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これは知り合いの話なんですけど


 ◆ ◆ ◆


「これから作るのは、ほわほわパンケーキの手作りベリーソースかけです」


 キッチンの台に材料を並べながら、私は長い料理名を言い切った。材料は薄力粉、卵、グラニュー糖、ベーキングパウダー、牛乳、今朝作っておいたベリーのソースである。あればホットケーキミックスでも可。


「ほわほわ? エラさん、パンケーキといえば私の中ではカチカチで口の中の水分をすべて持って行かれるほどポソポソしているイメージなのだけれど?」


 たしかに私もこのレシピを知る前はぺったんこのポソポソパンケーキを作っていたけれど、イマリアは今までにどんな酷いパンケーキを食べたのだろうか、可愛らしい顔が苦痛そうに歪んでいる。


「大丈夫です。きっと、イマリアはびっくりしますよ」


 隣に立つイマリアに泡立て器を手渡して私は言った。


「まずはこれを混ぜてください」


 先に卵黄、牛乳、薄力粉、ベーキングパウダーの入ったボウルをイマリアに渡して混ぜてもらう。


「分かったわ」


 そう返事をして、彼女がやる気満々で混ぜてくれている間に冷えた卵白を卵二個分用意する。本当は一個分だけど、二個分使うとさらにほわほわになる。


「出来たわよ」


 難しいのはこれからだけれど、生地のほうをちゃんと混ぜられて自信満々なイマリアが可愛い。


「ありがとうございます。では、次はこれを混ぜてください。一気にグラニュー糖を入れるとべちゃっとしたメレンゲになってしまうので、三回に分けていれます」


 卵白二個分が入ったボウルと綺麗な泡立て器を渡して、今度はメレンゲを作ってもらう。べちゃっとしたメレンゲだと今までパンケーキとあまり変わらない〝ぺったんこ〟のものになってしまうので注意。


「こう、かしら?」


 そう言って私の顔をチラッと見るイマリアはメレンゲを作るのが上手だった。


「良い感じですね。ちゃんと角が立ってます」


 メレンゲがしっかりしていると角が立つ。


「二つを合わせましょう。そう、下からすくうように」


 せっかくほわほわしている生地全体を潰さないように二つのボウルの中身を混ぜる。


「これで生地は完成です。焼いていきましょう」


 コンロにフライパンをセットしながら、私はイマリアに言った。


 実は焼くときもちょっとコツがある。


「フライパンに薄く油を塗って、生地を落とす感じで乗せます。それから沸騰したお湯を少し流して、蓋をして弱火で蒸し焼きします」


 普通なら、ただ焼くだけなのだが、このパンケーキは蒸して焼いていく。


 イマリアは私の言う通りにしながら「もうフライパンに乗ってる段階でほわほわで美味しそうね」と呟いた。すでに食べたい気持ちが出てきているのだろう。


「裏側に焼き目がついたらひっくり返して、また熱湯を足して、蒸し焼きします」


「両面に焼き目がついたら完成なのね?」


 私が言う前にイマリアが正解を導き出した。彼女の言う通り、両面に焼き目がつけば、ほわほわパンケーキの出来上がりだ。


「そうです。どうでしょう?」


「厚みが凄いわ!」


 お皿に移したパンケーキを手に持って、真横から見る彼女の瞳が宝石みたいにキラキラ輝いている。


「ベリーソースをかけましょう」


 私はそっと横からパンケーキにベリーソースをスプーンでたっぷりとかけた。


「パンケーキに合う特別な紅茶を淹れておきました」


 イマリアがパンケーキの焼き加減を見てくれている間に私はカルロスが持ってきてくれたフルーツを適度なサイズに切り、透明なポットに入れて紅茶を注ぎ、フルーツティーを作っておいた。


「わぁっ、宝石箱みたいだわ」


 ポットを覗き込んで、イマリアは声を弾ませた。黄色、赤、オレンジ、黄緑……カラフルでたしかにそう見えるかもしれない。


「さあ、お茶会を始めましょう」

「ええ、喜んで」


 ニコッと笑い合って、私たちはテーブルにパンケーキとフルーツティーをセットした。


「「いただきます」」


 用意したフォークとナイフを使って、パンケーキを一口大に切ったのだけれど、本当はナイフなんて必要ないくらいだった。


 私の前に座っているイマリアがパンケーキを口に運んでいく。


「——んー! ほわほわぁ……! まるで、とろけるよう……、酸味も絶妙……! これは私の知っているパンケーキではないわ! エラさん!」


「ふふっ、もう元のパンケーキには戻れなくなりますよね?」


 彼女があまりにも大袈裟に喜んでくれるものだから、私も思わず笑顔になる。


「このパンケーキならいくらでも食べられそう。で、でも、太ってしまうことくらい分かってるんだからねっ?」


 私は分かって食べているのだと、イマリアが主張していて可愛い。別にそんなこと言わなくても良いのに、とくすりと笑いそうになり、私は堪えた。でも、やっぱり天使みたいに可愛い。


「この紅茶も美味しいっ、香りがとても良いのね」


「さらに食欲が出てしまいますよね」


 このパンケーキとフルーツティーの組み合わせは一度知ってしまうと本当に逃れられなくなる。レオリオの言葉を借りると〝悪魔の食べ物〟なのだ。いや、天使の食べ物だろうか?


「ふぅ……」


 パンケーキを食べ終えて、イマリアは満足げに一息ついた。フルーツティーのカップを持ち、一時的に動きが止まる。ちなみに、ちゃんと、先に焼いたマカロンも美味しくいただいた。


「これにアイスクリームを添えたら美味しそうね」


 空になったお皿を見て、イマリアが思い付いたように言う。もちろん、アイスクリームも生クリームも合う。けれど、私たちだけではそれは実現出来ない。


「そうですね。時間があるか分かりませんが、今度ギルやシルバに頼んでみますか? 彼らにも食べてもらって疲労回復していただく目的も兼ねて」


 甘いものが苦手な男性が多い中で、珍しく、ギルもシルバも喜んで甘いものを食べてくれる。でも、アイスを添えるには彼らの力が必要だ。だから、とても忙しいとは思うけれど、息抜きも兼ねて手を貸してもらい、彼らにも美味しいパンケーキを食べてもらいたい、と思ったのだけれど……


「わ、わわ、わざわざパンケーキのためにそんなことをお願いしたら、きっとダメよ……。——エラさんはギルバートさんに会いたいの?」


 どうしてそんなふうに照れるのか、真っ赤になったイマリアにそう問われて、ハッとなる。


 彼らが忙しいことを知っていて、それでも手伝ってもらおうとしているのは私が無意識にギルに会いたいと思っているから、と言いたいのだろうか?


  ——そんなこと……。


「い、いえ、別にそういうことでは。イマリアも知っている通り、ギルは偽の婚約者ですし……。——あの、イマリアには好きな人がいますか?」


 別に悪気があったわけではないけれど、焦って急に女子トークなんて始めてしまった。


「……! ……す、すす、好きな人くらい、いるわよ!」


 一体、突然何を聞くのよ、という感じで言われた。まあ、当然の反応だ。お互い戸惑いのオドオド合戦である。


「そう、ですか。じゃあ、恋愛ごとに強かったりしますか?」


 恐る恐る尋ねてみる。


「それは、もう、私くらい可愛いければ、恋愛の一個や十個くらい……楽勝よ。友人の悩みを解決したこともあるわ」


 肩に掛かった髪をさらっと手で払いのけて、イマリアは自信満々に言った。


 ダメ元で聞いてみて良かった。イマリアは可愛いから、そうだと思った。


 私はほとんど恋愛というものをせずに結婚してしまったものだから、恋愛というものがほとんど分からない。イマリアなら私が今置かれている状況を客観的に見て、アドバイスをくれるかも。


「あの、これは知り合いの話なんですけど……」


 私はイマリアに最近あったレオリオとギルのバトルのことを誰が誰だか分からないように話して聞いてもらった。


「で、その一緒に住んでいる彼が珍しく毎朝〝今日の予定は?〟と聞いてくるそうです」


 一通りあったことを話して、私は続きを話した。あの日以来、ギルが本当に毎朝尋ねてくるのだ。


「デートに誘いたいのかしら?」


 イマリアはフルーツティーを一口飲んで、そう首を傾げた。


「いえ、彼女が〝家から出る予定はありません〟と言うと、無愛想に〝そうか〟と言って普通に仕事に出掛けていくんだそうです」


 他には何も言わず、ただ仕事に出掛けていく。それ以外も普通だ。


「ずばり……」


 イマリアは答えが出たような顔で私のほうに身を乗り出してきた。


「ずばり?」


 答えが気になって、私も身を乗り出してしまう。


「私でも、まったく分からないわね。彼は一体、何がしたいのかしら?」


 まるでコントの落ちのようにガクッと身体がテーブルから落ちそうになるのを私は必死に堪えた。


「割り込んで求婚してきた男から本当に彼女を守りたいなら、彼女に対して、そんなに冷たくしないわよね? 〝そうか〟の一言だけなんて、彼女のことをただ都合の良い女としてそばに置いておきたいだけみたい。女性の扱い方が物みたいなのよ」


 イマリアの言葉がグサグサと私の胸に刺さる。


 たしかに、ギルはただの偽の婚約者で、それはお互いに分かっていて、ギルが私のことをレオリオに渡したくないのは恋愛感情とかじゃなくて、自分の職務を全うするために必要なだけで、そりゃ、少しは大事にしてくれてるかもだけど……


 ——やっぱり、私って都合の良い女なのかな……?


 ギルはそんな人ではない、と信じようとしているけれど、彼に頼まれたものが出来上がれば、彼は私のことを今みたいに引き留めようとはしないだろう。あんなに必死にレオリオを私から引き離そうともしない。完成すれば、都合の良い女になる。なりたくない。だから、少し、頼まれたもののことを真剣に考えたくなかった。


 でも、〝それ〟は〝今〟このお茶会で自然と出来上がってしまった——。

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