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もふもふ、太陽の香り


 ◆ ◆ ◆


「どうして止められなかったんですか?」


 私は隣を歩く彼に尋ねた。


 今、私たちは屋敷を出て、森の中を歩いている。最初、お義母様は真っ赤な顔で何か文句を言おうとしていたけれど、結局「勝手になさい」と言っただけだった。姉二人も何も言わなかった。


 これで三人と会うのは最後なるかもしれないと思って、私は軽い挨拶と「嫁入り道具として、この白い箱を持っていきます」と伝えた。三人と面と向かってちゃんと話せたのは、今、私の横で冷蔵庫を乗せた荷車を引いてくれているギルが隣に居てくれたからだ。


 三人は不思議そうな顔をして、それから「そんなガラクタ、あなたが勝手に拾って来たのだから好きになさい」と言って、冷蔵庫の力に気が付いていないようだった。結論、私はあの三人に引き留められなかったのである。


「この国では、婚約の決まった者を引き留めてはいけないことになってる。まあ、一度だけはな」


 ちょっと意味深なことを言った気がするけれど、屋敷を出たばかりの今は考えたくない。私が黙るとギルが続けた。


「あの女共はお前に頼り過ぎた。これから自分たちでは何も出来なくて苦労することになるだろう」


 義理ではあるけれど人の家族を女共と呼ぶなんて……、と普通の人なら怒るだろう。でも、私にはあの人たちとの記憶が一ヶ月分ほどしかない。私の前のエラはあの女共にいじめられても頑張ってきたんだろうな、と思う。女共と言われて仕方ないのだ。


「ざまあみろ、ですね」


 笑うことなく、ただそう言った。あの人たちは三人だけになって何か変わるのだろうか? と思った。


「——なぜ、俺との取引を受けた?」


 私が残された三人のことを考えていると、彼が話題を変えてきた。


「私の料理を美味しかったと言ってくれたからです」


 ひと目見て分かるように彼はとても無愛想で、感情を表現するのが下手くそで……、それなのに、彼は私の料理を素直に美味しかったと言ってくれた。ただ、それだけ。出会ったばかりの男性を完全に信用したわけではない。


「おかしなやつだな」


 自分から聞いておいて、そんなことを言うだなんて、少し意地悪だ。そんなあなたに私も少し意地悪をしたいと思う。


「あの、取引のお願いをもう一つ聞いてもらえませんか?」


 私は、そう言いながら足を止めた。彼も自然と足が止まる。


「今さらか?」

「だって、私は料理と手伝いと二つあるわけではないですか」


 私だけ二つも条件があるなんてずるい。ギルは私を家から出しただけだ。


「はぁ……、一体なんだ?」


 深く溜息を吐いて、彼は私の答えを待った。金色に近い瞳で見つめられると、なんとなく言い出しづらくなる。でも……、この条件だけは絶対欲しい。


「その——、たまにもふもふさせてもらえませんか?」

「……」


 私が言い放った瞬間、私たちの間に暫しの沈黙が流れた。どこかで鳥が囀っているのが聞こえる。


そして、ギルは何も聞かなかったかのように黙ってまた荷車を引いて歩き出した。


「今のままじゃ不公平ですっ」


 後ろから私がちょっと大きな声で言うと、彼の耳がピクリと動いて、「……勝手にしろ」という言葉が聞こえてきた。


 瞬間、ギルの姿が消えた。

 

 ように見えただけだった。荷車の向こう側で、まるでナイスタイミングというふうにギルは犬になってしまっていたのだ。


「良い、良いんですよね?」


 私は両手を前に出しながらジリジリと彼に近付き、キラキラとした瞳を向けてしまう。実は私、無類の大型犬好きなんです。


「……」


 犬になったギルは明らかに警戒している雰囲気を纏っていた。でも、私は意を決して彼に抱きついた。刹那、両手に広がるふわふわな毛触り。


 ——もふもふ、太陽の香りがする……。癒される……。


 今まで傷付き、汚れていた心が洗われるようだった。


「あ……、ごめんなさい。長々と」


 どのくらい、そうしていただろうか。突然、ハッと我に返り、私は彼から離れた。「ご飯にしましょうか」と苦笑いを浮かべながら。

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