表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/25

王女の思惑

「一体どういうつもりなんだ!」


 私はつい声を荒げてしまった。


 深夜まで続いた夜会がやっと終わり、セシルは私と部屋に戻ってきていた。


 謁見のすぐ後に、侍女長が目通りを願い出てきた。そして、私の嫌な予感が的中し、今回の謁見の真の目的が判明したのだ。


「侍女を選びたいって言ったでしょう?この先、長いんだから、私にもお友達は必要なのよ。みな、いい娘たちだわ」

「侍女じゃなく、愛妾候補だと報告を受けた。そんな話は聞いていない!」


 王女は大きなため息をつくと、しょうがないわね……というように話し始めた。


「王妃の侍女がお手つきになるのなんて、昔からあることでしょう?あなたの子を産めば正式な側室にもなれる。将来は国母になる可能性もあるわ。次期王の外戚になれるのだから、実家にとっても光栄な話じゃない」

「君はそういうのをよしとする人間じゃないだろう。愛妾を持つことも、なることにも反対のはずだ」


 私は感情を抑えて、できるだけ静かに言った。


 セシルはこんなことを言う人間ではない、ましてや思いつくこともない。

 なぜなら、彼女自身が側室腹で、地位に目がくらんで愛妾に上がった自分の母を、ずっと忌み嫌っていたから。


「私は子が産めないのよ。そう言われたわ。まあ、最初から産むつもりもなかったけれど。人質は私一人で十分だもの。でも、国のためにこの結婚は必要だし、貴方に後継者が必要でしょう」

「本気で言っているのか?私が、君と自分の子を、人質にすると?」

「貴方のことじゃないわ。北方よ。そして私の父」


 隣国の歴代の王は皆が艶福家で、妃と何人もの側室に子を産ませている。

 そして、王女たちを他国の王族や自国の有力貴族に嫁がせ、外戚としての力を奮っている。


「父王にとって、娘は駒よ。他国に嫁がせて、内政に干渉する。それがうまくいかない国は、切り捨てる。北方に嫁いだ姉と姪は見殺しよ」


 王女の顔は深い悲しみに曇ってた。


 何人もいる腹違いの姉妹の一人。私はその王女と面識はなかったが、敵対している北方へ、人質のように差し出されたと聞く。北方では、大国に押し付けられた妃として、冷遇されているらしい。 


「辛い気持ちは分かるつもりだ。だが、この婚約が整えば北方への抑止になる。義姉上も助かるかもしれない」


 王女はふっと鼻で笑った。そして、つかつかと近づいて来たかと思うと、私のシャツの襟を掴んで、グッと自分に引き寄せた。


「甘いわね。北方が歯向かったものを生かしておくわけないわ。知っているでしょう? 気休めはよして」


 僕は襟をつかむ王女の手をそっと引き離し、そしてその手を握った。


「すまない。でも、まだ間に合うかもしれない。そのために、今、こうして私たちは急いでいるんだろう。とにかく、まずは北方だ。子供のことは、後々、考えればいい。実子がいなければ、王位継承権のある者を、養子に迎えればいいだけだ」


 僕はつとめて優しく言った。


 年頃の娘が子が産めないと言われて、それを気にしないわけがない。セシルはきっと傷ついている。


 だから、こんな馬鹿なことを考えついたんだろう。


 そう思っての提案だったが、セシルは首を横に振って、私の手を振り払った。


「アレク、あなたは優しすぎるのよ。あのクララって子を愛しているのでしょう?あの子を見る目が違ったし、彼女からは微かに貴方の魔力が漂っていた。彼女がほしいでしょう?」


 私は答えに迷って、押し黙った。


 セシルがクララの名を出したことにも驚いたが、ほしいかと問われて、心に迷いが生じたからだ。


 彼女を欲するということは、私が自分に課してきた禁忌だった。


「……ほしいと思ったことはある。だが、それを望んだことはない」


 王女は右手で右頬を押さえ、また深い溜息をついた。まるで息子に困らされる、母のような仕草だった。


「貴方が望まなくても、北方は望むわね。政敵の唯一の泣きどころよ。放っておくわけないでしょう」


 それを聞いて、私は思わずセシルの肩をつかんだ。そして、信じられない気持ちで、信じたくない気持ちで、それでも声に出して聞いた。


「まさか、クララが狙われるとでも?」

「本当に甘いのね。本気で愛する者を守りたいなら、もっと行動に気をつけることね。私があれほど熱愛を演じたのに、貴方は彼女一筋。見るものが見れば分かるわ。気がついてないのは、そうね、貴方と、初心な彼女自身くらいかしら」


 セシルは「皮肉ね」と肩をすぼめた。私は全身から血の気が引いたようだった。


 私のせいでクララが危険に巻き込まれる。それだけは絶対に避けたいことだった。


「侍女として王宮に入れば、彼女を守りやすくなるわ。男爵家に置いておくよりは、ずっと警備が堅固だし、私たちの目も届く」

「私の考えが及ばなかったようだ。尻拭いをさせてしまって、申し訳ないと思っている。だが、彼女を側室にする気はないし、それを望んでもいない」


 私はきっぱりと言った。クララのためにも、そんなことはしたくなかった。


 王太子である私が望んでしまえば、本人の意思に関わりなく、クララは召し出され、愛妾にされてしまう。それだけは回避しなくてはいけない。


 王族という立場を利用して、人の人生を縛ることは罪だ。そんなことをすれば、一番辛い罰が下る。


 クララに嫌われて軽蔑される、何よりも耐え難い罰が。


「それなら、いますぐローランド……だったかしら、 宰相の子息。彼とクララを結婚させなさい。彼の子を孕めば、もうあの子の心配はいらないわ。安全なところへ逃がせる。それができるの?」


 僕は頭を殴られたように、目の前が真っ暗になった。


 クララがローランドと結婚する。それはこの先の当然の流れとして、どこかで遭遇することになるだろう。


 だが、今すぐに……というのは、全くの想定外だった。ローランドの子を抱くクララを想像するだけで、心臓が焼かれるようだった。


「無理でしょう。だから、この話はもうおしまい。クララは側室候補として、私の侍女に上げる。貴方には、もう、それしか彼女を守る方法はないわ」


 彼女は手をひらひらと振って、隣にある寝室へと向かった。


 セシルは私の寝室をつかい、私は隣室の予備ベッドで休む。それが私たちの臣下すらも欺く所業だった。


 セシルは寝室のドアノブに手をかけたまま、こちらを振り返らずにこういった。


「それに、あの娘は王族の務めを理解しているわ。私たちの苦しみも悲しさも。貴方を理解して支えられる器がある。あまり見くびらないほうがいいわよ」


 その声には、先程の議論とは違った、不思議な温かさがあった。

 これは確かに私の知っているセシルの言葉だった。


「セシル。君だって叶わぬ恋をしているだろう」


 ドアノブを回そうとしたセシルの手が止まり、彼女はこちらをゆっくりと振り向いた。


「ええ。しているわ」

「本当にこれでいいのか?王女なら他にも……」


 隣国には、他にも王女がいる。セシルが国の犠牲になる必要はない。


「本当にお人好しね。貴方と結婚しなくても、父は私をどこかに嫁がせるわ。一つの駒としてね。そして、そうなったら、私はただ慰み者になって、死ぬだけよ」


 セシルはそう言って微笑んだ。悲しい笑顔だった。


 子が産めない妃は、いずれ淘汰される。彼女はそう言っているのだ。


 だが、その身分も美貌も才覚も、多くの男たちが競って手に入れたがる類のものだ。セシルを邪魔者にして、手にかける男がいるとは思えない。


 それでも、セシルはとても静かに、はっきりと言葉を続けた。


「相手が貴方でなかったら、私はもうとっくに死んでいたわ。他の男に触れられるくらいなら、死んだほうがいい。子供が産めない体でよかったわ。あなたが私を抱かない理由ができたもの。あなたは後継者を得るための義務でしか女を抱かない。あの子以外はね」


 彼女の言葉に、私は黙るしかなかった。


 彼女の見解は正しい。そのことを指摘されて初めて、私はクララへの、自分の執着の深さを理解したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ