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私のところに来ないか?


 ◆ ◆ ◆


 王城に着くと私だけが豪華な応接室に通された。もっと、こう王の居る謁見の間みたいなところに通されるのだと思っていたけれど、そんなところに通されたら緊張して倒れてしまいそうなので良かった。


 マーカスとイマリアは客間に通されたようで、あとで合流出来ることを私は心から本当に願っている。カルロスの言葉がずっと引っ掛かっていて、怖い気持ちが消えないのだ。


 ドキドキしながら応接室の豪華なアンティークソファに座っているとセバスチャンが人の気配を感じ取ったのか、突然扉を開けた。そこにはアルジャーノン第一王子が立っていて……。


「アルジャーノン殿下、この度はお招きいただきまして誠に」


「大丈夫だよ、そんなに堅苦しくしなくて。私は君にまた会えてとても嬉しく思う」


 慌てて立って挨拶をしようとしたら、にこやかに笑われた。傍らには相変わらず、ゴツいアッシュヘアの従者、ジェイクがいるし、緊張する。


「ありがとうございます」


 ひとまず、レディらしくスカートを持って、お礼を言ってみた。どうやら、それで良かったらしい。


「どうぞ、座って」


「はい」


 アルに言われた通りに私はさきほど座っていたところに座り直した。彼も私の前に腰を下ろす。


「明日の食事会のことなんだが、君の好きなように作ってもらって構わない。必要なものがあれば、遠慮はせずにそこにいるセバスチャンに言うといい」


「はい、ありがとうございます」


 急に本題を切り出されて少し驚いたけれど、もしかしたらアルは忙しい中ここに来ていて、急いでいるのかもしれないと思った。


「急に呼び出してしまってすまなかったね。今日はどうか、ゆっくり休んで」


 私の予想は当たったのか、彼はそれだけを言ってソファから立ち上がった。


「お心遣い感謝いたします」


 自分も立ち上がって、胸に手を当て、礼をする。

 王族のマナーなんてまったく分からないけれど、思ったよりもスムーズに進んでいて、逆に怖い。


 私がそう思ったときだった。


「あのリボンはどうしたの?」


 アルに問われてドキリとする。でも、これは想定内の質問だ。今回は敢えてギルのリボンを着けて来なかったのである。代わりに着けてきたのは普通の黒いリボンだ。


 私がアルから頼まれたのは次の日の食事会の料理で、今夜は泊まりになると分かっていた。もし、眠っている間にリボンを調べられてしまったら、あれがギルのリボンだとバレてしまう。


 だから、私はリボンを冷蔵庫の中に隠してきたのだ。私が扉を開けなければ、冷蔵庫の中には何も現れない。


「彼とは別れたんです。きっと、彼には私よりもずっと良い人がいます」


 これでレオリオもギルも守られる。


 でも、一つだけ悲しいことがある。もう誰かの前でギルのリボンを着けることが出来なくなってしまったことだ。あれはギルから貰ったリボンだけれど、着けていたらレオリオとまだ婚約していると思われる。


 ——あのとき、私がもっとちゃんと答えられるように準備をしておけば……。


「そうか……」


 不覚にも私が別の意味で悲しい顔をしてしまったからだろうか、アルも同じように悲しそうな顔をした。まるで私を哀れむような、そんな表情だった。


「すみません」


 何に対して謝っているのか自分でも分からない。


 ギルと同じ金色の瞳が私をジッと見つめて、「なら」と口を開く。


「私のところに来ないか?」


 私にそう尋ねた彼の優しい微笑みは、ギルがふと見せる微笑みに似ていた。


「アルジャーノン様」


 壁際に立ったジェイクが少し苛立った様子でアルの名前を呼んだ。まるで急かしているように見えた。


「分かっているさ」


 そう言って、アルはチラッとジェイクに視線を向け、セバスチャンが開けた扉に向かって歩き出す。


「エラ、答えは明日にでも」


 部屋から出る直前に振り向いて、彼は私にそう言った。


 ——あ、明日!?


 表面では「は、はい」とは答えたけれど、裏面ではとても狼狽えているし、答えはノーに決まっている。しかし、恐ろしい腹黒王子様を前に明日、ちゃんとした答えを言えるだろうか? と思ってしまう。


 今だって、ここに着いたときから彼がいつ本性を現すのかとびくびくしているのに。


「エラ様、お部屋にご案内する前にエラ様専用の厨房にご案内いたします」


 セバスチャンが一度閉めた扉をまた開けて、私に言った。


 ——私、専用!? もう完全に私を城に住まわせる気じゃないの? あの人! もしかして、要らなくなったら奴隷としてどこかに流す気なんじゃ……?


 怖すぎて、震えそうになるのを必死に我慢する。ギルの言っていることは、きっと嘘じゃない。アルが黒い部分を隠しているはずだ。しかし、何を考えているのか、まったく分からない。


「こちらです」


 でも、もう戻ることは出来ない。私はセバスチャンに連れられて、私専用の厨房に足を踏み入れた。


 厨房は魔法の食堂のキッチンよりも大きかった。一人では大き過ぎて、逆に扱いづらいくらいだ。


 けれど、コンロはワンタッチで着火するような最新式のものだったし、氷の魔石を使った保冷庫のようなものもあった。器具類だけは整っているということだ。食器も色々と揃っていたし、今回、私が使いたい〝とあるもの〟に似ているものもあった。


 私たちが持ってきた食材や器具類もすでに収納されていた。


 そして、取り敢えず、仕組みだけを見て、今度は部屋に連れて行かれたわけだけれど、良かった、マーカスとイマリアは私の両隣の部屋だった。


「それでは、また明日の朝」


 セバスチャンは丁寧にお辞儀をして、去っていった。


「二人とも、怖い思いとかしてませんか?」


 私の部屋に集まって、二人に確認する。


「今のところは大丈夫だ」


 と、珍しく真顔なマーカス。


「私も大丈夫よ。丁寧過ぎて気持ち悪いくらい。ちょっとお姫様になった気分でもあるけど」


 イマリアのツンデレが少し弱い気がする。大丈夫だろうか、と心配になった。


「イマリア、気を抜くな、死ぬぞ?」


 ——ちょっ、戦場みたいになってる。


 妹を真面目な顔で叱咤するマーカスは大丈夫だな、と思った。ルビーの瞳がお互いに見つめ合って、確認するように黙って頷いていた。


「ふっ」


 二人のおかげで少し私の緊張がほぐれた。


「あの、私、これから明日の仕込みに行くのですが、二人とも手伝ってもらえますか? あ、明日に備えて休むのもオーケーです」


 今日仕込みをしたとしても、明日も忙しくなるのは分かっている。二人には体力を温存してもらっても構わない。


 私が「どちらでも構いませんよ?」と付け足している間に


「今回の料理も楽しみだな」

「ええ、早く見たいわ」


と言って、二人はもうエプロンを着用していた。つまり、答えはイエス?


「出来るだけ三人で居ましょう、エラさん」


 可愛いけれど、まるで一国の騎士みたいにハンサムな顔をしてイマリアが言った。


「エラのことは俺が守るぞ?」


 マーカスも負けじと澄ました顔で言う。


「私のことも守ってよ、お兄ちゃん!」


 マーカスの腕を掴んで、強く引っ張るイマリア。


 やっぱり兄妹なんだな、とほっこりした気持ちで私は「お願いします、二人とも」と言った。

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