迫る宿敵、アルジャーノン
さらっとした金色の髪にギルと同じ金色の瞳、アルのその颯爽と歩く姿は、まるで絵に描いたような王子様だった。どこに居ても目立つような、生まれながらにして王子、という感じである。
私は町人たちがするように頭を下げ、アルが横を通るのをジッと待った。そして、彼が少し遠ざかってからイマリアとマーカスと共に、すぐに自分たちの町、グローリエスに戻った。
内心、私はとても焦っている。
なぜなら、短期間ではあるが城の周りに異変がないかアルが自分の目で見て回っている、と隣町の人が話しているのを聞いたからだ。
町の人々は「公務が忙しいのに、こんな辺鄙な町まで……、なんとお優しい」だとか「さきほど向こうで町への寄付をされていたらしいぞ、アル様が次期王になれば、この町はもっと豊かになりそうだ」などとアルの表向きの顔に見事に騙されていた。
アルは王の座のためにギルを殺そうとしたというのに……。
そんな彼が今、この町に迫っている。ギルが生きていることに気付こうとしている。
——なんとかして、ギルが生きていることを隠さないと……!
「ギル! ちょっと良いですか?」
アルがこの町に来たという噂はまだ回ってきていない。夕方、私は町の警備をしていたギルを見つけ出し、真剣な表情で詰め寄った。
「ついに来たか」
私の顔を見た瞬間に何かを悟ったらしい。ギルは冷静な口調でそう言った。
「ギル、どうするつもりだ?」
一緒に居たシルバも同じことを察知したらしい。難しい顔をして腕組みをしている。
「コーリングバード」
シルバの問いには答えず、ギルは何かの魔法を使った。すると、彼の手元から真っ白な紙の鳥が六羽ほど飛び立ち、バラバラの方向に飛んでいった。
——もしかして、紙の鳥でアルが来るのを確認するつもりかな?
私がそう思っていると、なにやら何人かが駆けてくる足音が聞こえてきた。
「ギルバート様、お呼びですか?」
現れたのは髪の色も瞳の色も違う、十歳から十五歳くらいの子供たちで、六人とも普通に町の子といった格好をしている。彼らは一列に並んで、真剣な表情でギルの顔をジッと見つめた。
「この子たちは?」
私が尋ねると、答えてくれたのはシルバだった。
「流れ者の子供たちで、町で盗みなんかをして生活していたんだが、その被害に遭って困っていた町人たちに依頼されて騎士団が捕まえたんだ。だが、ギルは子供たちを放ったらかしにしないで衣食住の世話をしてる。その代わり、たまにちょっとした仕事をしてもらってるってわけだ」
彼が説明してくれている間、ギルは一切表情を変えなかった。無愛想な金色の瞳が口を開く。
「お前たちに頼みたいことがある。アルジャーノン第一王子のことは知っているな?」
「はい」
緊張した空気の中で子供たちが一斉に返事をする。
「奴がこの町に入るのを確認し、動きをコーリングバードで報告してもらいたい。やってくれるか?」
「はい、ギルバート様のためなら」
右手を自分の胸に当て、彼らは集まったときと同じように散り散りに駆けて去っていった。私よりもいくつも下の子たちがとても凜としていて格好いいなと思ってしまった。でも、一つ気になることがある。
「彼らも魔法が使えるのですか?」
コーリングバードは魔法であって、一般人には飛ばせないのでは? と思ったのだ。
「ギルを始めとして色んな騎士があいつらの教育をしてる。大人になってから、仕事に困らないようにな。だから、言ってみれば、あいつらはある意味エリートなんだよ」
自分たちの力で子供たちが成長していくのが嬉しいのか、シルバはまたニヤリと笑っていた。彼が一番子供みたいに無邪気に思える。
「エリート、すごいですね」
「エラちゃんもすごいぞ?」
「ありがとうございます」
私が褒めるとシルバはこちらのことも褒め返してくれた。彼はそういう優しい人なんだと分かってはいるけれど、照れ臭くなる。
「ギル、そんな怖い顔で見るなよ」
ジッと私たちのことを見つめるギルの肩をバンバンと強く叩くシルバ。
けれど、ギルはそれに関しては何も言わず
「これで準備は整ったな。あとは奴が来て、去るまで身を隠すしかない」
と淡々と言い、またコーリングバードを何羽も飛ばしていた。おそらく、アイディール騎士団のみんなに伝達を行ったのだろう。
「ギル、私は何をすれば良いですか? 何か出来ることは?」
みんなが頑張っているのだ。私にも何か協力出来ることはないだろうか、と思う。
「普段通りでいてくれ」
「え……」
——私に出来ることはない、ってこと……?
感情の見えない表情で、何も特別なことは頼まれなくて、私は不安になってしまった。
「アルに関わらずにいてもらいたい。お前を奪われると困る」
金色の瞳が私を見つめている。
——あ、そういう……。
彼の返答の意味を私が理解したときだった。
「ギル、物みたいな言い方をするもんじゃないぞ? 他に言い方ないのか? だから、いつも心無い人間だと勘違いされるんだぞ? ちゃんと言えよな」
正義感の強過ぎるシルバが、ギルに無茶ぶりを始めました。
「そうか。なら……」
「い、いえ、大丈夫です。ちゃんと分かりましたから」
ギルが何と言ってくれようとしていたのか気になったけれど、予想していなかったことを言われるほうが怖くて、私は彼の言葉を遮った。
「まったく、エラちゃんはギルに甘いよな。ま、そういうとこも好きだけど」
シルバがやれやれといった表情をしたあと、ニコッと私に笑い掛けた。こんなときに、そんなことを言うのは彼なりに私の緊張をほぐそうとしてくれたのだろう、と思う。
——人タラシの爽やかスマイルが眩しい……。
「それより、王族が暗い夜に町間を移動することはねぇだろう。この町にはギルドもねぇし、目立つ有益なもんもねぇから後回しにされる可能性がある。アルの到着は明日の夕方か? な、ギル……?」
真剣な表情になってシルバが隣を見たとき、その変化はすでに起きていて、私は彼が話している間もどうしようか、と悩んでいた。
そう、ギルが犬になっていたのだ。
金色の瞳が不満そうな顔でシルバのことを見上げている。
「エラちゃん、すまないがギルに何か……、いや、待てよ? アルは、その姿のお前を知らないんだよな?」
犬になったギルを見下ろして、シルバは何かを思い付いたように言った。




