の先に光が見えてくる。

 人の声も耳に届くようになり、先行していた男性が木の扉を開くとよく聞き取れるようになった。


 同じバングルを付け、同じ服を着た老若男女がずらりと並んでいる。

 全員健康状態は良いが表情は明るくない。

 その光景を前に蒼蓉は片腕を広げて柚良に言った。


「ベルゴの里はね、奴隷商だ」


 暗渠街らしいって言った通りだろ、と。

 蒼蓉はそう続け、袖を揺らして柚良をエスコートしながら前へと出た。


     ***


 ――ベルゴの里。

 暗渠街に拠点を置く奴隷商の中でも五指に入る店であり、創始者ベルゴの指針により奴隷の量より質を優先した奴隷商である。

 よって扱われている奴隷が雑に扱われることはなく、栄養管理も行き届き生活空間も清浄に保たれていた。


 そんな奴隷商でも資金難に陥ることがある。

 そこへパトロンとして手を挙げたのが万化亭、つまり蒼蓉だった。


「若旦那のおかげで奴隷に基本的な教育を施す余裕まで出ました。見てください、ここにいる者は全員共通言語の読み書きが出来、計算も事務を任せられるレベルに育ててあります」


 蒼蓉と柚良を出迎えた店長――初代ベルゴの曾孫、ヘラルデは笑みを浮かべて奴隷たちを紹介する。

 それを眺めた蒼蓉は満足げに自身の顎を撫でた。


「うん、いいね」

「加えて若旦那がお越しということで、老若男女見目の良い者を厳選しました。本日はどのような人材をお探しで?」

「あぁ……そうだった、客として来たんだった。とりあえず今日は――」


 蒼蓉は柚良の肩を抱き寄せるとヘラルデに言った。


「この子に色々と見せたくてさ。まずは好きにしていいか?」

「もちろんですとも。もし質問があればなんなりとどうぞ」


 そう言ってヘラルデは一歩下がる。

 きょとんとしていた柚良は辺りを見回した。

 奴隷たちは全員こちらを見ているが、誰ひとりとして声を発さない。身じろぎすらしない。まるで訓練された軍隊のようだ。


「……私、奴隷って初めて見ました」

「表の世界じゃ禁止されてるからね」

「こういう場所って本当にあったんですね〜……」


 そんな柚良と蒼蓉の会話にヘラルデはほんの少し表情を動かした。


 奴隷を知らない者をこんな場所に連れてきて若旦那はどういうつもりなのだろう、という疑問が湧いたからである。

 しかし問われたことには答えるが、こちらから問う時間ではない。

 すぐに笑みを整えたヘラルデをよそに蒼蓉は「好きなように見て回るといい」と柚良の背を押す。


「ええと、奴隷って若い人だらけなイメージでしたけど、色んなお年の人がいるんですね?」

「ここは質重視だからだよ、年齢も質の一部だが全てではない。それ以外が優れていれば良いんだ。……まあ他じゃそうもいかないけどね、特に愛玩目的は」

「あ、愛玩」


 そうそう、と蒼蓉はなにが面白いのか目を細め愉快げに笑って頷いた。


「家族の代替品、ペット、そして性的な目的まで色々あるが、どれも年若い方が好まれる傾向にある」

「……」

「ベルゴの里はそういう所から見れば『マシ』だろうけど、同じ場所――暗渠街にある奴隷商に変わりはない」


 買い取られた後にどういう扱いをされるかも運次第だ、と。

 そんな街に堕ちたことを、そして柚良は運良くそんなくじ引きをする必要がなかったことを示すように、蒼蓉は懇切丁寧に説明する。

 しかし運が良くとも柚良が酷い場所にいることに違いはない。

 そう念押しする意味も込めて。


「人を物のように扱うのはどの店も一緒、わかったかな?」

「……はい」

「それじゃ好きなの三人くらい選びなよ、買ってあげるからさ」


 その服や。

 ペンダントや。

 今日食べた物のように。

 そう柚良の両肩に手を添え、蒼蓉は囁いた。


「……」


 柚良は片目だけでずらりと並んだ人々を見る。

 表の世界から見れば彼ら彼女らは犯罪の被害者だ。それが暗渠街ではまかり通る。

 それどころかここでは信頼できる品質の商品として扱われているのだ。


(蒼蓉くんが私を誘ったのは、それを自分の目で確かめさせるためだったのかな?)


 だが、柚良は餓死寸前まで追い詰められながら彷徨っていた時に暗渠街で様々なものを見てきた。

 明らかに出どころの怪しい肉が堂々と売られ、年老いた男女が自分を買ってほしいと歩き回り、弱い者から複数の強い者が搾取し、おかしな薬が出回り、フレンドリーな者が言葉巧みに他人を騙す、そんな街だった。


 今更だ。

 ここで暮らそうと決意した後である。


「ははは、緊張してるなら手でも繋いで……おや」


 柚良は蒼蓉の言葉を遮るように深呼吸すると奴隷たちの間を歩き回り、目を離さず観察し続けた。

 時折ヘラルデに奴隷について質問し、たっぷり一時間ほどかけて確認した後、蒼蓉を振り返って笑顔で言う。


「決めました! お名前がないらしいんで番号で失礼しますね。25番さん、108番さん、130番さんでお願いします!」

「……糀寺さん、手慣れてるね?」

「そんなことないですよ。でも悩んでも仕方ないと思ったので」


 柚良は蒼蓉を見上げた。

 蒼蓉とここにいる奴隷たちは同じ人間のはずだが、立場は驚くほど違う。

 それは柚良にはどうしようもない。力づくで改革しようと思うならそれこそ暗渠街を潰す覚悟が必要だろう。


 そして、柚良でもさすがに暗渠街は潰せない。

 厳密に言うなら手段はあっても使えない手段だ。使えないなら不可能と言っても差し支えないだろう。

 なら綺麗な夢物語を語るより、今できる最適解を出そうと考えたのである。


「全員救うなんて驕りすぎですからね。ならここは暗渠街の住人である蒼蓉くんに合わせます」

「聡いというかなんというか……」


 蒼蓉はほんの少し目を眇めた。

 まるで暗闇の中で突然太陽を目にしたような様子だったが、それに気づかず柚良が「あ、確認ですけど」と問い掛ける。


「買ってあげるってことは三人は私のものですよね?」

「もちろん」

「でしたら」


 柚良は先ほど選んだ三人を見る。


 25番は黒髪に水色の目をした女の子。年は十歳。

 乱れのないストレートヘアーが美しく、おっとりとした垂れ目も相俟って着るものに気を遣えば人形のように見えるだろう。良家の子女と紹介しても違和感がない。


 108番はオレンジ色の髪に金色の目をした青年。年は二十五歳。

 筋肉質な体は肉体労働に向いている。ただし目つきが悪く、目が合うと睨んでいると誤解されそうだ。そうではないと柚良が感じたのは視線に敵意がないからである。


 130番は白髪に茶褐色の目をした老人。男性で年は六十七歳。

 まだ腰は曲がっていないが、とても非力に見える。理知的な顔つきはどこかの理事長にでも見えそうなほど。学力は三人の中で一番高いとヘラルデが言っていた。


 そんな名前のない三人に柚良は微笑みかけ、蒼蓉に言い放つ。


「この三人を、私の生徒にします!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ