エラ、どうしてギルなんだ?
さっきと同じ赤いラベルのエールだった。
——やっぱり、私は……。
「大根が良い感じに茹でられたので、ベーコン巻きも作りますね」
レオリオのほうは見ず、私は鍋の中でグツグツいっている大根を見ながら言った。
「ああ、楽しみにしてるよ」
彼の返答を聞いて、私は大根を鍋から取り出し、水気を切った。
それに長めのベーコンを巻いていく。
次にフライパンをコンロにセットして、ちょっと多めにオリーブオイルを入れる。
そして、ベーコン巻いた大根をそこに並べて、中火でパリパリになるまで焼く。
美味しい香りのする煙がとても出るので、裏口を少し開けて換気する。
焼き上がったら醤油をフライパンのフチに垂らして、胡椒などでアクセントをつけて出来上がり。
「これも熱いので、気を付けて」
大根のベーコン巻きを四つ白い平らなお皿に盛り付けて、私がフォークとナイフと一緒に差し出すとレオリオはそれを受け取って、すぐに「美味しいそうな香りがするね」と言った。
ベーコンのこんがり焼けた香りに勝てる人はいるのだろうか?
「いただきます」
香りに食欲を刺激されたのか、彼は間髪入れずにフォークで大根を刺し、ナイフを使わずに囓りついた。
「これは……! なんてジューシーなんだ! 水分が多いから味が薄いんじゃないかと思っていたけど、ベーコンの塩味でちょうど良い! これが味の黄金比か!」
「喜んでもらえて良かったです」
黄金比なんて、今どき、食レポリポーターも言わないことを言うレオリオがとても微笑ましく思えた。
——そうだ、私にとってレオリオは……。
「エラ……!」
私が頭の中で答えを導き出していると、突然、レオリオが勢いよく立ち上がった。
「エラ、どうしてギルなんだ? 僕じゃダメなの?」
カウンター越しに、海みたいな、空みたいな、そんな綺麗な瞳と視線が合致する。
「レオリオ……」
私が口ごもってしまうのは、本当は自分の気持ちに気が付いているのに、私が一方的に悩んでいるから。〝彼〟の気持ちが分からないから。
「自慢したくて言うんじゃないが、僕はいずれこの町の長になる男だ。生活も安定していて、町民からの信頼もある。でも、あいつは、ただの騎士で、君が困っていても何も出来なかったじゃないか。アルジャーノン様に怯えるなんて……。——エラ、僕は君のことが好きだ。僕なら君のことを守れる」
「違う」
レオリオの言葉を聞いて、私は無意識に、そう口にしていた。
「え?」
彼の動きが止まる。
私が悪いのだ。婚約者がいるから、とか、そんな言い方をするからズルい。誰かを傷つけないように、とか、自分が傷付かないように、とか、私はずっと逃げていたのだ。私は気付いている。
レオリオは頼れるようで、なんだか抜けていて、真っ直ぐで、見ていると微笑ましくて……彼は私にとって、兄妹、または姉弟みたいな存在なんだ、と。恋愛にはならないのだ、と。
私の視線の先にいるのは、いつも〝ギル〟で——
「レオリオ」
私はここでレオリオに言わなければならない。
『分かってるんだ、言わないで』
こちらに向かって右手を伸ばしながら、レオリオが心の中でそう言っているのが分かった。でも、私は言葉を続けた。
「私はあなたと——」
突然、私の言葉を止めるような出来事が起きた。倉庫のほうから、スッと気配が動いて、私を横に引き寄せたのだ。
「ギル……」
そう恨めしそうに呟いたのはレオリオだった。気が付くと、私は人間に戻ったギルに真正面から抱きしめられていて。
——人間に戻るために、わざわざ療養所まで試作のフルーツティーを取りに行ったんだ……。
「俺の婚約者に手を出すな」
これは私の思い違いだろうけれど、まるでこの状況はギルがレオリオに私たちの姿を見せつけているようだと思ってしまった。
「エラのピンチにも出てこられなくて、本当に婚約者なのか?」
それでもレオリオは諦めていないようだった。彼が今、どんな顔をして私たちを見ているのか、私には分からない。見えない。
「エラ、婚約者として、お前を守れないことを不甲斐なく思う」
私たちは本当の婚約者ではない。ギルは別にそんなことを気にする必要はない。これからだって、彼が私を守れないときは何度もあるだろう。それなのに、彼は
「すまない」
と私の耳元で謝った。
私は、そう思っていた。彼が謝った理由は私を守ることが出来ないからだって。
でも、それは違うことに気付かされる。
「ギ、ル……?」
ギルの大きな両手が優しく私の頬に触れ、彼の唇が私の唇に——。




