まさかのツン! デレ!?
◆ ◆ ◆
マーカスと妹のイマリアが住んでいる一軒家は、店からツーブロックほど先にあった。ギルとシルバに「アイスハミング」を掛けてもらいながら、早歩きで到着し、家の中にお邪魔させてもらう。
イマリアは一階の奥の部屋、そこに置かれたベッドの上で眠っていた。血色の薄い顔……、髪が赤いから余計に肌が白く見える。見た目年齢的にはマーカスと一個か二個しか歳が離れていなさそうだ。
「本当に良くなるのか?」
私がベッド横の椅子に座るとマーカスが心配そうに尋ねてきた。私からははっきりとしたことは言えない。だって、まだ病は治したことがないから。
「なるはずだ。俺も足を治してもらった」
シルバが言うとギルも黙って頷いていた。まだ二人は「アイスハミング」を掛け続けてくれている。
「起こしても良いですか……?」
イマリアを勝手に起こすわけにはいかない。私はちゃんとマーカスに確認した。
「ああ」
決心したようにマーカスは深く頷いた。
「イマリア?」
眠っているところを起こすのは可哀想だけれど、毛布の上から優しく肩をトントンと叩いて起こす。
「うぅん……」
小さなうめき声を漏らしながら、イマリアは目を覚ました。髪の色に似たルビーのような瞳が私をうっすらと見る。
「イマリア、初めまして、エラと言います。あなたに元気になってもらいたくて、アイスクリームというものを作ってきました。冷たくて甘くて、口の中ですぐに溶ける美味しいデザートなんですよ」
彼女が出来るだけ不安にならないように、私は笑顔でアイスクリームの紹介をした。甘い香りもしているし、これなら、ちょっとは食べてみようと思ってくれるはず……
「い、ら……ない、わ……」
「え……?」
詰まりながらもイマリアの口から放たれた冷たい言葉が私の動きを止めた。
「どうしてだ、イマリア? 病気が治るかもしれないんだぞ?」
マーカスが私の隣に来て、イマリアの手を握る。彼はまだ笑顔を忘れてない。イマリアを安心させようとした私と一緒か、それとも、自分の感情に負けないためか。
「無理……」
彼女の目はマーカスを見ていない。天井を見て、諦めているようだった。
「イマリア」
「無理、よ……わた……し、どうせ……死……ぬ、の」
諦めて、涙を流して、マーカスの呼ぶ声に小さく首を振る。彼女の病状はかなり悪いらしい。
「イマリア、生きてくれよ。お前がいないと俺も生きているのがつらい。いいや、もうつらいんだよ……」
ついにマーカスの表情が崩れ始めた。ルビーのような瞳から大粒の涙がこぼれ出す。ずっと、ずっと我慢してきたんだよね、きっと。
「おにい、ちゃ……笑って……」
「笑えない……。もう笑えない……。お前が生きてくれないと、俺は笑えない……っ」
イマリアの手を両手でギュッと握って、マーカスは顔を伏せてしまった。イマリアはその姿を見て、乾いた唇をきゅっと結んだ。
「お願い、イマリア。一口で良いの。食べてもらえませんか?」
ギルが持ってくれていたボウルからアイスクリームを一さじだけスプーンですくい取って、私はイマリアの口元に持っていった。
「……っ」
イマリアは口をきゅっと閉じたままだ。
「もしかして、怖い?」
私がそう口にすると、マーカスがハッとなって顔を上げた。
「……イマリア、むせるのが怖いのか? 大丈夫、俺がついてる。イマリア、頑張れ、勇気を出すんだ」
誤飲とか、そういうときにむせるのはとても苦しい。ただ喉が乾燥してむせるのとは違う。その恐怖はなったものにしか分からない。
「……」
コクリとついにイマリアが頷いた。
「ゆっくりね」
私はスプーンをイマリアの口元にあて、ゆっくりとアイスクリームを彼女の口に入れた。
「すごい、むせてない」
そう言ったのはマーカスだ。温かい口の中で固形と液体の間になるからか、奇跡的にイマリアはむせずにアイスを食べることが出来た。
「おいし……」
イマリアが微笑んだ気がした。そして、彼女は目を瞑って動かなくなってしまった。
「イマリア? おい、イマリア!」
マーカスが妹の名前を必死に叫ぶ。私たち三人も心配になって、彼女の顔を覗き込んだ。
反応がない。
「イマリア!」
もう一度、マーカスが妹の名を叫び、今度は彼女の肩を揺すった。
「味を噛みしめてるのよ、邪魔しないでちょうだい!」
ぴしゃりと響くイマリアの怒声。そして
「まあ、エラさんたちに助けてもらったことには感謝するけれど……」
ルビーのような瞳が片方だけ開いて、私を見た。
——まさかのツン! デレ!? しかも、元気になってる……!
よく見てみると彼女の肌は血色が良くなっていた。また人を一人救えたこと、そして、味を噛みしめるほど自分の作ったものを美味しいと思ってもらえたことに対して、私は嬉しくなった。
「イマリア、大丈夫か?」
信じられない、という顔でマーカスがイマリアを見つめている。いつの間にか、涙も完全に引っ込んでいた。
「まだ怠いけれど、不思議よね、お兄ちゃん。苦しくなくなったの。あんなに苦しかったのに」
驚いたことにイマリアは自分から身体を起こして、自分の胸に手を当て、そう言った。
「良かった……!」
ガバッとマーカスがイマリアに抱きつく。
「やめてよ、お兄ちゃん、暑苦しい!」
そう言いながらもイマリアの顔には笑顔があった。マーカスも「すまん、すまん」と言いながら笑っている。二人の本当の笑顔が見られて良かった。
微笑ましい二人を見て、私にも笑みが移る。シルバも達成感を感じた顔で微笑んでいた。そして、傍らに立つギルも少しだけ微笑んでいるように見え……
「エラさん……! その……」
私がギルの表情に釘付けになっていると、突然、イマリアが両手の指をもじもじと絡めながら、私に声を掛けてきた。
「はい? なんでしょう?」
「あの……、そのアイスクリームというもの、まだあるかしら?」
——真っ赤になってて、可愛い……!
私が尋ね返すとイマリアはりんごのように真っ赤になって、照れ臭そうにアイスクリームの在庫の有無を聞いてきた。
「ありますよ、食べられるようだったら全部食べてください」
ボウルを覆っていた布を今度はボウルの下に敷いて、イマリアの膝の上に置いた。水滴が毛布に落ちないようにするためだ。
スプーンを握って、イマリアが目をキラキラと輝かせる。
「いただくわ」
がっと豪快に小さなスプーンにすくって、イマリアは自分の口にアイスクリームを運んだ。
「うーんっ、美味しいぃ」
ほっぺたに片手を添えながらイマリアは分かりやすく喜ぶ。とても可愛らしい。
自分もアイスクリームが食べたいと思っているのか、それとも、瀕死だったイマリアが急に元気になってもりもりとアイスクリームを食べている姿にびっくりしているのか、男性陣はみんな真顔である。
「も、もっと甘い方が私は好きなんだけどねっ」
——出ました、ツン。いえ、そんなことよりも……。




