ギルバートの危機
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ちょうど回復治療の出来る〝もの〟を持ってきていたので、ギルや騎士団のもとに駆けつけようとも考えたのだけれど、私が行っては別の意味で足を引っ張るだろうし、彼らが集中して戦えなくなると思い、結果、私は町から一歩出たところで待つことにした。
『隣町との間で大型のイノシシに似た魔物、ボイダーが大量に出現しているらしい。突進されて直撃すると魂が抜けてしまうと言われている。まあ、実際に魂が抜けるわけではないが、衝撃で脳をやられるのか目覚めなくなる危険な魔物だ』
シルバの話を思い出して、みんながちゃんと無事に帰ってくるか心配になり、右に行ったり、左に行ったり、ウロウロしてしまう。
やっぱり、これをシルバに持っていってもらえば良かったのだろうか、と私がカゴを見つめて溜息を吐いたときだった。
なんだか、森の中がざわつき始め、それが次第に近付いてきて、私はそれが人の足音や話し声だと気が付いた。
——帰ってきた!
「ギル! シルバ! みなさん、ご無事ですか!?」
声を掛けながら一歩、二歩、と進むとギルやシルバの率いるアイディール騎士団の全貌が見えてきた。
見た感じは大きな怪我を負った人はいないみたいだけれど、大丈夫だったのだろうか?
「エラちゃん、待っててくれたのか? 大丈夫、みんな無事だよ」
シルバが笑顔で私に手を振りながら、そう言ってくれてホッとした。ギルは特別言うことはないのか、無言である。こんなときでも、この人は無愛想なのか、と少し笑ってしまいそうになる。でも、良かった……。みんな、ちゃんと帰ってきてくれた……。
緊張が解けて、少し力の抜けた身体で彼らのもとに歩き出す。
でも、それは叶わなかった。
急に私の横にあった茂みから何か大きなものが、すっくと立ち上がったと思ったら、間髪入れずにこちらに突進してきたのだ。一頭のボイダーだった。勝手に四足歩行だと思っていたのだけれど、ボイダーは二足歩行で頭はイノシシ、身体は筋肉質の人間のようだったのだ。
気が付くと、それは右肩からタックルするように私に迫っていた。
「エラ!!」
すべてがスローモーションに見える中で、ギルが私の前に立ちはだかり、すんでのところでボイダーの突進を受けたのが分かった。その凄まじい衝撃は地面を伝って、私にも感じ取れた。しかし、ギルの手には重厚な剣があって、直撃ではなかったのだと気が付く。
そして、ボイダーはすぐにギルの炎魔法を纏った剣によって、切り倒された。
「大丈夫か?」
振り向いたギルは剣を鞘に仕舞いながら私にそう問い掛けた。いつもと変わらぬ感情の読みにくい表情だ。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます……」
控えめに私がお礼を言うと、ギルはふっと安心したように微笑んだ気がした。でも、
「そうか……——」
そう呟きながら、彼の身体は私の目の前でゆっくりと横に倒れていった。
「ギル……!? ギル!」
私は慌てて地面にドサリと倒れたギルのもとに駆け寄った。見てすぐに分かる。彼に意識はなかった。
「おい、ギル! ——剣で防いだんじゃねぇのかよ?」
シルバも駆け寄ってきて、ギルの身体を仰向けにし、彼の状態を確認している。騎士たちも駆けてきて心配そうにギルの顔を覗き込んだ。
「シルバ、これをギルに! ……あ、でも、どうしよう、液体……」
私は持ってきた例のものをカゴごとシルバに渡した。
ギルに頼まれて私が最終的に作り出したものは、自分で干したドライフルーツで作るフルーツティーだった。これなら、日持ちもするし、今まであった不味くて効果の薄い緑のポーションより美味しく飲める。
そして、私の回復魔法は愛情を込めて調理をすることによって発動するらしい。ということは、これだけでも効果は出るはずなのだ。
でも、今の私はとてもパニックになっていて、意識のない人間にどうやって液体を飲ませれば良いのか、案を思い付けなかった。
そんな私に代わって、シルバは冷静に判断し、何かを思い付いたのか、カゴから取り出したフルーツティーの瓶に自分の上着を巻き付け始めた。そして、彼は
「エラちゃん、ちょっともったいないが、この瓶から中身を下に垂れ流してくれ。瓶に巻いた俺の上着は絶対に外さないように」
と言いながら瓶の蓋を開けて、それを私に手渡してきた。
思考の上手く働いていない私はシルバに言われるがままに彼の上着ごと瓶を手に持ち、逆さにして中身を地面に向けて流した。
「よし、そのまま。——アイスチェックブロック」
ドボドボと流れ出すフルーツティーに両手を翳し、シルバは魔法を掛けた。
すると、フルーツティーは流れ出したままの形で瓶の中まで一気に凍りついた。その形は、まるで紅茶の剣みたいになっている。そして、シルバが瓶に自分の上着を巻いたのは凍結によって私の手に被害が及ばないようにだった。
「このままギルの腹に刺して、紅茶の凍化を解く」
私の手から剣のようになったフルーツティーを受け取り、シルバは真っ直ぐなグリーンの瞳で言った。
「——!」
私を含め、騎士団一同は驚きのあまり言葉を失い、「団長、正気か?」と言った者まで居た。それを受けてか否か、シルバが続ける。
「と、言いたいところだが、それだとあまりにもエラちゃんの料理に対して失礼だし、なによりギルが可哀想だからな、小さく割る」
そう言って、先の方の細く凍った部分を彼は手で簡単にパキンと割った。
「エラちゃん、俺がギルの上半身を支えて座らせるから、こいつにこれを食わせてやってくれ」
再度、私の手に戻ってきたフルーツティーは小さな氷の塊になり、まるでべっこう飴のように見えた。
「分かりました」
何かを考えている暇はない。少し落ち着きを取り戻した私はシルバをジッと見つめて頷いた——。




