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ゴシップ攻防戦 [クララの視点]

 学園が閉鎖した翌日、隣国のセシル王女様との謁見のため、私は王宮に呼ばれていた。


 この王女様は、前々から王太子妃候補として名があがっていた方だった。

 今朝早くに王宮に到着され、すぐにも年齢の近い令嬢たちとの謁見を希望したらしい。


 午前中の早い時間に、令嬢たちに向けて王宮からの招待状という名の召喚状が発送されていた。


 これには拒否権はない。


 謁見の間は巨大な大理石の聖堂のような作りになっていて、正面の祭壇のようになったところに、王と王妃の玉座が設けられていた。


 玉座から入り口まで真っ直ぐに敷かれたレッドカーペッドは、もちろん王族しか歩けない。

 私達一般貴族は、壁際の通路を通って指定された場所に通され。そこで王族のお出ましを待つ。


 私のような下級貴族は、入り口に近くの壁通路側が定位置になる。つまり下座だ。

 もちろん出席者層と招待客人数、パートナーの階級によっても、その位置は微妙に変わるのだけど。


 今日の私は筆頭公爵子息ローランドのエスコートなので、すごく前のほうの上座になってしまった。これで緊張しないほうがおかしい。


「おまえ、今日はなんか栗みたいだな」


 茶色のシックで趣味のいいドレスに、ローランドはとても失礼なことを言う。


 今日は大人っぽくしたかった。アレク先輩に、殿下に、大人な私を見てもらいたくて。


「つーか、野猿?」


 自分こそサル山のボスみたいな人間のくせに!


「化粧、盛りすぎじゃねえ?」


 私はふーっとため息をついた。ちょっと猫の威嚇みたいに響いてしまったのは勘弁してほしい。


 とにかく、ローランドはうるさいし、過保護。こんな兄貴だったら、正直要らないと思う。


「王女様はお前と違って綺麗だぞー。度肝抜かれるなよ」


 ローランドはそっと耳打ちした。


「殿下と並ぶとキラキラしすぎて目も開けられないぞ」


 何度も何度も念を押さなくても、私だってそんなことくらい分かってる。

 殿下にお似合いの高貴な王女様。私がいくら着飾ったって、敵うわけもないってことも。


 会場入口からチリリと澄んだ鈴のような音が聞こえ、みんなが一斉に頭を下げた。私も慌ててそれに倣う。


 今日は国王陛下は不在なので、殿下が王族の代表として、隣国の王女様をエスコートして入場されるのだ。


 足元のカーペットを見ながら、ぼんやりしていると、かすかな衣擦れの音と柔らかくて甘い、いい匂いが漂ってきた。


 あ、これが噂の王女様の香なのか。


 今朝、かなり日が高くなってから、殿下が王女様の移り香を漂わせて、政務にお戻りになったということは、王宮の中ではまことしやかに囁かれる噂らしい。


 お二人はすでにそういう仲なのだと。


 謁見の出待ち時間に、どこかの令嬢がそんなことを話していた。こんな公式の場で、そういうくだらないゴシップを話すなんて、普通ならありえない。

 それなのに、なぜか人に聞かせるように大きな声で話していた令嬢に、私は嫌悪感を抱いた。


 同時に胸にチクリとした痛みを感じたけれど、それには気が付かないことにして。


 上座でお二人が席につかれたのを合図に、臣下が一斉に顔を上げた。私も姿勢を正してお二人のほうを見上げた。


 殿下がこっちを見た気がして、私の心臓が跳ねた。そして、すぐにその理由に思い至って、笑みがこぼれた。


 殿下が見たのは、この髪飾りだと思う。


 大人っぽく結い上げた髪に、差した飾りは一本の櫛だけ。それにアレク先輩からもらったペンダントをうまくアレンジしてつけていたのだった。

 アレク先輩との思い出の品。殿下に、アレク先輩に会うときには、身につけていたいと思う。

 でも、さすがにドレスには合わせられないから、ヘアアクセサリーにしてみたのだ。


 殿下はそれに気がついてくれた。それだけで、私の胸はぎゅっと締め付けられるようだった。


 もちろん、殿下がこっちを見たのは、ほんの一瞬だったと思う。もしかしたら、私の願望が見せた、幻だったのかもしれない。


 謁見前に、王女の来訪目的は友好外交だと告げられた。


 滞在が長くなること。この国の貴族たちと懇意にしたいこと。年齡の近い令嬢と特に親しくしたいと思われていること。


 そんなようなことを聞いたと思う。


 でも、すぐ近くに殿下がいる状況に、私は平静ではいられなかった。何も耳に入ってこない。

 心臓がドキドキする音がうるさいし、ソワソワと上の空だった。


「マクミラン公爵令息ローランド、ベルモンド男爵令嬢クララ」


 自分の名前を呼ばれて、ハッと我に返った。いよいよ、個人謁見が始まる。


 ローランドの差し出した手を取って、私はエスコートされるままに殿下と王女様の前に進みでた。


「まあ。素敵なコーディネートね!二人ともとてもお似合いだわ!」


 コロコロと鈴が転がるような声で、王女様が言う。私は頭が真っ白になって、言葉が出なかった。


 本物の王女様!あまりに綺麗でドキドキする!


「おそれ入ります」


 ローランドがそう言って頭を下げたので、私も慌てて頭を下げた。


「セシル」


 そのとき、殿下が優しく王女の名前を呼んだ。それを聞いて、私はなぜか泣きたい気分になった。


 殿下と王女様がとても親密な関係だと、その声色で分かった。どうやら、あの令嬢が言っていた噂は本当のようだ。


 殿下のお相手は、この王女様なんだ。


「ごきげんよう。これからよろしくお願いしますね」


 殿下の声に応えて、王女は型通りの挨拶をして、謁見は滞りなく終了した。


 謁見が終わると、夜会までに待機できるよう、それぞれに割り当てられた控室に入る。


 私たちが通されたのは、伯爵家以上の令嬢が集められた部屋。私は男爵家なので、家格としてはここカテゴリーには属さない。たぶん、筆頭公爵家のローランドを下の階級と混ぜられないという配慮だろう。


 こういうグループ分けは珍しいのけれど、王女様のご希望だそうだ。家格というよりは、年齢を重視したんだと思う。


「クララ、昨日は大丈夫だった?」


 ヘザーが私を見つけて、駆け寄って来た。


 私は軽くスカートをつまんで膝を折り、彼女の隣にいる伯爵に挨拶をした。ヘザーの兄である伯爵は、妹の親友である私に微笑んで、軽く会釈をした。


「うん。ごめんね。ちょっと飲みすぎた」


 伯爵がローランドと話を始めたので、私たちは飲み物のあるテーブルに移動した。


 昨夜のうちに、私は殿下との、いや、アレク先輩との交流のことを、あらいざらいヘザーに話していた。

 平静を装って話をするには、逆にお酒の力が必要だった。だから、かなりワインを飲んだ。飲みまくった。

 そして、ヘベレケになって帰途についたのだった。


「無事でよかったわ。クララってば本当に飲み過ぎだったわよ」

「うん」

「ローランドにも怒られたんでしょ、殿下のこと」

「うん」


 ダンスの後、テラスに連れ出されて、ローランドに怒られた。殿下には婚約者がいるから、好きになっても無駄だって。

 すごい勢いだったので、慣れている私でも怖いくらいだった。


 でも、そのことをヘザーには詳しく報告しなかった。ローランドが怖かったなんて言ったら、血の海を見る。


 ヘザーは私に対してはやたらに過保護で、そしてローランドに関しては、不必要なほどに厳しい。

 もし話していたら、きっと王宮までローランドを追いかけて行って、蹴り倒していたと思う。


「ローランドがあんたに過保護なのは昔からよ。クララが殿下と踊ったりするから、釘をさしたんでしょ」


 どうしよう。バレていた。まずい。ローランドが危ない。


 そう思って私が目を白黒させていると、ヘザーはくすっと笑って言った。


「クララは、まあそういう、自分には鈍いとこ?それが魅力でもあるんだけどね。それはローランドも分かっていると思うわよ」


 ヘザーが怒っていないので、私はちょっと安心した。よかった。ローランドが命拾いした。


「そうかな。でも、ローランド、今日も相変わらずムカつくんだけど」

「その割には、お互いの色の服なんか着ちゃって、なんかアピってるじゃない?」


 そう言えば、ローランドの髪は茶色で、このドレスの色。ローランドの礼服は紫で、私の瞳の色だ。


 私は王女様の言葉を思い出した。素敵なコーディネートってこのこと?

 それじゃあ、殿下もそう思った?私とローランドがお互いの色を見につけている相思相愛だと。


 いやだな……。


 そう思ったけれど、私はその思考をすぐにかき消した。

 殿下が私たちのことをどう思ったところで、別に何の関係もない。どうでもいいことじゃないの。


「これはマリエルの見立てなのよ。大人っぽくしてってお願いしたの」


 ヘザーは「ふうん」と私の全体を眺めて、そしてにこにこ笑った。


「ローランドもだけど、マリエルもたいがい過保護よね。昨日のパーティーの件で、殿下とのことを色々と言う人がいるから。牽制したんだと思うわ」


 マリエルたちは、メイド独自のネットワークを持っていて、貴族社会であったことはほぼ筒抜けだ。


 そうか。それでわざとこの色のドレスを選んだのか。


 殿下ではなく、ローランドと対であると強調して。悪意のあるゴシップを消すために。


「マリエルも『真実の愛』の愛読者なのよ。うちは出版社にコネがあるから、クララのお屋敷のメイド用にも何冊か差し入れてるの。新刊が出たから、クララも読みなさいよ。あんたは鈍いんだから、あの本で男性の愛の表現を学びなさい!」


 私ってそんなに鈍いのかな。いつもそう言われるんだけど、自分ではよく分からない。


 でも、そうなのかもしれない。


 殿下には王女様がいるのに、ちょっとだけ期待してしまった。それは、私が鈍くて殿下の真意が見えていなかったから。


 殿下の私に対する優しさは、後輩に対する友愛みたいなものだったんだろう。あるいは妹分への家族愛。男女の愛じゃなくて。


 そう分かってはいるけれど、やっぱりこの後のパーティーは出たくなかった。殿下と王女様が一緒にいるのを見るのは、どうしても気が進まない。


 横で『真実の愛』について語るヘザーをよそに、私はそっとため息をついた。


 こうなったら、食べまくろう。私はビュッフェに手を伸ばした。

 そういえば、今日は朝からちゃんと食べてなかったことに、今更ながら気がついた。


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