これからお仕事でお菓子を作ります
少女は十歳くらいの年で、黒い真っ直ぐな髪に赤い瞳、それに地味な灰色のドレスを着ていた。
「な、何かご用ですか?」
彼女の様子があまりにも暗く、私は一瞬、幽霊でも見てしまったのではないかと思った。でも、それは違うとすぐに分かる。
「私、ミシェル。お菓子が欲しくて。このお店にお菓子は置いてありますか?」
ギュッと両手を握りしめて、意外と礼儀正しい感じで尋ねられた。
「あ、ごめんなさい。お菓子は作ってないん——」
——そっか、この町にお菓子屋さんはないし、作るような店もないんだ。
そう思って、私はそこで言葉を止めた。ムムとロロもいるのだ、ちょうどいい、仕事の合間におやつを作ろう。
「ミシェル、時間はありますか?」
「……」
私のその問いに、ミシェルはコクンと静かに頷いた。
「少し時間は掛かりますが、お菓子、作りますね。なんでも良いですか?」
「……」
またミシェルがコクンと頷く。
「では、ちょっと待っていてくださいね」
そう言い、私は雪ではしゃぎまくる男子陣をチラッと見て、店の中に入った。
ミシェルも中に入ってくるだろうか? と思っていたけれど、どうやら外に居る三人のことが気になるようで、彼女は中に入ってこなかった。
「マーカス、イマリア、これからお仕事でお菓子を作りますが、一緒にやりますか?」
朝の仕込みを終えてテーブルで小休憩を取っていた二人に声を掛けると、
「やる」
「もちろんよ」
というやる気満々の返事がきた。
マーカスもイマリアもこの性格から、大分たくさんの料理を覚えてくれた。今まで彼らにはただ猶予が無かっただけなのだ。おそらく、もう私が居なくても、この食堂を十分やっていけるだろう。いつかは二人にこのお店を返さなければ、と思い始めている私がいる。
「それでは準備をしますね」
冷蔵庫のほうに行って、私は材料を用意した。といっても、今回使う材料はとても少ない。グラニュー糖と粉寒天、水、それと数種類のかき氷シロップである。
「エラ、今回は何を作るんだ?」
私がコンロの前に立つとマーカスとイマリアはその後ろに立った。いつも、私の邪魔にならないように頑張って後ろから覗き込んで勉強してくれる。
「キラキラ魔石ゼリーです」
そう答えながら私は鍋に水と粉寒天を入れて、中火に掛けた。
「魔石!? 魔法が掛かっているの? 美容に良いとか?」
「まさか。見た目だけですよ」
あまりにもイマリアが真剣な表情で言うものだから、あははと笑ってみたけれど、もしかして、あながち間違いではないのかもしれない。「私の魔法には美容効果もあったりしますか? 神様」と尋ねてみたくなる。
と、この間にも鍋の中が沸騰した。そして、暫く、沸騰させたままにする。
それから弱火にして、グラニュー糖を投入。
よく混ぜて、透明になるまで溶かし、煮詰める。
とろみが出たら、油か水を塗ったバットのようなものに流し、かき氷シロップで好きなように染めていく。
終わったら、二時間くらい冷蔵庫で冷やす。
「今、私たちが出来るのはここまでです。あとは昼の営業が終わってから」
冷蔵庫の扉を閉めながら私は言った。
「あれが固まるのか、わくわくするな」
どうなるのかを想像して、心躍らせるマーカス。
「もう食べたくなるわぁ。……っ、別に食いしん坊じゃないんだからね?」
私とマーカスの視線にイマリアが反応して、頬をぷくっと膨らませた。彼女の可愛さは健在である。
「ふふっ、二人とも、少し休憩していてください。私はお客様とお話をしてきます」
ミシェルにもう少し時間が掛かることを伝えて来なければ、と思って私は二人に休憩がてら店番を任せ、裏口の扉から外を覗いた。
「あれ?」
自然と私の顔にふっと笑みがこぼれる。
さきほどまで突っ立って、羨ましそうに三人のことを見ていたミシェルが、いつの間にか彼らの中に入り、一緒に雪合戦をして遊んでいたのだ。
なんとなく暗かった彼女の表情が一変して、とても楽しそうに笑っている。ムムとロロも楽しそうだ。ギルはちょっと雪を投げつけられてばかりで可哀想だけど、それはそれで珍しくて、とても微笑ましい。
——ふふっ、あの人、絶対全部避けられるはずなのに。
「何か温かいスープでも作っておきますか」
そっと扉を閉めて、私はそう呟いた。




