幕開け
謁見の間に、私たちの入場を告げるファンファーレが鳴り響く。
生き残りをかけた、一世一代の芝居の幕が開く。
今までの人生を、ずっとこんな風に演じ続けてきたというのに、今回だけは失敗は許されないと思うと、全身に緊張が走る。
すべての歯車が噛み合い、あらゆる駒がその役割を全うできなければ、今日の成功は望めない。
会場までの警備は、蟻が入り込む隙間すらないくらい完璧だった。魔法陣での結界も強固だし、容易には侵入できない。
もし外から攻撃されたとしても、時間が稼げればこちらに勝算がある。
だが、会場内はどうか。
警備からも魔術師からも、会場内の異変は報告されていない。今、会場には王宮関係者と招待された人間しかいない。
その中に、内部に、諜報部員が潜んでいる可能性は否定できないが、今のところ会場内から殺気は感じ取れていない。
私の腕を取っているセシルの手が少し震えたので、私は自分の反対側の手をその手に重ねた。
大丈夫。大丈夫だ。私たちはやれる。やり通せる。全員を無事にこの場から帰す。もちろん、私たちも一緒に。
セシルの手の震えが止まったのを合図に、私たちはお互いに微笑み合いながら、ゆっくりと歩を進めた。
この婚約が、両国に強固な同盟関係をもたらすと、誰の目にも明らかでなくてはならない。
私達が、お互いから離れることは決してないと。
皆にそう思わせられなくては、この茶番に意味がなくなってしまう。
セシルを見つめながらも、私はクララの存在を意識せずにはいられなかった。
こんなに多くの人がいる会場なのに、どんな遠くからでも、彼女を見つけることができた。
理屈ではなく、魂が勝手に彼女のほうへ飛んでいってしまうような、そんな感覚と言えばいいのか。
もちろん、それは彼女が、私が送ったペンダントを髪飾りにして、いつも身につけてくれているせいもあるかもしれない。
あれには、私の護りの魔法がかけてあった。彼女の命が本当に危ないときだけ発動する。彼女の身代わりになって砕けるように。
クララは、私が来たのに気がついていた。ファンファーレが鳴る前から、確かに私を見ていた。
シナリオはどんどん先に進み、もうやり直しは効かないところまで来てしまった。
それでも、私はクララを愛している。そしてクララも、私を愛している。
魂が求め合うということ。それは、言葉よりも態度よりも、ずっと簡単に互いの気持ちを伝える。
こうなってみて、それが初めて分かった。
私とセシルは、広間の中央をゆっくりと玉座に向かって歩きながら、臣下に一言二言と声をかけていった。
クララとカイルの前に差し掛かったとき、私は二人に、顔を上げるようにと声をかけた。
クララはゆっくりと頭をあげて、私のほうを見た。
いつもと違う大人びた化粧をしているが、クララはあの夜の愛らしい彼女のままだ。
私が微笑みかけると、いつも照れたように目線を逸らす。
だが、今日はどこか悲しそうだった。まるで迷子になった子供のように、不安そうな目をしている。
今すぐに抱きしめて、大丈夫だと安心させてやりたい。だが、それは許されないことだ。
クララを託すべき相手は、カイルだ。私の腹心の部下。円卓の騎士。彼ならクララを、守りきれるだろう。
「カイル。よろしく頼む」
「心得ております」
相変わらずの無表情で答えるカイルに、私はなぜか嫉妬を感じることはなかった。
だた、その不器用さが、痛々しいと思っただけだった。
カイルは確かに、クララを愛している。そして、誰を憚ることなく、それを伝えられる立場にいる。
それにもかかわらず、クララには伝えていない。
もし、カイルが自分の気持ちをきちんと伝えているならば、クララはこんな顔をしていない。
彼女はカイルが、任務で側にいると思っているのだろう。
私は、クララのそばにいることはできない。ローランドも。カイルだけが、頼みの綱だった。
この難局を乗り切れば、きっとクララとカイルにも、ゆっくりと互いを理解し合える時間が持てるはずだ。
そしていつか、この二人は共に歩く選択をするだろう。
それでいい。クララがこんな不安そうな顔をしなくてすむのなら、私はそれだけでいい。
君が笑っていられる世界を守るためなら、私はどんなことでも耐えられる。
クララが泣くのをこらえるように下をむいた。彼女を泣かせているのは私だった。
私は、それには気づかないふりをして、まっすぐに前へ進んだ。
クララの涙を見るのは、これが最後だ。これからの君が泣かずに済むように。
私には私の戦い方があり、そこから逃げる気はなかった。
父である国王が不在のため、玉座は空席のままにして、私とセシルは王太子とその妃のための席の前に立った。
会場全体に意識を走らせたが、特に不穏な空気も感じられない。セシルも異変を感じ取ってはいないようだ。
これはこれで、逆におかしい。国内には、私たちの婚約に反対するものもいる。
また、国王不在時に王太子である私が国政を摂ることに、反発する貴族がいるもの事実だ。
それはそうだろう。もしも私に二心があれば、今ここでクーデターを起こして、政権交代をすることも可能だ。
祖父や父の代の臣下たちが、それを懸念しないほうが不自然だ。
北方との緊張状態は周知の事実であるが、その最前線となっている辺境の様子は、報道規制が敷かれている。
事情を知らない者たちが見れば、私たちがしていることは、若者の危うい行動だと思われかねない。
「静かすぎるな」
私がそう言うと、セシルが頷いた。
「霧がかかったみたいだわ。人の感情が読みにくい。思念もかすかに妨害される」
会場全体に、なんらかの妨害魔法がかけられている。魔法が微量でさらに拡散されているので、普通なら気が付かれることはない。私たちもレイの忠告がなければ見逃していただろう。
世界広しといえども、そんなことができる魔術師はほとんどいない。シャザードだ。
私の考えを読んだのか、セシルが私の手をぎゅっと握った。私はその手を、強く握り返した。
式次第に則って、順調に来賓たちが進み出て、私達へ挨拶を終えて席へ戻っていく。
これが終われば、いよいよ私たちの婚約発表へと進行する。
全員が定位置に戻ったことを確認し、私はセシルの手を取って、壇上の中央である玉座の前に移動する。
いよいよ、新しい人生が始まる。正妃を愛し、後継を得る。正妃との間に子が出来なければ、国母として問題にならない女性を側室にする。
政略結婚は、私の前にずっと見えていた未来だ。女性は、王家を存続させるために必要な存在だと、だから慈しむべきだと、そう思ってきた。
私は普通の男だし、聖人を気取る気もない。愛がなければ抱けない、なんてこともない。
学園でクララに再会しなければ、幼い頃の初恋なんて、思い出しもしなかったと思う。
ローランドの妻として紹介されるときに、あの女の子がこんなに大きくなったのかと、懐かしく思い出すだけだったはずだ。
学園で、あの丘の上で、私はクララに恋をした。王太子としてではなく、ただの先輩として、彼女と一緒にいると安らげた。
世間知らずだと怒られたり、おぼっちゃま育ちだとからかわれるのも、楽しかった。
彼女の前では、完璧な王子を演じる必要はない。そのままの自分でよかった。
ただのアレクでいられた。頑張らずに生きていけた。
あの夢のように美しい場所。学園の丘も、戦争が起これば、消えてしまうかもしれない。永遠に。
そして、クララの命も。みなの命も。
それだけは絶対にさせない。必ず守ってみせる。それが、私のこの新しい人生で、唯一残された望みなのだから。
そして、私は前へと進み出た。先に進むために。全てが無事に終わることを願って。
だが、運命はいつも思い通りにはならない。よくも悪くも。そう思うことになるのは、もうほんの少し先のことだった。
ー【第二章】 完 ー
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