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ねぇ、エラ?


「すみません、夜はお店開けてなく——……お義母様」


 シルバに呼ばれて店の中に戻ってみると、そこに居たのはお義母様と二人のお姉様だった。綺麗な余所行きのドレスを着ていて、がちっと私の表情筋が固まる。


 ——お客さんって、お店の客じゃなくて、私のだった……。


『この国では、婚約の決まった者を引き留めてはいけないことになってる。〝まあ、一度だけはな〟』


 今になって、ギルの言葉を思い出した。もしかして、もう私を連れ戻しに来たのだろうか? 


「そんなに緊張しなくても良いじゃないの、エラ。私たちはあなたの様子を見に来ただけよ」


 お義母様がそう言うと、お姉様二人も「そうよ、そうよ」と口々に言った。でも、まったく信用出来ない。


「あなた、このお店で料理をしているそうね。私たちにも何か食べさせてちょうだい」


 店内を見回しながらお義母様が言う。まるで品定めをしているようだ。マーカスとイマリアが居なくて良かった。彼らにはこんな失礼な義母の態度は見せられない。誰が何と言おうと、この店は最高なのだ。


「様子を見に来たんだから良いでしょう?」

「なあに? ダメなの?」


 私が動けないでいると、お姉様二人がカウンター席に勝手に座りながら、そう言った。


「いえ……分かりました」


 あまり黙っていても、この店を私が嫌々やっていると思い込まれるかもしれない。そう答えるしかなかった。私は彼女たちのもとに戻りたくない。


「大丈夫か?」


 冷蔵庫に食材を取りに行くと、ギルが追ってきて心配してくれた。シルバはお義母様たちが変なことをしないか見張ってくれているらしい。


「怪しいですが、下手に刺激すると逆に変なことを言い出して暴走しそうなので、取り敢えず、料理を出します」


 本当は今すぐにでも帰ってもらいたいところだけれど、仕方がない。様子を見に来たというのならば、私が料理を満喫しているところを見れば黙って帰るだろう。まあ、普通ならば。


「後ろのテーブルに座っている」

「ありがとうございます」


 ギルは先に倉庫から出ていって、店の扉近くのテーブルにシルバと座った。


 ——さて、今からすぐに出せるものといえば、明日の朝にみんなで食べようと思っていたこれだ。


 私はキッチンに戻り、冷蔵庫から取り出してきた両手鍋をコンロにセットして、魔石で火を着けた。


 この鍋の中にはロールキャベツが入っている。


 一度冷やすことによって味が染みると昔、学校の家庭科の授業で習ったので、鍋のまま冷蔵庫に入れておいたのだ。


 再加熱することによって、キャベツがとろとろになる。


 作り方は簡単。


 まずは大きなキャベツの葉っぱを作りたい分だけ用意して、芯の部分を包丁でカットする。


 つぎに、タネを作っていくのだけれど、今回は二種類の挽肉を用意してみた。鶏挽肉と豚牛合い挽き肉である。


 つまり二種類のロールキャベツが出来るわけだ。


 まず、どちらにも入る玉葱をみじん切りにする。


 鶏挽肉のほうには玉葱、はんぺん、卵、牛乳、塩、胡椒を……、合い挽き肉のほうには玉葱、パン粉、卵、牛乳、塩、胡椒を入れて混ぜる。こねる。


 タネを俵型にするのだけれど、真ん中に反則技のとけるチーズを入れる。


 出来たタネを下ゆでしたキャベツの葉っぱで綺麗に包んで、鍋に並べ、水とコンソメで煮込んでいく。


 塩、胡椒で味を整えて出来上がり。お好みでケチャップも。


 コトコト煮込んだ鍋の中からコンソメの良い香りがしている。きっと、お肉と野菜の旨味がコンソメースープに上手く染み出ているだろう。


「ど、どうぞ」


 私はとろとろになったロールキャベツを一種類ずつお皿に盛り、恐る恐る三人の前に差し出した。少しでも高級に見えるように、今回は青い縁取りのスープ皿に盛ってみた。


「これは?」


 お義母様が訝しげな表情でお皿の中を見つめている。たしかに、初めて見るとロールキャベツは得体の知れない緑の地味な料理かもしれない。


「とろとろロールキャベツです。お好みでこちらもどうぞ」


 私は小さなココットにトマトのケチャップを入れて、カウンターに置いた。


「いただくわ」


 お義母様がフォークとナイフを持って、上品にロールキャベツを切り始めると二人のお姉様も同じように切り始めた。


「「わぁ……っ」」


 二人のお姉様は声を揃えて、とろけ出てきたチーズに感激しているようだった。


 ——やった、上手くチーズがとけて出てきた!


 ふんわり香るチーズの匂いがコンソメの香りに混ざって、さらに食欲を刺激してくる。本当は私も食べたい。


「う~ん、美味しい。この白いのは何のお肉かしら?」


 お義母様は先に鶏肉のほうのロールキャベツを食べたようだ。切った断面をジッと見つめている。怖いです、お義母様。


「鶏肉です。赤いのは豚と牛の合い挽き肉です」


 聞かれる前に私はもう片方のロールキャベツの中身も種明かしをした。


「鶏はパサパサしてるイメージだったのだけれど」


「特別な繋ぎを入れているので、なめらかになるんですよ」


 ——はんぺんという繋ぎをね。


 鶏肉のほうにだけ入れるのは油分が足りなくてパサパサしてしまうと思ったからだ。豚肉が入っていれば十分な油分が出る。


「美味しいわ、エラ」

「エラ、腕を上げたわね」


 お姉様たちはそんなことを言うけれど、あの家に居るとき、私は彼女たちにはいつも、この世界にあるものでそれなりに良いものを適当に作って出していたのだ、それはこのロールキャベツが美味しく感じられるだろう。強かに生きていたのよ、エラは。


「あり、がとうございます」


 心の中で涙ぐみながらガッツポーズを掲げ、現実の私は微妙なお礼の言葉を口にした。


「この赤いのを掛けると、また違った味がするわね」

「飽きないわ、何個でも食べられそう」


 ケチャップを掛け、残りをたいらげていく姉二人。その横で、お義母様は口元をハンカチで上品に拭いながら、「ねえ、エラ?」とニコッと笑った。

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