テーブルの上に転がったのは
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食堂に戻ってから、私はすぐ調理に取りかかった。カウンターの向こうから、勉強家のマーカスとイマリアが見ている。本当にとても勉強熱心なので、彼らの腕はどんどん向上していっている。たまにこうやって見られていると私の気も引き締まるというものだ。
さて、今回作るのはやわらかほろりな豚の角煮。
まずはコンロにフライパンをセットする。
油はなしで、カットした豚バラブロックを強火で焼いていく。こんがりと焼いていく。
脂が出たら捨てて、かぶるくらいの水を入れて、ねぎと生姜を入れて茹でる。肉を柔らかくするために必ず水から茹でる。
三十分茹でたら、鍋にお肉を移動して、水、醤油、みりん、砂糖、料理酒を入れて煮込んでいく。
クッキングシートなどで落とし蓋をすると良いのだけれど、ここには無いので、鍋よりちょっと小さめの蓋で代用。
お酢を入れるともっと柔らかく仕上げることが出来るけれど、老人は酸っぱいものでむせてしまうことがあるので、今回は使わない。
とろみがつくまで煮込んだら、出来上がり。
「「おー!」」
私が落とし蓋を取ると、ルビーのような瞳をキラキラと輝かせて、マーカスとイマリアがパチパチと拍手した。とても可愛らしい兄妹だ。とても照れ臭い。
「時間が無かったら片栗粉でとろみをつけても良いんですよ?」
二人にはじゃがいものデンプンである片栗粉のことも説明してある。こう言えば分かるだろう。
「なるほど、勉強になった。客用だとは分かっちゃいるけど、とても美味そうだ」
「感謝するわ、エラさん。たまにはお菓子講座なんてものもやってくれて良いんだからね」
二人でいっぺんにしゃべられて困った。多分だけど、マーカスは自分も食べたいと言ったのだと思う。イマリアはお菓子講座がどうのこうのって……。
「二人とも、お客様との用事が済んだら、ゆっくりお話ししましょう。あとで角煮も味見してくださいね」
私の聞き取ったことは間違っていなかったらしい。私がそう言うと二人は納得したように、キラキラとした瞳で休憩のために一度家に帰っていった。
それから、どのくらい時間が経っただろうか、店の外で荷車を転がすカラカラという音と共に
「おー、腰が痛い痛い、坊ちゃん、年寄りはもうちと大事にするもんじゃぞ?」
「僕はちゃんとクッションを用意したけど、あなたが使わなかっただけだろう」
というレオリオとカルロスの会話が聞こえてきた。
——来た……!
入ってくる前からジッと扉を見ているのも、なんだか変なので、私は無駄にコップを拭くフリをしてしまった。扉が開いて、人が店内に入ってくる気配がする。
「あ、いらっしゃいませ」
ちょっと不自然ではあったかもしれないけれど、私は顔を上げて二人を見た。
「カウンター席にどうぞ」
目の前の席を手で差して案内する。でも、私の配慮が足りなかったみたい。
「嬢ちゃん、足腰の悪いこのわしを歩かせるつもりか?」
もともと皺でいっぱいの顔を不機嫌そうにさらに皺くちゃにしてカルロスは文句を言った。
「あ、すみません、お好きな席にどうぞ」
私がそう言うとカルロスは杖をつきながら、扉から一番近いテーブル席に座った。その向かいにレオリオが困ったような顔で座る。
カウンター席のほうがすぐにお皿とかフォークを出せるから、少しでも待たせることがないと思ったのだけれど、確かに歩くのが大変な人はカウンターまで来るのも億劫か。
「それで? 何を作った?」
杖を壁に立て掛けてカルロスは、つまらなそうに言った。まだまだ食べられないと思っているようだ。無駄足とも思われていそうである。
「豚の角煮です」
料理名を言いながら、グラスに入った水を二人の前に置く私。
「豚の角煮? それはやわらかいのか?」
疑ったような視線が私に刺さる。
「口に入れればほろりとほぐれます。今、お持ちしますね」
慌てず、でも、適度に急いで、私は白くて艶のある深皿に豚の角煮を盛り付けて、二人のところに戻った。
「熱いのでお気を付けて、どうぞ」
二人の前に角煮を置き、フォークと、多分必要のないナイフを並べる。さて、どうなるだろうか……。カルロスはなんて言うだろうか……。
私が心配しながら、そう思っているとカルロスはあろうことか「いただく」と言った途端にフォークで刺した角煮を口に放り込んだ。
「う……っ!」
数回噛んで飲み込んだように私からは見えたのに、カルロスが急に苦しみだした。
「案があるって、もしかしてカルロスに毒を盛ったのかい!?」
——え!?
「い、いえ、私は何も変なものは入れていません。むせやすいお酢も抜きましたし……」
レオリオの言葉に戸惑ってしまう。だって、私は料理を作っただけで……。
「カルロス、水、水を!」
口を押さえて悶えるカルロスの横に移動して、レオリオが慌てたように水の入ったグラスを差し出す。しかし、カルロスは水を飲もうとしない。そして、コロン、カタンッとテーブルの上に何かが数個転がった。
——カルロスの口から……!
「カルロス! 歯が! ——エラ、試練をクリア出来ないからってなんてことをしたんだ……!」
テーブルの上に転がったのはカルロスの口に唯一残っていた歯たちだった。黄色く変色しているのは元からだろう。
「いえ、あの……、ですから、私は毒なんて盛ってないんです。そのお皿から食べましょうか?」
私もあなたと同じくらいびっくりしているところだ。そちらが良ければ、カルロスのお皿から角煮を一つ食べて証明してもいい。
「毒じゃないのか。じゃあ、この肉が相当硬いんだね? ——いや、やわらかいな。フォークで潰しただけでほぐれる。なら、なんなんだ?」
私の発言から毒ではないとは思ってくれたのか、今度は自分の皿を引き寄せて、フォークで角煮を潰すレオリオだったけれど、それも違うと分かって、困惑と申し訳なさの入り交じった表情で私を見た。
——ごめんなさい、私にも分かりません。
思わず、肩をすくめてしまう。
「あれ?」
そう言ったのはレオリオだ。どうやら何かに気が付いたらしい。私も数秒遅れてそれに気が付いた。




