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物語が始まってしまった


「取引だ。俺の手伝いをしてほしい」


 ジッと彼が私の瞳を見つめてくる。キリッとした彼の瞳は金色に近くて、ちょっと、ほんのちょっとだけ吸い込まれそうなほどに綺麗だと思ってしまった。


「私に何の手伝いをさせようとしてるんですか?」


 もしかして、彼は私に何か悪いことをさせようとしているのではないだろうか。例えば、……例えば……、今は何も思い付かないけれど。


「ああ、言ってなかったか。——俺は……この国の第二王子だ」


 さらっと言われ過ぎて、一度、彼の言葉は私の耳をただ通り過ぎていった。でも、ギルは王子だって言ってた気がした。


「はい? 王子って、あの王子ですか? 王様の息子の?」

「何を言っているんだ? それ以外に何がある?」


 私のおかしな問いに飾ることなく、ギルは言ってのける。


「はいぃぃい!?」


 もう大混乱である。だって、こんなに簡単に一国の王子様に道端でばったり……道端ではないけれど、自分家の庭で会うなんて思わないではないか。


「俺を犬にしたのは第一王子のアルジャーノンだ。自分が王になるためには手段を選ばないあくどく危険極まりないやつなんだが、外面が異常に良い。国民は全員あいつに騙されている。だが、あいつが王になると奴隷制度が強化されたり、人権問題、税率の引き上げ、その他にも王優先のルールになって色々と大変なことになる。まあ、幸いにも王はまだ健在だ。すぐに次の王を決めるということにはならないだろう」


 私の反応はスルーして、彼は淡々と語った。


 第一王子ということは、普通はギルの兄ということになる。それなのに、弟のことを犬にするなんて、どんな神経をしているのだろうか。私には到底想像出来ない。しかも、すぐに王が決まるわけでもないのに、芽を摘むなんて。


「それで私にどうしろと?」


「どうやら俺にはまだ犬の魔法が残っていて、自分の意思に関係なく突然犬に戻ってしまうときがある。それを解除出来るのはお前の料理だけだ。完全に解除されるまで料理を作ってほしい」


「あの……」


 せめて美味しいからとか付け足してもらえたらやる気が出るんですけど、と言おうとしたら、彼が続いて口を開いた。


「それと、アルジャーノンを王にしないために国民の支持を集める必要がある。だが、俺はあいつほど人と接するのが上手くない。第二王子は国民の前に出る機会もなく認知度もない」


 どう話せば良いのか悩んでいるのだろうか、そこでギルの言葉は止まってしまった。表情に出ないので分かり難い。


「つまり、何が言いたいんですか?」


 ジッと見つめられていても私に人の心を読む能力はない。痺れを切らしてこちらから尋ねることになった。


「——ただ、俺が国民の支持を得るための手伝いをしてもらいたい」


 さっきは途中で止まったくせに、ギルの今の言い方はそれが簡単なことであるかのような言い方だ。


「私はどうしたら……」


 そんなことを言われても、と困ってしまう。王子様という存在と会うのも初めてだというのに、人を王様にする方法なんて知っているわけがない。もっと具体的な計画はないのだろうか? と思ったのに彼は


「お前はお前のままで居てくれたら良い」


 とだけ言った。こういうところがいけないのだと思うのに、それを指摘する時間がなかった。なぜなら……


「エラ! エラァアアア!」


 屋敷の方からお義母様の金切り声が聞こえてきたからだ。それが徐々にこちらに移動してくる。


 けれどギルは落ち着いた様子で私の手を離し、黙々とけんちん汁を食べて、一言「美味かった」と言った。


「エラ! ちょっとエラ!」


 ついにお義母様が小屋の前まで来たようで扉をドンドンと叩いてくる。あまりにもこちらが扉を開けなければ、彼女は自分から扉を開けて中に入ってくるだろう。でも、今開けるとギルが見つかってしまう。


「どうしよう……、え?」


 私が悩んでいると、ギルが椅子からスッと立ち上がって、あろうことか自分から扉の方に近付いていくのが見えた。


「俺と取引すると言え」


 扉のノブに手を掛けて彼は言った。まるで脅迫みたいなのですが、ちょっと一方的ではありませんか? と思ってしまう。


「待って、あなた側の取引材料って何なんですか? まだ何も聞いてないんですけど」


 私側の取引材料が魔法を解除し傷を回復する料理と彼を王にする手伝いをすること。ならば、彼側の取引材料は一体何なのだろうか?


 彼と見つめあって数秒後。


「偽装婚約だ。お前をこの家から出してやる」

「あ……」


 どんな狙いがあるのか、彼はそんなことを言いながら自分から小屋の扉を開いた。


「エラ! ——……あなた、一体どなたですの?」


 お義母様は目の前に現れた背の高いギルのことを見上げて目を丸くしていた。まあ、扉が開いて見知らぬ殿方が居れば、みんな普通はこの反応をするだろう。それなのに、彼は突っ立ったまま何も話そうとしない。


「あの、お義母様、この方は……」


 慌てて、私は飾りの笑みで彼の横に並んでみたけれど、何も言葉が浮かばない。


「エラ、説明なさい。その方は一体何者なのですか? 獣の耳に尾っぽまで、魔物の一族では? そんなけだものを部屋に連れ込むだなんて一体何を考えているの! 私たちの部屋に紅茶も持って来ないで、遊んでばかりいて!」


 お義母様はカンカンに怒った表情で早口にまくし立てた。でも、彼も私も聞いていなかった。


「するのか?」


 彼が私を見て、淡々と問う。


 もう失うものは何もなかった。ただ、この家から、この人たちから離れたかった。


「……します」


 私も淡々と答えた。瞬間


「きゃっ」


 突然、彼に肩を抱き寄せられ、ドキリとする。見上げた先の彼の視線は真っ直ぐにお義母様の方に向かっていて……


「今、この娘と婚約した。俺が貰っていく」


 物語が始まってしまった——。

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