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君に決めた


 屋敷を後にする前に小屋を片したり、持っていく物を整えたりしたことによって、森に入るのが遅くなり、今夜は野宿することになるというのは森に入ったときから明白だった。


「魔石って便利ですよね」


 燃えさかる焚き火の上にフライパンを置きながら私は言った。フライパンの中には下味をつけて薄力粉をまぶしたサーモンが二切れ入っている。生前見た何かのテレビ番組で、表面を焦がす前に身の中にも火を入れるためにフライパンが冷たいうちにサーモンを入れたほうが良いと放送していた。


 右手でフライパンを持ちながら、左手で赤い魔石を持って眺める。これは火を点ける用の魔石で、小屋の暖炉に火を点けていたものを持ってきたのだ。


 魔石には水を操るものなど、色々とあるらしいけれど私はこの魔石とランプの中に入っている光の魔石しか知らない。


「……」


 正面に座るギルからの返事はない。それもそのはず。今、彼は犬だからしゃべれないのだ。存分にもふもふさせてもらって私はご満悦だけれど、彼はちょっと不機嫌そうかもしれない。多分だけど。


 魔石を木のヘラに持ち替えて、綺麗な焼き色の付いたサーモンを裏返す。それから、ちょっと様子を見て、今度はバターをちょっと多めに入れて、溶けてきたらスプーンでサーモンにかけていく。


 最後に醤油を適量かけて出来上がり。


 溶けたバター醤油の香りがたまらない。


「どうぞ」


 先に炊いておいた白米と一緒にお皿に載せてギルの前に出す。彼はネギを食べても大丈夫だったから、塩分も普通で大丈夫だと私は判断した。これからはもっと美味しいものを食べさせてあげられそうだ。


「戻りましたね」


 ムニエルを一口食べただけで、彼は人間の姿に戻った。フォークを使って、黙々とムニエルを食べている。


 ——ほんと、無愛想な人。


 焚き火を挟んで私もムニエルとご飯を食べ始めた。


 ——両面パリパリで美味しい! やっぱり、バター醤油でしょ!


 心の中で叫んで、現実の私は冷静な顔でギルの顔を見た。


「そういえば、あの、今さらなんですけど、なんとお呼びしたら良いですか? ギルバート様?」


 心の中では気安くギルと呼んでいるけれど、彼は一国の王子様なわけで礼儀正しくそう呼んだ方が良いのでは? と思ったのだ。


「ギルで良い。まだ俺が生きていることを誰にも知られない方が良いだろう。知ったら、あいつがまた俺を始末しに来る」


 とても怖いことを言う。もしかして、犬になる魔法を掛けられたんじゃなくて、殺す魔法を掛けられて運良く犬になっただけで生き残ったわけじゃないですよね?


「ではギル、これからのことは何か考えているんですか?」


 何度も言うけれど、一国の王子がそんな適当に行き当たりばったりな計画を立てているわけがない。きっと、ちゃんとした計画を立てているだろう。


「城下町は後回しにして、まずは周りの町から支持を集めていきたいと思う。だが、正体はまだ出来る限り知られたくない」


 ——行き当たりばったりじゃないの……。


「それって、難し——」


 突然、私の言葉を遮って、ガサガサっと茂みの中から音が聞こえてきた。


 音のした方を見ながらギルがゆっくりと私の方に移動してくる。どうやら私を守ってくれるようだ。まあ、単に犬の魔法を解除する人間が居なくなったら困るからだろう。


 ガサガサとまだ音がしている。小動物なら火を怖がって近付いて来ない。それくらい私でも知っている。ということは、小動物ではなくて、大きな獣か……人間か。


「何者だ?」


 ギルは先に声を掛けることにしたらしい。とても勇気があると思う。私はガチガチに緊張してしまって、まったく動けそうにない。


「あ、これはすまない。とても良い匂いがしていたから、つい、つられて来ちまったんだ」


 茂みの中から現れたのは私たちとさほど歳の変わらないように見える赤髪の青年だった。背中にかごを背負っている。


「こんなところで何をしていた?」


 ギルの視線は冷たく鋭い。


「俺はマーカス。盗賊とかじゃないぞ? 仕事が終わってから森で薬草を摘んでいたら、ただ暗くなっちまっただけ」


 ニコッと笑いながらマーカスは「何もないよ」と言うふうに両手を振った。ギルと違って人懐っこい笑顔をしている。


「そうか、お前も食っていくか?」


 マーカスのことをジッと見つめていたギルが、急にそう言った。


 ——え!? 急に信じるの!?


 私はびっくりしてしまった。しかも、勝手に私が料理することになってない?


「良いのか?」


 マーカスは嬉しそうに目を輝かせている。周りが暗くてもそれがよく分かった。


「ギル?」


 本当に良いの? と視線をギルの方に向けると「人に美味いと言ってもらいたいんだろう?」という言葉が返ってきた。


「そう……ですね」


 確かにそうだ。私は人に自分の料理を美味しいと言ってもらいたい。もう何とも思われないで食べられるのは嫌だ。ギルは私に機会を与えてくれようとしている。


「何かあったら、お前のことは俺が守ってやる」


 ギルはマーカスに聞こえないように、さらっと言ってのけたけれど


 ——偽の婚約者のくせに……。


 私はそう思ってしまった。不覚にもちょっと格好いいとも思ってしまったけれど……。


「今、新しく焼きますね。ギル、あなたもおかわりいりますか?」


 冷蔵庫からサーモンなどの材料を取り出しながら、私はギルに問いかけた。


「もらおう」


 表情には出さないけれど、彼の尻尾が嬉しそうに揺れるから、ちょっと笑いそうになる。尻尾くらい素直に嬉しそうな顔をしてくれれば良いのに、なんて無理な願いかもだけど。


「これは一体何?」


 私の真横に来て、マーカスが一緒に冷蔵庫の中を覗き込み始めた。見たことのない人からしたら、冷蔵庫は本当に不思議な箱だよね。


「私だけが扱える魔道具です。食材を入れているんです」


 他の人間が開けても中身は空っぽな状態になる。どうやら、今のところ、これを扱えるのは私だけみたいなのだ。


「へぇ、すごい、冷たいのか」


 マーカスが冷蔵庫の中に手を入れて冷たさを確認していると、急に後ろからゴホンッと咳をするのが聞こえて、マーカスと一緒に振り向くとギルが難しい顔をして「マーカス、大人しくここに座れ」と自分の横を叩いていた。


 私の邪魔にならないように、と配慮してくれたのかもしれない。


「分かった」


 ギルとは違って素直にニコニコ笑いながらマーカスは指定された場所に腰を下ろした。


 おかげで調理はスムーズに進んで、すぐに溶けたバターの香ばしい匂いがフライパンの中からしてきた。作っている側の私もこの匂いを嗅ぐと幸せな気持ちになる。


「出来ました。どうぞ」


 お皿にご飯とサーモンのムニエルを載せて、マーカスに差し出した。すると、彼はまず見た目をじっくり見て、それから、鼻を近付けて「うん、すごく良い匂いがする」と言った。その隣でギルはすでにおかわりを食べ始めている。


「いただきます」


 しっかりと挨拶をして、マーカスが一口、ムニエルを口に運んだ。


「美味い! めちゃくちゃ美味いよ!」


 途端に元気よく言われて、私は目を丸くしてしまった。でも、びっくりが喜びに変わるまでそう時間は掛からなかった。


「この香ばしい匂いもそうだけど、表面がカリカリで、それでいて中は柔らかくてバランスが完璧だな!」


 こんなにも素直に、詳細に、自分の作った料理のことを良く言ってもらったことがなくて、とても嬉しくなった。もしかしたら、今、私の顔、真っ赤かも。


「ありがとうございます……」


 控えめにお礼を言う私を見ながら「美味い、本当に美味いよ」とマーカスは残りをたいらげてしまった。そして、急に無言ですっくと立ち上がり、私のところに来たと思ったら……彼は私の両手を強く握って


「決めた!」


 と大きな声で言った。


「え?」

「ついてきてほしいところがある」


 驚いている暇もなく、私はマーカスに寄って上に引き上げられ、自然と立ち上がることになった。そして、そのまま手を引かれて、どこかにつれて行かれそうになる。


「え、ちょ、ちょっと?」

「おい、手を離せ」


 戸惑う私の自由な方の手を握ってギルバートが制止した。右手をマーカスに、左手をギルに握られている状態だ。


 ——この状況は一体……?


「あ、そういえば、まだ名前を教えてもらってなかったな」


 この状態で、どうして、その言葉が出てくるのだろうか。相変わらずニコニコしてるし。マーカス、あなたは一体何を考えているの?


「エラです」

「ギルバートだ」


 そのままの状態で、多分、一応礼儀として答えた私とギル。この流れが異様だと思ってるのは私だけじゃないと思う。


「そっか、じゃあ二人でついてきてくれ」


 にこっと笑って、「荷物、忘れないようにな」と付け足すマーカス。


 ——あ、ギルもなんだ? びっくりした。


「なんなんだ?」


 不機嫌な顔をしながら、焚き火の始末をしたあと荷車を引き始めるギル。


「こんなところで野宿する必要はない。町はすぐそこなんだ」


 私の手を引いたまま、ご機嫌な様子でマーカスは木々の向こう側を指差した。

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