ヘザーの秘密 [クララの視点]
あの謁見の翌日から、私は王女付の侍女として、王宮に出仕している。
侍女としての最初の仕事は、王女様のお茶会で、ガールズトークをすることだった。
元々、王女様の話し相手として王宮に呼ばれたのだから、まさにそこからのスタートだ。
侍女に選ばれたのは六人。王女様と同年代。もちろん、学園でも面識があったし、グループが違っていて話したことはなくても、その人となりはなんとなく知っている。
こう言ってはなんだけれど、王女様は無難な人選をされたのだと納得できる。
爵位も容姿もずば抜けて際立っている者はいないし、学園でも目立っていたキラキラグループからは誰も選ばれていなかった。
いや、あのプリプリ令嬢がたは、侍女職など受けなかったのかもしれないが。
みな、明るくて、気立てが良くて、やさしくて、どちらかというと、性格も控えめでおとなしい人たちばかりだった。
もしかしたら、粗雑……というかお転婆な点では、私が一番、はみ出しているかもしれない。
みなさん、それなりに美しい令嬢ではあるけれど、なんというか地味……じゃなく、色気がない!
そう、みんな決定的に色気がないのだ!
「みなさん、緊張しないで。これからしばらく一緒にいるのだから、早く仲良くなりたいわ」
王女様はくつろいだ感じで、私たちにお菓子やお茶をすすめた。
王宮のお菓子は、それはもう見た目もすばらしいし、もちろんすごく美味。
みな、その美味しさにうっとりして、次第にリラックスしてきたようだった。
甘いもの効果はすごい。
「そうだわ!恋バナ……っていうのでしょう?好きな殿方のことを話すの。あれをしましょうよ!せっかくの女子会なのだから、みなさんの素敵な人のこと、聞かせてちょうだい!」
王女様は初日からグイグイ飛ばしている。
恋バナと言われても、恋人も婚約者もいない私には、ちょっと敷居が高い。
「いきなり言われても困るかしら。そうね、じゃあ、ルイーズ、あなたの婚約者のお話を聞かせて。私の侍女になると聞いて、なんて言っていて?」
ルイーズは公爵家の令嬢で、親戚筋の伯爵令息と婚約していた。
年齡がずいぶん離れているし、家格的にも釣り合いがとれないけれど、貴族はみな政略結婚なので、特に気にするような事でもない。
彼女は当たり障りのない返答をした。
「私が王女様にお仕えできることを、喜んでくださいました。しっかりとお勤めを果たすようにと」
「でも、王宮に来たら会いにくくなってしまうわ。寂しがっていなかった?」
王女様は、少し申し訳なさそうな声を出した。ルイーズは静かに首を振った。
「正式なパートナーが必要なとき以外、個人的に会うことはありませんの。私がいなくても、あまり気にされないと思います」
王女様は「ふうん」と頷いて、カトリーヌに話題を振った。
カトリーヌは伯爵令嬢だが、まだ婚約者はいなかったはずだ。
「恋人はいないの?憧れの人は?」
王女様がくったくなく尋ねられると、カトリーヌはちょっと困った顔をしていた。
それでも、王女の質問に対して失礼にならないように、とても上手に返答した。
「恋というものが、まだ良くわからなくて。でも、どなたかに恋焦がれてみたいと、憧れておりますわ。できれば、婚約者となる方に、恋をしたいと願っていますが」
「それは、誰かに恋をしているのに、別の方と結婚することになったら辛いから?」
「はい、たぶん。恋をしたことがないので、よく分からないのですが」
王女様は少し考えるように首を傾げ、そして優しくこう言った。
「そうね。私たちはみな、政略結婚をするのですものね。夫になる人以外に恋をしないというのは、とても分別があるわ」
「でも、王女様は恋愛結婚でいらっしゃるのでしょう?素敵だわ」
侯爵令嬢のマリアンヌが、おっとりと幸せそうにつぶやいた。五人姉妹の四番目で、個性の強い姉妹に圧されて、なかなか婚約が整わないと聞いたことがある。
「憧れの殿下がどなたと結婚されるかと、実はすごく楽しみにしていましたの。王女様と殿下は、本当にお似合いですわ。昨日のお二人のダンスに、もううっとりしてしまいました」
恋に恋しているというような形容がぴったりの表情で、伯爵令嬢のユリアが言った。
それはしょうがないことだろう。いくら政略とはいえ、ユリアの婚約者は9歳も年下だと聞く。
今はまだ婚約者に恋をする気にはならないだろう。
お二人のダンスは本当に素敵だった。なのに、見ていてなぜか胃がキリキリと痛んだ。
控室でスイーツを食べ過ぎたんだと思う。胃酸過多だ。自業自得だ。
「私とアレクは、恋愛結婚ではないわ。普通の政略結婚よ。王族の宿命みたいなものね。愛する人とは添えないわ」
「それでは、王女様は殿下を愛していないんですか?」
私は自分の疑問を思わず声に出してしまったことに驚いた。
ヘザーがいつものように私の腕に肘鉄を喰らわせ、フォローするように言った。
「そんなわけないじゃないの。王女様は一般論をおっしゃったのよ。政略結婚でも愛し合う夫婦はたくさんいるのよ。そうですよね?」
私はいたたまれなくなって俯いた
確かにヘザーの言う通りだった。王女様と殿下はもう夜を共にしていらっしゃると聞く。殿下はそのために熱心に閨教育を受けていたんだもの。
王女様は、私たちのやりとりを微笑んで聞いていらしたが、ヘザーの質問には答えなかった。
反対に、今度は私へと質問を振ってきた。
「クララはどうなの?ローランドとは」
「彼は幼馴染で。許婚ということになっていますが、正式な婚約者ではないんです」
私達は二人とも婚約者がいないので、今まで便宜上パートナーになってもらっていた。
それでも、情というものは互いにあるとは思う。
「あら。あちらは、かなりクララにご執心に見えたけど?昨夜のコーディネートはすごい執着だったわよ。ねえ、ヘザー?」
王女様に名前を呼ばれたからか、ヘザーはびくっと肩を震わせた。
そして少し遠慮がちではあるけれど、とんでもないことを言い出した。
「クララはモテるんですの。でも、本当に鈍くて。殿方の気持ちにも、自分の気持ちにも疎いんです。振り回される男性が不憫なくらい。豚に真珠みたいなものですわ」
私がいつモテた?殿方って誰? 今、豚って言ったよね?いくら親友でもそれはないよ?
私があんぐりと口を開けて呆然としていると、王女様は声を上げて高らかに笑った。
「そうなの?それは困ったわね。ローランド贔屓のヘザーは、さぞヤキモキするでしょう」
王女が意味深な視線をヘザーに投げので、私はヘザーのほうを見た。ヘザーの顔色は真っ青だった。
「違う!違うよ!私はローランドのことなんて、別になんとも!」
ヘザーは赤くなったり青くなったりしていた。
「そうなの?え、そうだったの?」
知らなかったし、考えたこともなかった。
私は自分がうかつだったことがショックで、つい強い口調でヘザーに詰め寄ってしまった。
ヘザーの好きな人って、ローランドだったんだ!
そう言えば、ヘザーはいつも、ローランドを一番に見つける。どこにいても、誰といても。誰よりも先に。
なんで言ってくれなかったんだろう。別に、望みがない相手ってわけじゃないじゃない? なんで親友の私に隠していたのよ。
「違う違う!あいつは悪友なの!クララも知ってるでしょう?」
知ってるよ。でも、それだけじゃないよね? 違うよね。
ヘザーは両手をブンブンと振って否定している。ことの成り行きに他の令嬢もオロオロして、お茶会の楽しい雰囲気は消えてしまっていた。
そのとき、王女がパンパンと手を叩いた。私もヘザーも我に返って顔をあげた。
「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎたわ。私のせいなのだから、クララも怒らないで。ヘザーのことは単に私の憶測よ」
「も、申し訳ありません」
私はすぐに謝った。
確かに、親友とは言え、何でも話さなくちゃいけない訳でもない。
ましてや、私はローランドの許婚と言われているわけで、ヘザーはきっと、私のその立場に気を使っただろう。
そんなこと、気にしなくていいのに。
「ごめんね、ヘザー」
ヘザーは顔をあげて、頭をブンブンと振った。
「私こそごめん。でも、本当にそんなんじゃないのよ!誤解なの。だから、今の話は忘れて!」
必死なヘザーに、私はうんうんと頷き、他の令嬢がたも「もちろん、忘れるわ」と優しく答えた。
そのとき、王女様がそっと立ち上がったので、私たちも一斉に席を立った。それがマナーだから。
王女はヘザーのところまで行くと、その手をしっかり握りしめ、そのままみんなに向かって言った。
「本当にごめんなさいね。私の思慮が足りなかったわ。お詫びに私の秘密を教えてさしあげるわね。このことも聞いたら忘れてちょうだい」
私たちは何事かと身を固くした。
侍女には守秘義務がある。言われなくても王宮で聞いたことは他言無用だけれど、それを殊更に強調されたのだから。
「私にはアレクじゃなくて、他に愛する人がいるの。身も心もその方に捧げているわ」
あまりにも衝撃的な王女様の告白に、私たちはただただ立ち尽くした。
王女様に秘密の恋人がいる。そして、もうその方とは結ばれていると。
驚く私たちを、王女様はさらに困惑の渦に巻き込んだ。王女様は確かにこう言ったのだ。
「だから、アレクには側室が必要なの。心からアレクを愛してくださる方を探しているのよ」