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決闘を申し込む!


「ギル……お前、ギルか?」


 おおー、とにこやかに男性がギルに近付いていく。信じられない、とか、久しぶり、とか、そういう感じがした。


 ——え? 知り合いなの? しかも、なんか仲良さそう?


 そう思った私の考えは一瞬で覆される。


「ふざけんな!」


「……っ」


 急に男性がギルに殴り掛かったのだ。ギルは瞬時に反応して、じゃがいもの入った麻袋を使って彼の攻撃をいなしていたけれど、直接当たったら怪我をする勢いだった。つまり、銀髪の彼は本気だということである。


「おい! ギル! 一発殴らせろ! 急に行方眩ませたと思ったら、そんなふざけた格好で姿現しやがって! お前の所為でアイディール騎士団は壊滅、散り散りになったんだぞ! 俺も足に致命傷を負って、今じゃこの有様だ!」


 アイディール騎士団とか、色々と分からない単語はあるけれど銀髪の彼がすごく怒ってるということは分かる。確かに彼の格好はみすぼらしくて、何より、怪我した右足の所為でとても動きづらそうだ。


「待て、シルバ。あの日、俺はアルに殺されそうになった。だが、かろうじて犬になっただけで留まった。エラが居なければ今も俺は犬のままだ」


 じゃがいもの袋を近くのテーブルに置いて、ギルは「落ち着け」と銀髪の彼、シルバを両手で制止した。


「エラって誰だ?」


 シルバの表情は私から見えないけれど、まだまだ怒っているのが分かる。今にもまたギルに飛びかかりそうだ。


「俺の婚約者で、今、お前の後ろに居る」


 取り敢えず、そう言っておこう、という感じがするほどギルはさらっと言った。


 ——あー、婚約者のくだりは今言ってはいけなかったのではないですか?


 なんだか嫌な予感がした。


「婚約者だぁ? 俺たちが苦労してる間にお前は女の子とイチャイチャしてたってことか!? 本当にふざけんなよ!」


 ほら、さらに逆上してる。もう燃え上がってしまった怒りの炎は消すことが出来ないみたいだ。急にシルバの右手の人差し指がギルに向く。


「——お前に決闘を申し込む!」


 シルバの大きな声が店に響いた。


 ——へ? 闘うんですか?


「分かった。その申し出、受けよう」


 ギルは馬鹿みたいに潔い。王子様に言って良いのか分からないけど、ほんと馬鹿。


 けれど、男同士の会話に何も口を挟むことが出来なくてキッチンでワタワタする私も馬鹿。


 そんな私を置いて、二人は颯爽と裏口に向かっていく。


「どうせ死んだことになってんだ、ぶっ殺してやる」


 足を引きずりながらもやる気満々な発言のシルバの声が、扉の閉まる直前に聞こえた気がした。


 ——すごく物騒、発言が物騒……!


 心配になって、私は仕込みどころではなく、裏口の扉についている小窓から外を覗いた。


 運が良いのか悪いのか、店の裏には大きな空き地がある。誰かが巻き込まれるということはないだろうけど、決闘とは、一体どうやるのだろうか?


 二人の行動を目で追っていると、まず、空き地の真ん中で向き合い、いつの間にかお互いに木剣を持っていた。それを目にも留まらぬ速さで振り回し、ぶつけ合い、でも、やっぱり、足にハンデのあるシルバは木剣をギルに飛ばされてしまった。


 それで諦めるかと思えば、そんなことはなく、今度は魔法を使っているようでシルバの手からは真っ赤に燃える炎が吹き出した。それを木剣でなぎ払うギル。


 そして、真っ黒になってしまった木剣を投げ捨て、ギルが地面に手をつき、大きな氷の柱を何本も出現させた。


 氷、雷、炎、水……、色々な魔法が入り乱れる中、数十分後、ついに決着がついた。


 勝ったのはギルだ。シルバが、もう立てない、というふうに地に膝をついている。


 もう危機は去ったと思って、私は扉をゆっくりと開けた。そして、少しずつ二人に近づいていく。「大丈夫ですか……?」と声を掛けようと思ったけれど、私は言葉を飲み込んだ。


 シルバが静かに涙を流していた。


 足の後遺症を言い訳にすることも、負けたことに悔しがる言葉を吐くわけでもなく、ただ静かに泣いていた。


 私は気が付いてしまった。彼にとって、ギルを失ってから生きてきた今までがとてもツラく苦しかったんだろうな、と。彼だけじゃなくて、騎士団のみんながきっと、そうなんだ、と。


「シルバ、一緒に飯を食わないか?」


 優しく微笑むこともなく、無愛想ではあるけれど、ギルの言葉は優しかった。涙について触れないのも一種の優しさなのかもしれない。


「ギル……」


 グリーンの涙目がギルを見上げる。もうその目に怒りは見えない。


 シルバに黙って頷いたあと、ギルはこちらを見て「頼む」というふうに静かに頷いた。私も「分かりました」というふうに静かに頷いた。


 リニューアルした『魔法の食堂』、記念すべき一番目のお客さんはシルバだ。


「こちら、どうぞ。すぐに作りますから」


 カウンター席に二人を座らせて、私は料理に取りかかった。


 今から作るのはピリ辛海老のチリソースだ。海老は一人十尾ほど。前世では高かったけれど、冷蔵庫から出すなら何もお金の心配をしなくて良い。


 すでに背ワタを取って、片栗粉、塩、水で下洗いしてあり、お酒で臭みも消してある。少し洗うのが面倒かもしれないけれど、二回洗うことで、格段に美味しい海老チリが作れるってどこかの雑誌の記事で読んだ。


 まずは、その海老に片栗粉をまぶしておき、長ネギ、生姜、にんにくはみじん切りにして、器に入れておく。


 ケチャップ、料理酒、ごま油、砂糖、醤油、水を混ぜて合わせ調味料を作る。


 フライパンにごま油をひく。ごま油はちょっと焦げやすいけど、香りが良いので、ごま油。


 そこに海老、みじん切りにした具を投入、色がついてきたら豆板醤を投入。


 そして、合わせ調味料。最後に、反則かもしれないけどラー油を投入。


 全体にとろみがついたら出来上がり。


「出来ました。熱いので気を付けてください」


 カウンターごしに二人に出来上がった海老チリとご飯を差し出す。海老チリを黒い平たいお皿に入れて出してみたら、なんだか高級に見えた。


 ——お客様第一号、緊張する……。


 私は二人がフォークで海老チリを口に運んでいくのをジッと見つめていた。


 ——あれ?


 でも、一口、二口と食べても二人は何も言わない。黙々と海老チリを食べ続けている。


 ギルに関しては尻尾が嬉しそうに動いてしまっているから、「あ、美味しいんだな」と安心したのだけれど、シルバに関しては何も言わず、眉間に皺を寄せて食べているものだから『出されたものは不味くても仕方なく残さず食べる』精神なのかと思って不安になった。


 ひたすらに食器とフォークの当たる音が微かに聞こえている。


 ちょっと甘くて、ちょっと酸っぱい香り、そこにごま油の香ばしい香りがプラスされて、匂い的にはとても美味しそうなんだけど、私、もしかして失敗した? いや、でも、ギルの尻尾は? 私がもふもふし過ぎておかしくなっちゃった?


 結局、二人とも食べ終わるまで何も言わなかった。そう、食べ終わるまでは……。


「なんだこれは!」


 食べ終わった瞬間、急にシルバがガバッと椅子から立ち上がって、カウンターを回って私の方に〝スタスタ〟と歩いてきた。そして、私の目の前まで来るとやっと気が付いたかのように「なんだ、これは……」と手で両目を覆って、肩を震わせ始めた。


「治ってやがる……っ」


 ギルの言ったことは本当だった。私の料理でシルバの足も元通りに治ったようだ。両目を隠しているから分からないけれど、彼はそれが信じられなくて、また泣いてしまっているようだった。


 ——本当に苦しかったんだね……シルバ……。


 私まで目頭が熱くなってくる。


「美味かっただろう?」


 そう言ったのはギルだ。自分が作ったわけじゃないのに、なんだか得意げに見える。


「すげぇ美味かった。この料理、なんつー名前なんだ? どうやったら、こんなに絶妙な辛味が出せる? 甘いのに美味いってどういうことだ?」


 絶賛、シルバから私は質問責めにあっている。この人は感想を後から言う人なんだ。数秒前まで彼は泣いていたというのに、こんなに興味津々な感じで聞かれると照れてしまう。


「ピリ辛海老のチリソースです。略して海老チリ。それと私は魔法の調味料を使っただけなんです」


 私は先人の知恵を使っただけ。本当は家庭で簡単に作れる料理なのです。


「そうか、海老チリか! 実に美味かった! な? ギル?」


「ああ」


 ギルは相変わらず無愛想だけれど、お互いに「美味かっただろう?」と言い合っていて、微笑ましく思う。そして、今度こそ、二人を見て、この人たちは兄弟みたいに仲良しなんだな、と思った。この人たちの仲を引き裂いたアルジャーノン第一王子は一体、どんな神経をしているのだろうか? 沸々と怒りがこみ上げてくる。


「すまなかったな、シルバ」


 カウンターの向こうでギルが立ち上がって、静かにそう言った。犬になって失踪したのはギルの所為ではないけれど、まったく悪くなかったというわけでもない。そう思ったのだろう。


「いや、こっちこそすまなかった。エラちゃんも」


「エラちゃ、ん?」


 急に〝ちゃん〟付けで呼ばれて私は戸惑った。しかも、なぜだか徐に両手を握られて……


「俺、エラちゃん好き、超好き」


 グリーンの綺麗な瞳の持ち主がニカッと笑った。


「へ?」


 戸惑いに戸惑いを重ねていく私。でも、彼が悪い人じゃないってことが分かったから、どうしたら良いのか分からない。無碍にも出来ないし。


「乱暴な態度を取って本当にごめんな。何か頼み事があったらすぐに言ってくれ」


 今度は本当に申し訳なさそうな顔をして彼は私に頭を下げた。ギルと違って表情がコロコロと変わる。


「おい、そんなに近付くな。黙って座ってろ」


 苛立ったように、ギルが自分の隣の席をトントンと指先で叩いた。


「そう怒るなよ、俺はギルも好きだぞ?」


 カウンター上の空いているところを滑るように移動して、ストンと自分の席に着地するシルバ。その手がギルの背中を優しく叩く。


 ——この人、元はすごい人タラシなんだ、きっと。


その甘いフェイスで一体、今までどれだけの人間をたらし込んできたのだろうか、と彼の発言と態度から、私はそう思った。


「そういうことじゃない。お前は変わらないな」


 呆れたように言っているけれど、ギルの声音に嫌悪は感じられなかった。


 根本の性格は変わらなくても、生活が人の性格を変えてしまうこともある。私だって、前の人生ではとても弱かった。今、強く居られるのは……


「なんだ?」


 自然とギルの方に視線が向き、彼と目が合った。尋ねられたけれど、何も言葉が見つからなかった。


「あ……、いえ……」


 私がもごもごと言葉を口にしていると店の扉が開く気配がした。そこには男性が三人立っていて、「良い匂いがして……、三人なんだが良いかな?」と一番前に立っている中年の男性が言ってきた。


 それから「こっちは二人」と、別の男女のお客さんが来て、私はギルとシルバの顔を交互に見て言った。


「ギル、シルバ、少し手伝ってもらえますか?」と。

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