表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/25

幕開け

 謁見の間に、私たちの入場を告げるファンファーレが鳴り響く。


 生き残りをかけた、一世一代の芝居の幕が開く。


 今までの人生を、ずっとこんな風に演じ続けてきたというのに、今回だけは失敗は許されないと思うと、全身に緊張が走る。


 すべての歯車が噛み合い、あらゆる駒がその役割を全うできなければ、今日の成功は望めない。


 会場までの警備は、蟻が入り込む隙間すらないくらい完璧だった。魔法陣での結界も強固だし、容易には侵入できない。

 もし外から攻撃されたとしても、時間が稼げればこちらに勝算がある。


 だが、会場内はどうか。


 警備からも魔術師からも、会場内の異変は報告されていない。今、会場には王宮関係者と招待された人間しかいない。

 その中に、内部に、諜報部員が潜んでいる可能性は否定できないが、今のところ会場内から殺気は感じ取れていない。


 私の腕を取っているセシルの手が少し震えたので、私は自分の反対側の手をその手に重ねた。


 大丈夫。大丈夫だ。私たちはやれる。やり通せる。全員を無事にこの場から帰す。もちろん、私たちも一緒に。


 セシルの手の震えが止まったのを合図に、私たちはお互いに微笑み合いながら、ゆっくりと歩を進めた。


 この婚約が、両国に強固な同盟関係をもたらすと、誰の目にも明らかでなくてはならない。


 私達が、お互いから離れることは決してないと。


 皆にそう思わせられなくては、この茶番に意味がなくなってしまう。


 セシルを見つめながらも、私はクララの存在を意識せずにはいられなかった。


 こんなに多くの人がいる会場なのに、どんな遠くからでも、彼女を見つけることができた。

 理屈ではなく、魂が勝手に彼女のほうへ飛んでいってしまうような、そんな感覚と言えばいいのか。


 もちろん、それは彼女が、私が送ったペンダントを髪飾りにして、いつも身につけてくれているせいもあるかもしれない。

 あれには、私の護りの魔法がかけてあった。彼女の命が本当に危ないときだけ発動する。彼女の身代わりになって砕けるように。


 クララは、私が来たのに気がついていた。ファンファーレが鳴る前から、確かに私を見ていた。


 シナリオはどんどん先に進み、もうやり直しは効かないところまで来てしまった。

 それでも、私はクララを愛している。そしてクララも、私を愛している。


 魂が求め合うということ。それは、言葉よりも態度よりも、ずっと簡単に互いの気持ちを伝える。


 こうなってみて、それが初めて分かった。


 私とセシルは、広間の中央をゆっくりと玉座に向かって歩きながら、臣下に一言二言と声をかけていった。


 クララとカイルの前に差し掛かったとき、私は二人に、顔を上げるようにと声をかけた。


 クララはゆっくりと頭をあげて、私のほうを見た。


 いつもと違う大人びた化粧をしているが、クララはあの夜の愛らしい彼女のままだ。

 私が微笑みかけると、いつも照れたように目線を逸らす。


 だが、今日はどこか悲しそうだった。まるで迷子になった子供のように、不安そうな目をしている。


 今すぐに抱きしめて、大丈夫だと安心させてやりたい。だが、それは許されないことだ。

 クララを託すべき相手は、カイルだ。私の腹心の部下。円卓の騎士。彼ならクララを、守りきれるだろう。


「カイル。よろしく頼む」

「心得ております」


 相変わらずの無表情で答えるカイルに、私はなぜか嫉妬を感じることはなかった。

 だた、その不器用さが、痛々しいと思っただけだった。


 カイルは確かに、クララを愛している。そして、誰を憚ることなく、それを伝えられる立場にいる。

 それにもかかわらず、クララには伝えていない。


 もし、カイルが自分の気持ちをきちんと伝えているならば、クララはこんな顔をしていない。

 彼女はカイルが、任務で側にいると思っているのだろう。


 私は、クララのそばにいることはできない。ローランドも。カイルだけが、頼みの綱だった。


 この難局を乗り切れば、きっとクララとカイルにも、ゆっくりと互いを理解し合える時間が持てるはずだ。

 そしていつか、この二人は共に歩く選択をするだろう。


 それでいい。クララがこんな不安そうな顔をしなくてすむのなら、私はそれだけでいい。

 君が笑っていられる世界を守るためなら、私はどんなことでも耐えられる。


 クララが泣くのをこらえるように下をむいた。彼女を泣かせているのは私だった。

 私は、それには気づかないふりをして、まっすぐに前へ進んだ。


 クララの涙を見るのは、これが最後だ。これからの君が泣かずに済むように。

 私には私の戦い方があり、そこから逃げる気はなかった。


 父である国王が不在のため、玉座は空席のままにして、私とセシルは王太子とその妃のための席の前に立った。

 会場全体に意識を走らせたが、特に不穏な空気も感じられない。セシルも異変を感じ取ってはいないようだ。


 これはこれで、逆におかしい。国内には、私たちの婚約に反対するものもいる。

 また、国王不在時に王太子である私が国政を摂ることに、反発する貴族がいるもの事実だ。


 それはそうだろう。もしも私に二心があれば、今ここでクーデターを起こして、政権交代をすることも可能だ。

 祖父や父の代の臣下たちが、それを懸念しないほうが不自然だ。


 北方との緊張状態は周知の事実であるが、その最前線となっている辺境の様子は、報道規制が敷かれている。

 事情を知らない者たちが見れば、私たちがしていることは、若者の危うい行動だと思われかねない。


「静かすぎるな」


 私がそう言うと、セシルが頷いた。


「霧がかかったみたいだわ。人の感情が読みにくい。思念もかすかに妨害される」


 会場全体に、なんらかの妨害魔法がかけられている。魔法が微量でさらに拡散されているので、普通なら気が付かれることはない。私たちもレイの忠告がなければ見逃していただろう。


 世界広しといえども、そんなことができる魔術師はほとんどいない。シャザードだ。

 私の考えを読んだのか、セシルが私の手をぎゅっと握った。私はその手を、強く握り返した。


 式次第に則って、順調に来賓たちが進み出て、私達へ挨拶を終えて席へ戻っていく。

 これが終われば、いよいよ私たちの婚約発表へと進行する。


 全員が定位置に戻ったことを確認し、私はセシルの手を取って、壇上の中央である玉座の前に移動する。


 いよいよ、新しい人生が始まる。正妃を愛し、後継を得る。正妃との間に子が出来なければ、国母として問題にならない女性を側室にする。


 政略結婚は、私の前にずっと見えていた未来だ。女性は、王家を存続させるために必要な存在だと、だから慈しむべきだと、そう思ってきた。

 私は普通の男だし、聖人を気取る気もない。愛がなければ抱けない、なんてこともない。


 学園でクララに再会しなければ、幼い頃の初恋なんて、思い出しもしなかったと思う。

 ローランドの妻として紹介されるときに、あの女の子がこんなに大きくなったのかと、懐かしく思い出すだけだったはずだ。


 学園で、あの丘の上で、私はクララに恋をした。王太子としてではなく、ただの先輩として、彼女と一緒にいると安らげた。

 世間知らずだと怒られたり、おぼっちゃま育ちだとからかわれるのも、楽しかった。

 彼女の前では、完璧な王子を演じる必要はない。そのままの自分でよかった。

 ただのアレクでいられた。頑張らずに生きていけた。


 あの夢のように美しい場所。学園の丘も、戦争が起これば、消えてしまうかもしれない。永遠に。

 そして、クララの命も。みなの命も。


 それだけは絶対にさせない。必ず守ってみせる。それが、私のこの新しい人生で、唯一残された望みなのだから。


 そして、私は前へと進み出た。先に進むために。全てが無事に終わることを願って。


 だが、運命はいつも思い通りにはならない。よくも悪くも。そう思うことになるのは、もうほんの少し先のことだった。



  ー【第二章】 完 ー



 アレクシスで推しは変更ないですか?

 その場合は、アレクシス・ルートを選んで読み進めてください。(後書きの下のリンクからも飛べます)


【最終章:アレクシス・ルート】鈍感男爵令嬢と三人の運命の恋人たち

https://ncode.syosetu.com/n5485hb/


 推し変更希望の場合は、こちらに進んでください。


【最終章:ローランド・ルート】

https://ncode.syosetu.com/n5507hb/

【最終章:カイル・ルート】

https://ncode.syosetu.com/n5532hb/


最後まで読んでくださってありがとうございます。

もし面白かったら、下の☆で評価してもらえると嬉しいです。

ぜひ【最終章】も読んやってください!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ