アイディール騎士団の話
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初日ということで海老チリしか提供出来なかったのだけれど、その匂いにつられて三十人ほどのお客さんが来てくれた。お昼だけでこれだ。初日にしては上出来だと思う。でも、とても一人ではこなせなかった。ギルとシルバが居てくれたから、どうにか……。
「本当の婚約者じゃない!?」
カウンターの席に座ってコーヒーを飲みながらシルバは驚いたような声を出した。ギルが私たちの関係を彼に暴露したのだ。
「どうりでお互いに冷めてると思った」
納得、というふうにシルバが私とギルを順番に見た。
「え? 冷めてます?」
キッチンで洗ったお皿を拭きながら私はシルバに尋ねた。
「本当に好きなら、ギルも俺の首を引っ掴んでエラちゃんから引き離すと思ってさ」
シルバが言っているのは彼が私の手を握ったときのことだ。あのとき、ギルは苛立つようなフリをしていたと思うのだけれど、それでも足りなかったのだろうか? でも、ギルはそんなに感情を表すようなタイプではないし、それで十分だったのでは、と思ってしまう。
「試したのか?」
疑うギルの鋭い視線がシルバに刺さる。
「いや、ほんとにエラちゃんが好きなだけ」
「ふ、二人は古い付き合いなんですか?」
カウンター越しにご機嫌なグリーンな瞳に真っ直ぐ見つめられて、私はドギマギしてしまった。シルバは王子様ではないのだけれど、彼も王子様みたいな容姿をしている。顔面偏差値が高すぎるのだ。
——王子様が二人……。
「そうだ。ギルが小さい頃から俺は世話役として近くにいる。兄弟みたいなもんだな。下手すると本当の兄弟より兄弟らしいかもしれない」
シルバが嬉しそうに話すのを見て、私は見たことのない二人の幼少期の姿を勝手に脳内にイメージした。ムスッとした顔のギルの手を引き、シルバがはしゃいで王城の廊下を走っている様子が容易に想像出来る。
——ちっちゃな美形の二人、可愛い……。
「十八になってギルがアイディール騎士団の団長を任され、俺が副団長になった。それからは大変だった。アルジャーノンが第一王子の特権で王国審議会に参加出来るからって、俺たちに無理難題ばっかり押しつけやがったんだ。ギルの支持率集めを徹底的に邪魔したかったんだな。暇を与えなかった」
「本当に醜い人……」
私は無意識に呟いていた。二人の話を聞いた限り、第一王子は醜く、酷い人だ。でも、ギルもシルバもアイディールの騎士団員も、それに屈しなかった。それだけでも誇れることだ。
「でも、これからは余裕が出来るな。お前は死んだことになってる」
悪戯を思い付いた子供みたいにシルバがニヤニヤと笑っている。
「ああ、ひっそりと周りの町から支持を集めていきたいと思う。正直、何をすれば良いか分からないが」
正体を隠して、国民の信頼を集めていく……無愛想なギルにとってはとても難しいことだ。ただ、彼は根は優しいし、それに何より一人じゃない。
「なら、騎士団を立て直そうじゃねぇか、ギル」
入っているのはお酒ではないけれど、乾杯というふうにシルバがカップを上に持ち上げる。
「はなからそのつもりだ」
珍しく澄ました顔でギルもコーヒーの入ったカップを上に掲げた。そんなときだ。
「あ!」
和やかな雰囲気に流されそうになっていたけれど、私はある重要なことを思い出して、思わず声を上げた。
「どうした?」
ギルが不思議そうな顔で私を見てくる。シルバも同じような顔をしていた。
「あの、ギル……?」
「なんだ?」
何も分からないという顔をしているところ申し訳ないのですが、改めてお尋ねさせていただきます。そういえば
「あなた……、いえ、あなた方……、魔法が使えるのですか……?」と。




