ついにこの時が来てしまったか
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早くも次の日になった。昨晩イマリアは私の部屋で一緒に眠った。目覚めて、部屋の中を確認したけれど、特別変わっていたところはなかった。
「エラ、この箱は……弁当箱?」
厨房でマーカスが黒い三段の重箱を見て言う。
「ええ、重箱と言います。年のお祝いごとのときに使うんです」
本来はお正月に使うのだけれど、今回はおせちで勝負するので、これを使う。もともと、いつかみんなにおせちを作ろうと思っていたから、武器加工屋さんに作ってもらっていたのだ。
そして、これでも、もしかしたら量が足りないかもしれないと思っていたら、なんと、この厨房にも同じような大きなお弁当箱があってびっくりした。多分だけれど、これは本当にただ大きなお弁当箱が必要だったときがあって、そのときに作られたのだと思う。
「今日はたくさん作るものがあるので、二人とも、よろしくお願いします」
重箱をテーブルの上に並べて、私はマーカスとイマリアを見た。
「おうよ」
「任せてよね」
やる気満々で二人が服の袖をまくる。
「これから作るのは、おせちです。色々なおかずが詰まった豪華なお弁当だと思ってください」
そう言いながら、さっそく調理に取りかかる。ほとんどのものは昨夜のうちに仕込みをしておいたので、ただ盛るだけというものもある。
——懐かしい……。
前世の姑はとても家の行事には厳しい人で、私は毎年、おせちを作らされていた。しかも、ほとんど市販を頼らずに手作りで。
だから、懐かしいと思ってしまう。
伊達巻きもフードプロセッサーがあればはんぺんを使って作っていたと思う。今回は冷蔵庫が出してくれたものを使う。
他に、かまぼこ、ハムなどは冷蔵庫が出してくれたものを使うことにした。
そして、数の子や栗きんとん、黒豆、昆布巻きなどは昨夜のうちに作ってある。
今日、作っているのはローストビーフと海老のうま煮、大根とにんじんの紅白なます、田作り、煮物、それと、私のおせちには必ず入っているゆで卵のいくら乗せだ。ゆで卵をペティナイフでギザギザに切り、そこにいくらを乗せるだけなのだけれど、とても可愛く見える。
一般的なおせちと違うところはそのくらいだろうか。
「エラさん、こんな感じでどうかしら?」
「これで合ってるか?」
心配そうな二人が私を見ている。
「完璧ですね、二人に任せて正解でした」
私が調理をしている間に二人が指示通りにお重に料理を詰めてくれていて助かった。二人にはセンスがある。完璧だ。彩りのバランスも出来てる。
「あとは……」
実食してもらうのみ。
テーブルへのセッティングはセバスチャンの仕事だった。途中で毒などを入れられないようにだろう。さきほどの調理中も昨夜の仕込み中も始終誰かに見張られていた。そして、さらにアルの側近であるジェイクが先にすべての料理の味見済みである。
会場は大広間であったけれど、来た人数は割と少なめで十五人ほどのスタンディング形式だった。男性、女性、半々くらいの比率である。
「セバスチャンさん、是非、こちらのお茶とお酒を。緑茶と日本酒というのですが、今回の料理に合うと思います」
食事会が始まる前に冷蔵庫が出してくれた最高級緑茶と水色の瓶の日本酒をセバスチャンに渡した。この世界の人たちは大体お酒に強い。何本必要か分からなかったので、一升瓶十本単位くらいで持ってきた。
「かしこまりました」
セバスチャンは私から二つを受け取ると、まずは日本酒を小さなグラスに入れて、ジェイクに渡した。そして、紅茶を淹れるように緑茶を淹れていく。カップに入った最初の緑茶はもちろんジェイクに渡され、彼はどちらも飲み切った。
——毒で死ぬのは怖くないのだろうか?
何も言わない彼を見て、そう思ってしまった。
「みなさん、お集まりいただきありがとう。それでは、食事会を始めよう」
アルが会場に現れ、軽く挨拶をすると食事会が始まった。招かれた客人たちが思い思いに自分の食べたいおせちを取り、飲みたいものをメイドやバトラーから受け取っていく。
その様子を私たち三人は壁際で静かに見守っていた。
「これは……! 甘い! 美味い!」
まずは一口、日本酒を飲んだ貴族の男性が大きな声で反応した。それを聞いて、私も私も、とほとんどの人が日本酒を手に取った。
「この料理は見た目も綺麗ね。このお花みたいな卵も私は好きだわ。この上に乗っている赤い粒は何かしら? まるで赤い宝石みたいね」
どうやら貴族の婦人はいくらのことを知らないみたいだ。ゆで卵をお皿に乗せて、じっくりと見つめている。そして、おもむろに口に運び……
「あらぁ、ぷちっと弾けたわぁ。美味しい!」
口に手を当てて、とても驚いたように言った。
「この甘い黄色いのも美味しいぞ!」
若い貴族の男性が食べているのは栗きんとんである。水飴を多めに使うのが私流、なめらかに作るコツだ。
「だが、甘い。何か酒ではないものが欲しくなるな」
「こちらを」
すかさず、セバスチャンが男性にカップに入った緑茶を渡した。このときばかりは、グッジョブセバスチャンさん! と思ってしまった。
「美味い! なんだ、この茶は! 合いすぎる!」
彼の発言により、栗きんとんも緑茶も大人気になった。
「やったな」
マーカスに小さな声で言われて、私とイマリアはニコッと笑った。このまま無事に食事会は終わっていきそうだ。
「エラ、ありがとう。みんなとても喜んでくれているよ。もちろん、私も」
ほっとしたところに現れたのはアルだった。
「殿下、光栄です」
スカートの端を持って、私はアルにお辞儀をした。けれど、もしかして、今、昨日の返事を聞かれるのではないか、と心の中はてんやわんやである。
「片付けはこちらでメイドたちにやらせよう。君たち二人は家に帰るといい。——セバスチャン」
アルはそう言って、セバスチャンを呼んだ。「え? 私は?」「え? エラさんは?」「え? エラは?」と三人の心がシンクロしたことは間違いないが、誰もそれを一国の王子の前で口にも表情にも出すことは出来なかった。
「お二人は私がお送りいたします」
スッと現れたセバスチャンによって、マーカスとイマリアが大広間から連れ出されていく。
「エラ、君は私と一緒にこちらに来てほしい」
主役である第一王子が食事会を抜け出して良いのだろうか、と思うけれど、私に拒否権はない。ついにこのときが来てしまったか、と思うだけだ。




