なんて綺麗な寝顔
◆ ◆ ◆
「さて、固まりました」
昼の営業を終えて、静かになったキッチンに私はしっかり冷えたバットを持ってきた。中にはカラフルマーブルな板状の寒天ゼリー。
「お、これをどうするんだ?」
「スプーンですくうのかしら?」」
またまたマーカスとイマリアが自ら寄ってきてくれた。二人で真面目に考察し合っていて、なんだかとても言いづらいのだけれど、言わせてもらう。これ
「手で適当に千切るんです」
たったのそれだけなんです。
「「え!?」」
二人は驚いたような顔をした。まるで、こんなに綺麗に固まったものを手で千切るなんてして良いのか? という顔だ。
「手で千切ると……ほら、魔石の断面っぽくなるでしょう?」
実演するように寒天ゼリーを手で千切って、バットに並べていく。すると、千切った部分がギザギザになって、魔石そっくりになった。魔石とこれを隣同士で並べたら、ぱっと見どちらがどちらか分からなくなるだろう。
というか、一つのマジックとして楽しめそうだ。「魔石食べちゃいましたー」って、これはネタばらし前にムムとロロの前でするべきだったか。
「すごい! 本当に魔石だ。これなんか炎の魔石と完全に間違えそうだな」
赤い魔石ゼリーを指差して、マーカスは興奮したように言った。
「とっても綺麗だわ! これで食べられるなんて、これ自体が魔法みたいね! ……お、お客さんより先に食べようだなんて思ってないわよっ?」
——あ、食べたいと思ってるんだな。
小さく言っているイマリアに「あとでもう少し固まったものをマーカスと味見してみてください」と笑い掛け、私は
「こう並べておいて、本来はもう少し乾かすのですが、一日二日掛かってしまうので表面がパリパリになったら袋に入れてお客様に渡したいと思います。ですが……」
上の階に視線を向けた。
どうしても一つ、今すぐに渡せない理由がある。
「お客様であるミシェルが、雪遊びで疲れてしまったみたいでムムとロロと一緒に上の部屋で眠ってしまっているんですよね」
四人はお昼の営業前に店内に戻っては来たものの、私が作っておいたコーンスープを飲んでミシェル、ムム、ロロは急に襲ってきた睡魔にやられて上の部屋へ。ギルはスープを飲んで人間に戻り、裏の空き地の雪を片付けると言って一人で外に出て行った、それから姿を見ていない。
「お二人はいつも通り、夕方からの営業に備えて休憩を取っておいてください。お昼ご飯にデミグラスハンバーグを作っておいたので、どうぞ。私はちょっとギルの様子を見てきます」
魔石ゼリーを並べたバットに布を掛けて、冷蔵庫の中に戻し、私は裏口の扉に向かって歩きながらマーカスとイマリアに言った。
「エラ、いつの間に?」
「私、全然気が付かなかったわ」
二人がそう言うのも無理はない。実は、もう昨日の夜から作って鍋ごと寝かせておいたのだ。デミグラス系は寝かせると味の深みが増して美味しくなる。
「ゆっくり休んでください」
悪戯に笑って、私は裏口の扉を開けた。
外に出て、すぐに冷気が無くなっているのに気が付く。そして、視線を上げて雪が無くなっていることを目視で確認。でも、あれ? ギルは?
数分、私はギルの姿を探してしまった。まさか、あのまま仕事に行ってしまった? と。
けれど、大きな木の陰からギルの両足が出ているのを発見し、あ、あそこに座っている、と思った。
「ギル?」
声を掛けながら近付いたけれど返事がない。
——え!? まさか! 過労死!?
まさかそんなわけはないのに、ギルがこんなところで座り込んでいるなんてことは今までになかったものだから、私は慌てて彼の正面まで駆け寄った。
でも、一瞬で私はピタリと動きを止め、今度は必死に気配を消そうと試みた。
「いくらあなたでも、体力消耗しますよね」
ギルは倒れていたのではなく、木に寄りかかって静かに眠っていたのだ。
貴重なお休みを使って子供たちの相手をしてくれたのだから、疲れないわけがない。
——なんて綺麗な寝顔……。
彼の寝顔を見るのは二度目だけれど、こんなに隙のある彼は初めて見た。私なんかが近寄って良いものなのだろうか、と一瞬悩むような整い過ぎた顔。そして、思わずもふりたくなる獣の耳と尻尾。
——完璧過ぎる……!
私は何を考えていたのだろうか? 失礼します、だなんて心の中で呟いちゃって、おもむろに彼の隣に腰を下ろしてしまって……。
——温かい……。
彼につられて自分もウトウトしてきてしまう。でも、お昼食べたり、夕方の仕込みをしなければ、とも思う。ミシェルにだって出来上がったお菓子を渡さなければ、と頭の中では考えていたのに……、いつの間にか、私はギルに寄り添って、眠ってしまっていた——。




