自然に笑えた日
「あの、イマリア? ご飯も食べませんか? アイスだけじゃお腹は満たされないでしょう? 良ければ作りますが」
アイスは凍って固まっているとはいえ、もとは液体だ。すぐにお腹が減ってしまう。それに、血色は良くなってもまだ全快では無さそうだ。
「良いの?」
キラキラとした瞳が空っぽになったボウルから私の方に向いた。男性陣はやっぱり食べたかったのだろうか? 空っぽになったボウルを見つめている。時間があったら後で作ってあげようと思った。
「ええ、店の方で作って持ってきます。材料が向こうにあるので」
市場で材料を買ってきて、こちらのキッチンを借りても良いのだけれど、どうしても使いたい材料が冷蔵庫の中に入っているのだ。店のキッチンで作って、小走りでもってくればそんなに料理も冷めないだろう。
「私が行くわ」
気付いたときには、ボウルを手に持って、イマリアはベッドから一人で下りようとしていた。白い寝間着のワンピースが可愛らしい。
「え? イマリア、大丈夫なのか? 二ヶ月も寝たきりだったのに……」
マーカスがボウルを受け取って、心配そうに声を掛ける。
「大丈夫よ、私を誰だと思ってるの?」
自信満々に自分の元気さをアピールしながらイマリアが立ち上がり、マーカスの肩に手を掛けて、一歩を踏み出した。
「きゃっ」
マーカスの心配が的中し、イマリアは前に倒れそうになった。あっ、という顔をしたマーカスを置いて、彼女を抱き留めたのはマーカスの隣に居たギルだった。
「あ……、み、みみ、身支度をするのだから、お兄ちゃんたちは出て行ってちょうだい!」
耳まで真っ赤になり、今になって髪や服が外に行く状態ではないことに気が付いたらしいイマリアはギルの身体を押しのけ、声を大きく張り上げた。
——ふらついてても、行く気は変わらないんだ?
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけギルの行動が気になったけれど、私はそう思った。女の子が倒れそうになったら、紳士は助けようとするわよね、普通、と思うことにした。
一部真顔の人間を除いて、苦笑いを浮かべた男性陣は部屋から出ていった。そして、私はイマリアの身支度を手伝った。エメラルドグリーンのドレスを着てほしくて、私はそのドレスを褒めまくった。
結果、彼女はそのドレスを選び、お人形さんみたいに可愛らしい美少女が出来上がった。赤い髪と緑のドレスがベストマッチしていて、とても可愛い。
「じゃあ、今から作りますね」
冷蔵庫から出してきた材料をキッチンに並べて、私はカウンターに座るイマリアに宣言した。マーカス、ギル、シルバは後ろの席に座っている。
これから作るのは庶民派たまご雑炊だ。生米から作るたまご粥を作ろうと思ったけれど、時間が掛かるので今回は雑炊である。胃腸が弱ったときとか、風邪を引いて寝込んだときに食べる定番料理ということは、前世で、ほとんどのみんなが知っていた。姑には安っぽいとか言われたけれど。
本当にとても簡単で、まずは水に和風だしを入れて、沸騰させる。
この時点でもうすでに良い香りがする。
そこに炊いたご飯をいれて、再度沸騰するのを待つ。
くつくつ煮込んで、ご飯をやわらかくする。
好みのやわらかさになったら、沸騰しているところに溶き卵を入れる。
底からすくうように軽くまぜながら塩で味を整える。
けれど、今回はスペシャル食材を使うので、塩は控えめで。
「それは何?」
「梅干しです。私が作りました」
雑炊を木のお椀に盛り付けているときにイマリアに尋ねられて私は答えた。
雑炊の上に添えた塩味強めの梅干し、これが私がどうしても使いたかった食材だ。これは私の手作りだから、どこにも売っていない。たまご雑炊に梅干しの塩味と酸味は最高の組み合わせなのだ。
「さあ、どうぞ。熱いのでやけどに気を付けて」
そう言いながら私はイマリアの前にお椀を置き、木のスプーンを差し出した。
雑炊に興味があるのか、ギルもシルバもマーカスも、いつの間にか移動してイマリアの両側から見ていた。
「いただきます」
イマリアはスプーンで雑炊をすくって、ふうぅっと息を吹きかけた。その姿が天使すぎて、ここにカメラというものがあったら連写していただろう。私は大型犬も好きだけれど、可愛いものも好きなのだ。
私とマーカス、そして、ギルとシルバが見つめる中、イマリアは慎重に雑炊を口に運んでいく。
「ふわぁあっ、美味しいっ、すっごく優しい味がする! でも、でもでも、この赤い実……、梅干し? が良い感じにアクセントになってて、どんどん食べられちゃう!」
言葉にした通り、イマリアは、ふうぅ、ぱくっ、ふうぅ、ぱくっというのを繰り返し、すぐにたまご雑炊を食べてしまった。見事な食べっぷりだった。
「美味かっただろ? 愛情こもってただろ? 店の面倒、このエラが見てくれてたんだぞ?」
落ち着いたのを見て、マーカスが自慢げに言う。
「美味しかった……お店、残してくれてありがと」
イマリアの口から、お礼の言葉がぼそりとこぼれた。兄であるマーカスを始め、私たち全員に向けられた言葉だった。チラチラと全員に目配せをしていたから、みんなも分かったと思う。
「ま、元々あんまりお客さん入ってなかったけど」
ツンも忘れない、ツンデレの鑑である。でも、昨日来たお客さんが、みんな、初めてのような顔をして入ってきた理由が分かった。本当にお客さんは今まで少なかったらしい。
「こちらこそ、ありがとうございます。住むところも仕事も探していたので……でも、あの、そういえば、イマリアが元気になられたのなら、私たちはここを去ったほうが良いのでしょうか?」
私はマーカスに問い掛けた。
たしかマーカスは「妹の看病に専念したいから、暫く……」と言っていた。イマリアは元気になったのだから、私たちは店をやる必要がない。寧ろ、二人の邪魔になるかもしれない。
「いや、是非、続けてくれ。俺は本当に料理が上手くないんだ」
「そうなのよね、私も」
マーカスが言うとイマリアも頷いた。
「でも、手伝うから、俺に料理を教えてくれ」
「そうね、手伝うわ、私にも教えてちょうだい」
また頷く。兄妹、仲が良くて本当に微笑ましい。
「私で、良ければ……」
ルビーの瞳が私のことをジッと見ている。緊張してしまう。
——どうしよう……、やっぱり、いいやと言われたら……。
『あなた、本当に何も出来ないのね。味も薄いし……、やっぱり何もしなくて良いわ』
前世、姑にそう言われたことを唐突に今思い出して私は不安になってしまった。
でも……、そんな心配はいらなかった。
「君が良いんだ」
「あなたが良いのよ」
二人は身を乗り出しながら、私に言ってくれた。私は何を恐れていたのだろう。
「ありがとうございます。嬉しいです。美味しいもの一緒にたくさん作りましょう」
私はニコッと自然に笑っていた。笑えていた。




