紺色のリボンは?
◆ ◆ ◆
次の日、シルバの予想した通り、昼間のうちにアルは町に来ず、コーリングバードが飛んでくることはなかった。昼間の営業を普段通りに終わらせ、少し休憩したあとに夕方からの営業準備に入る。
店の中には普段通り、マーカスとイマリアが居て、すでにすべて説明しておいた。まあ、多分、国の第一王子であるアルが町の人のためにあるこの食堂に来たりはしないだろうけれど。
「ギル、多分大丈夫でしょうけど、何があっても下には下りてこないでくださいね? あの人がその姿のあなたのことを知らないといっても、バレない可能性がゼロではないんですから」
階段を上がり、そこに居た犬のギルに私は言った。今回はもふもふなんてしている場合ではない。
『エラちゃんのご飯が食べられないってのは少々可哀想だが、これでギルが生きていることをアルに悟られることはないだろう』
シルバの提案は、ギルが犬のまま食堂の二階に居ることだったのだ。彼は「犬が食堂に居るのはあまりイメージが良くないが、居住スペースなら大丈夫だろう」とも言っていた。階段上すぐに居るのはアルの様子を伺って、もしものときにすぐに動けるように、だそうだ。でも、正直、そんなことはあってほしくない。
「マーカス、イマリア、店を開けましょう」
「おう」
「ええ」
日が沈み始めた頃、私たちは魔法の食堂ver.夜を開店した。途中でコーリングバードが燃やされているとも知らずに……。
◆ ◆ ◆
「ん? 珍しいな、レオリオがいないなんて」
開店と同時に異変に気が付いたのはマーカスだった。店がやっているときは大抵開店時にやって来るレオリオが、今日は来ていなかったのだ。
「まさか……」
——彼は次期町長だから、町に来たアルの案内をしているんじゃ……。
そう思って、私は二階への階段を駆け上がった。
「ギル、誰からかコーリングバードは飛んできましたか?」
そこに行儀良く座っていたギルに尋ねる。けれど、彼は首を傾げただけだった。どうやら、誰からも連絡は来ていないみたいだ。なら、今日はもうアルはこの町に来ないのかもしれない。
レオリオはああ見えて、ちゃんと自分の役目を全うする人だから、今日はたまたま忙しかっただけかもしれないし……。
「エラ、料理を頼む」
「はい、今行きます」
お客さんが次々に入ってきたらしく、マーカスに呼ばれ、私は「ここに居てくださいね?」とギルに再度言い聞かせて下に下りた。
そして、普段通りに定番のおつまみを作り、冷蔵庫が出してくれたお酒と一緒にお客さんに提供した。テーブルはほとんど埋まり、店内は良い感じに酔ったお客さんたちで賑やかだったが、そこで一つの問題が起こる。
「どうして今日は紺色のリボンしてないの?」
酔っ払った常連の男性に私が絡まれてしまったのだ。カウンター越しにトロンとした瞳に問い掛けられる。
「今日は気分ではなかったので」
ニコッと笑って、私は冷静にそう答えた。けれど、本当はもしものときを考えて、今日はギルのリボンを着けずにただの黒いリボンを着けていたのだ。
「どうして? いつも着けてるじゃん。似合うんだから、リボン着けてよ。着けたの見たら大人しく帰るからさ」
かなり酔った状態で男性は全然引こうとしない。
いや、あなたがくれた物ではないでしょう、とも言いたくなるけれど、どうして、こんなときに騎士の一人や二人が店に居ないのか、と思う。いつもなら、休憩を兼ねて誰かしら来るのに。
でも、このままリボンについて騒がれて、変にギルのリボンが目立っても困る。
「分かりました。着けてきます」
私は一旦オーダーを切りの良いところまで片付け、マーカスとイマリアにお酒類のことは任せて自分の部屋に入った。そして、アルは来ないと思うけれど、ギルのものだとバレないように、刺繍が入っている部分が隠れるよう、紺色のリボンを髪に編み込んだ。
「……っ」
部屋を出ると綺麗な金色の瞳と視線が合う。横を通る度にギルの頭をもふりたくなるけれど、我慢して下に下りた。
「これでどうでしょう?」
「うん、良いね。やっぱり似合うよ。満足した。金もテーブルに置いたし、帰る」
私が目の前でくるりと回ってみせると、男性は満足した様子で店から出て行った。
「お気を付けて」
——良かった。お金もちゃんと払ってくれたし、暴れずに帰ってくれた……。
扉の前でホッとしていると、数秒もしないうちに、また扉が開いた。
そして、とある人物が姿を現す。




