奴隷の烙印
◆ ◆ ◆
「大人しく座っていろよ?」
ギルに解放されたムムとロロはカウンターの席にちょこんと隣同士で座った。逃げないように見張るためか、ギルが威圧的なオーラを纏って彼らの真後ろに立っている。
——たぶん、この子たちはもう逃げないと思うけどなぁ……。
でも、やっぱり三人はちょっと似てて親子みたいに見える。私の動きが気になっている様子で尻尾をゆらゆらと揺らす仕草までそっくりだ。
「なに食える?」
「なに作る?」
ムムとロロの言葉が重なって、ごちゃっと聞こえたけれど、たぶん、出てくる料理のことを言っているのだろう。
「甘口クジラ型カレーです」
「「クジラ……?」」
私が料理名を言うと、ムムとロロの声が被った。
「知りませんか? 大きな海に住んでいるんです。形は出来上がってからのお楽しみ」
「「お楽しみー!!」」
二人がすぐに大きなまん丸の瞳をキラキラと輝かせるものだから、私も楽しくなってきた。ひとまず先に楽しませてもらいます。
「それでは作っていきます。ちょっとだけ時間をくださいね」
私は二人……いや、三人にニコッと笑い掛けた。
さて、では、子供用の甘口カレーを作っていこう。
本当はカレー粉を使って、一から作りたいけれど、前世でもその経験はなく、知識がないので冷蔵庫の力を借りて、市販の大人用の甘辛カレールーを応用していく。
まず、フライパンで豚挽肉を少ないオリーブ油で炒める。
そこに野菜を入れていくのだけれど、今度のお茶会でクッキーでも焼こうと思って、相談に行ったら武器加工屋のおじさんが型抜きを快く作ってくれたので、それを使った。
にんじんは星形にじゃがいもは崩れてしまうかもしれないけれど、一応ハート型に。
玉葱は小さめにカット、つぶつぶなコーンはそのままで。
これをすべてフライパンで炒め終わったら、それを鍋に移して、水を入れて普通に大人用のカレーを作っていく。
量が多く作れたので、大人用のカレーも分けて残しておく。これにはガラムマサラを入れて辛さを足しておいた。
子供用のカレーに戻り、牛乳と生クリームを入れコトコト煮る。ヨーグルトを使う人も多いけれど、個人的にはあまり酸味を足したくないので、この二つで。
これで、まろやかな子供用のカレーは出来上がった。
盛り付けをしていくのだけれど、子供用の料理の醍醐味はここからだ。
丸いカレー皿っぽいお皿の真ん中に小さなお椀で白いご飯をパカッと開けて、ドームのような形を作る。
それから、小さな、ほんとに小さな三角のおにぎりを作って、ハートの形になるように一辺の中央を凹ませる。
クジラの尻尾になるようにドームにハートをくっ付けて置く。
頭にカニカマの白いところで噴水のような潮吹き部分を表現し、目にはスライスチーズと海苔を使った。
この周りにカレーを注いで甘口お子様クジラ型カレーの完成だ。
「出来ました。やけどしないように、ちゃんとふーふーするんですよ?」
あまりこの店に子供は来ないけれど子供用のカトラリーもあるので、私はスプーンをムムとロロに手渡した。
——不味いって言われたらどうしよう……。小さい子の舌は敏感だって言うしなぁ。いや、ダメダメ、そういうとこがダメなとこ。
「「いただきます」」
挨拶までぴったりで、さすが双子ちゃんだなと思う。毛の色が二人とも一緒だったら私には見分けられないかもしれない。
「どうぞ」
私がニコッと笑ってあげると二人はスプーンをグーで持って、カレーを一口パクリと食べた。瞬間
「「わぉーん!!」」
と二人で遠吠えをし始めた。スプーンの持ち方も教えてあげなきゃ、と別のことを考えていたものだから、私はとてもびっくりしてしまった。
「うまい!」
遠吠えをやめて、スプーンを上に突き上げながらムムがそう言い
「まいまい!」
ロロがそう言った。
——可愛い! 天使!
私は心の中で悶えていた。
「おれっちにんじん嫌いだけど、食えるぞ!」
「ぼっくんも嫌いだけど食べる!」
自分の作ったものを美味しいと言って食べてくれて、苦手なものまで一生懸命にチャレンジしてくれて、胸が熱くなる。
元夫と結婚したあと、いつか自分も子供を持って……、なんて真剣に考えていた時期が私にもあった。子供のために色々な可愛い料理を作るんだ、って。
でも、叶わなくて……。
「なんで泣いてるの?」
「おれっちたち悪いこと言った?」
二人にそう言われて、私はまた自分が涙してしまっていることに気が付いた。
「ううん、美味しいって言ってもらえて嬉しいの……」
手で涙を拭いながら答える。美味しいという言葉は魔法の言葉だ。その言葉が意識せずに人の口から出たとき、私はとても幸せな気持ちになれる。
そんな幸せに浸っていたとき、急に店の扉が開いた。
「お前たち! こんなところに隠れてやがったのか!」
口ひげを蓄え、緑の昔の貴族服みたいなものを着た五十代前半の男性が店の中にズカズカと入り込んできたのだ。おそらく、彼は奴隷商人で、ムムとロロを探していたのだろう。
「すみませんが、開店時間はまだなんです」
正体は分かっているけれど、迷惑そうに言ってやる。奴隷商人の声を聞いて、危険を察知したのか、ムムとロロはすでにギルの後ろに隠れていた。それでも少しずつ耳や尻尾が見えている。
「いいや、この店にもあんたらにも用はない。そいつらをこっちに渡してくれないか? そいつらは奴隷で、大事な商売道具なんだよ。渡してくれたら大人しく出ていくから」
ギルの後ろを指差しながら男は困ったような顔で言った。
——奴隷……、道具……、ムカつく。
男の発言に苛立って、私はすぐにカウンターの中から出て行こうとした。でも、それより先にギルが口を開いた。
「俺の子供たちに何か用か?」
彼も相当怒っているようで、とてつもない殺気を感じる。ムムとロロがギルの服の端を握りながらこちらを振り向くので、「大丈夫」というふうに私は黙って頷いた。
「あんたの子供……? いや、そんなわきゃねぇ。そいつらは俺の商売道具だ」
奴隷商人もまったく引く気を見せない。今までにも危ない状況はたくさん切り抜けてきた、という感じだ。
「一体、どこを見ている? あんたの目は節穴か? 俺にもこの子供らと同じものがついているだろう?」
ギルの手が動いて、自分の獣の耳を指差す。
「あんた、そりゃ本物か?」
「偽物がこんなふうに動くか?」
そう言いながら、獣の耳や尻尾を勢いよく動かしてみるギル。尻尾が後ろにいるムムとロロにちょっとだけ当たったけれど、撫でる程度だった。
「うーむ。ならば、奴隷の証明を確認させてもらおう。なに少し額を見せてもらうだけだ」
奴隷商人がニヤリと笑ったのが私の位置からも見えた。彼はそれが決定的な証拠だと知っているのだ。
——まずい、さすがに奴隷の烙印を見られたら言い訳出来ない……!
そう思ったのに、ギルは
「ああ、確認してみればいい」
自信満々にそう言ってしまって、どれだけ力持ちなのか、ムムとロロを片腕ずつで抱き上げた。ここで私が何かを言ってしまえば逆に怪しまれる。だから、私は事の行く末を黙って見守ることしか出来なかった。
意地悪な笑みを浮かべている奴隷商人がムムとロロに近付いていく。ギルの肩を掴む小さな手から、とても恐怖を感じているのが分かった。本当は今すぐにでも止めてあげたい。でも、我慢しなければ……。
「ほら、ここに烙印が」
二人の前髪を手で上げて、男が言った瞬間、私は終わったと思った。でも、男の様子はおかしかった。
「なんだ? どういうことだ? ポーションを飲んでも消えないはずの契約魔法の烙印が、消えて無くなるだと!?」
驚きを隠せない様子で男は焦ったような顔で言った。どうやら、烙印も私の魔法では傷と判断されたらしくカレーを食べたことによって治療されたようだ。
「何か証明されたか?」
ギルが冷たい口調で尋ねる。
「い、いいや?」
どうにも出来ない、お手上げだ、という表情が罰が悪そうに後ろを向く。そして、男は店を出ていくまで「おかしいなぁ……」と小さく呟いていた。彼は諦めるしかなかったということだ。
「ムム! ロロ!」
一瞬で緊張の糸が切れて、私はギルに抱えられたムムとロロのもとに駆け寄った。
「良かった、もう大丈夫ですよ?」
二人の頬に手を添えると、「「うわあぁあん!」」とどちらも大声で泣き始めてしまった。こんなに小さいのに、泣かないように我慢していたのだと思う。
「よしよし、よく我慢しましたね」
なぜだが、今日初めて会ったばかりの二人がとても愛おしくて、私はギルごと二人をギュッと抱きしめた。そして、気が付くと
「ギル、私、この子たちの面倒を見ます」
とギルの顔を見上げて私は宣言していた。
「子供の世話ばかりで婚約者の俺のことを忘れるなよ?」
「え?」
それは子供に嫉妬しているのですか? とびっくりしているとギルは
「冗談だ」
と付け足した。
——ギルが、冗談を……?
それも驚きだ。あのギルが冗談を言うだなんて。
「ギルだって、婚約者である私のこと忘れないでくださいね?」
面白そうなので私も言わせてもらった。
「……?」
「冗談です」
私が笑うと、ギルもふっと笑った気がした。




